第12話

「でも、その人社会人なんだろ。休みじゃなかったら会えないぞ」

 

「そうなったら……旅行でも満喫する?」

 

「いや、作戦会議の方が有意義だろ」

 

「冗談に決まっているじゃん。でも、本当にダメならどうしようか……」

 

 この会話に僕は入れなかったわけじゃない。意図的に入らなかったのだ。その理由は、アパートに隣人に明日は空いているのかメッセージを送っていたからである。

 

「明日、仕事休みだって」

 

 アパートの隣人さん暇人なのか。既読がほんの数秒でついた。返信も10秒以内だった。

 

「瀬戸君ナイス! じゃあ、それで決まり。明日はアパートの隣人さんに会いに行くよ! ところで、その人名前なんて言うの?」

 

 本名は僕も知らない。

 

「交換した連絡先の名前はなおだよ。それもローマ字、変な絵文字付き……」

 

「その人大丈夫?」

 

「た、多分……」

 

 多分と言ってはみたものの。よくよく思い出してみれば大丈夫じゃない気がしていた。

 初めて会ったあの日。片手に持っていたゴミ袋の中には、大量の空きビール缶が入っていた。

 僕の住んでいる地区の話だけど、缶の回収は遅くても2週間に1回。回収の頻度が同じとは限らないけど、あの量は2週間や3週間で貯まる量じゃなかった。だから僕は願った。明日はシラフでありますようにと。

 

「まあ、とりあえず。今日は解散しようか。明日は早起きして沙也加のアパートまで行かないといけないんだから」

 

「そう言えば。達川君って沙也加と同じ大学なのに市街地に住んでいるよね」

 

「竜也聞いてないのか? 俺のキャンパスは伊志井にあるんだよ。学部が違う田尾は三芳ってわけ」

 

「そうなんだ……知らなかった」

 

「それはそうと瀬戸君の実家ってどこなの?」

 

「愛住だけど?」

 

「じゃあ、沙也加の実家からも結構距離あるね。今日は泊まっていけば?」

 

「え! で、でも、それは……達川君にも悪いし……」

 

「ああ、私のことなら大丈夫だよ。私が実家に帰るから」

 

「そ、それはそれで迷惑なんじゃ……」

 

「大丈夫だよ。私の実家、神山だけど、ほぼ伊志井寄りで、楽童寺トンネル越えればすぐだから」

 

 移動距離だけが問題じゃない気が……

 これから先は津川さんと達川君が勝手に話を進め、僕は達川君のアパートに泊まることになった。

 僕の着る服一式は僕の実家にあり、達川君が車を出してくれることになったけど、津川さんを津川さんの実家に送り届けてから僕の実家に行き、僕が荷物を取って達川君のアパートに戻ってくるという、初めましての2人なのに高難易度のミッションを津川さんに与えられた。

 

「晴翔ありがとう。おやすみ」

 

 津川さんがいなくなって、2人きりの車の中。息苦しくなるくらい、気まずかった。

 

「今日は竜也が一緒にいてくれてよかったよ」

 

「え?」

 

 ど、どう言うことなんだろう。津川さんって彼女がいるからそう言う線はなさそうだけど……

 

「いやいや、変な意味じゃないぞ。来る時も長いトンネル通っただろ?」

 

「ああ、うん。割と新めのトンネル……」

 

「あのトンネル、新しくなったけど昔の名残があるから怖いんだよね」

 

「昔の名残って?」

 

「竜也も聞いたことくらいはあるだろ? 楽童寺トンネル噂は……」

  

 そう、この県の出身者なら、誰もが知っているであろう心霊スポット。他県では、廃病院や廃遊園地が有名な心霊スポットになっているが、この県にある廃病院は全て取り壊されていて、廃遊園地も取り壊されて今では病院が建っている。消去法で残った、我が県で1番有名な心霊スポットだ。

 

「でもそれって、確か旧トンネルだったよね?」

 

「そうだけど、怖くない?」

 

「確かに人通り少ないし雰囲気不気味かも」

 

「夜の山って怖いよね……」

 

「未だに踏み込んだことはないけど、怖いよね……」

 

 この会話。僕も達川君も何で楽童寺トンネルを越えてからしなかったのかと後悔した。おかげで、楽童寺トンネルを通っているときは声が出ず、暖房が効いている車の中で寒気を感じながら過ごした。

 楽童寺トンネルを抜けると、そこは市街地でまだ空いているお店や、交通量の多い県道のおかげで、ガチガチに冷え固まっていたこの車内の空気感は解された。

 

「はあー。もうこの話はやめよう……」

 

 達川君は苦手なものとかないような感じの人だなと思っていたけど、意外とこういうのが苦手んなだな。新たな発見だ。

 かく言う僕もこういうのは苦手だ。

 

「そうだね。何もなかったのにシンプルに怖かったなあ……」

 

 変な話をしたせいで、これからどんな話をすればいいのかわからず、道案内と無言を交互に繰り返し、僕の実家にまで向かった。

 実家では、「こんな遅い時間に帰ってきて、急に友達の家に泊まるなんて言われても、こっちだって晩御飯も用意していたんだから。人様に迷惑かけるんじゃないよ」と母親に怒られ、外泊の許可は渋々下ろされた。

 

「竜也どうしたんだ? なんか落ち込んでいる?」

 

 達川君の車に戻って1発目に言われたことだ。

 

「わかる?……」

 

「今までで1番俯いているから……」

 

「親にめっちゃ怒られた……」

 

「ああ、なるほどね……真琴がごめんね。変に巻き込んじゃって……」

 

「いや、津川さんは悪くないよ。事前に連絡しなかった僕が悪いだけだから……」

 

「……竜也のさ。そういう素直なところとか、田尾さんには魅力に見えたんじゃないかな。俺も女だったら惚れててかもしれない」

 

 今日初めて会った人に励まされるなんて、やっぱり僕はダメダメだ。

 

「ありがとう。2人には励まされてばかりだ。いつか、沙也加が見つかった時、また4人で遊ぼうよ。お礼にその日は奢るから」

 

「そうだな。4人でショッピングモールに行って、別々に映画見て、カフェで昼飯食べて、男女に分かれて服でも見て、3時になったらクレープ食べて、ゲーセンかボウリングをするのもいいな。いつか現実になればいいな」

 

 達川君の語る夢は平凡だけど、今の僕らにとっては大きな夢だ。いつか本当に叶う日が来ればいいな。

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