第8話

 起きたことは仕方ないのかもしれない。でも、前向きにも考えれない。どうしても後ろ向きな後悔しか頭には浮かばない。

 こんな状況なのに津川さんはすごいよ。僕1人ならここまでは行動できなかった。

 僕の暗い想像も、突然鳴り響いたチャイムによって遮られた。

 

「は〜い。ごめんなさいね。荷物が来たみたいだから少し待っててね。遠慮せずにジュース飲んでね」

 

「あの、本当に大丈夫ですから……」

 

 津川さんの言葉を笑顔で聞き流し、田所さんは玄関へと消えていった。

 

「瀬戸くん。時間がないから手短に言うけど、話全然聞いてなかったでしょ?」

 

「あ、うん……ごめん……」

 

「責めているわけじゃないけど。一人で全部背負った気にならないで。沙也加のことは私も心配なんだから。君が後悔をしているのはわかる。でも、この場合は正解なんてないよ。少なくとも私は、この行動をとっている今の私を信じたい。これが最善策なんだって」

 

「ごめん……ありがとう。そうだね。今は沙也加の手掛かりを少しでも集めないとね」

 

「それでよし! 聞いていなかった話の部分は後で車の中ででも話すよ。だから、これからのことはしっかり聞いていてね!」

 

 こんなこと前もあった気がする。

 津川さんは笑っているのに、言葉に怒りが込められている。

 

「ねえ、達川君……津川さんって怒っているの?」

 

 達川君の耳元で小声にして聞いた。

 

「あれは怒りの10段階の5段階程度だよ」

 

 達川君は僕の耳元で小声にして答えた。

 

「それって結構?」

 

「ヤバいやつ」

 

「2人とも。こんな至近距離なんだから、聞こえない方がおかしいでしょ」

 

「あ、はい。すみません」

 

 達川君は潔かった。

 

「すみませんでした……」

 

 達川君に倣って僕も頭を下げた。

 

「別に怒っているわけじゃないから、気にしなくてもいいよ」

 

 本人は「気にしなくてもいい」と言っているが、この場合大抵の人は気にしていると言うもの。津川さんに対する不用意な発言は止めよう。そう心に誓った瞬間だった。

 

「ごめんね。少し時間がかかってしまったわ。続きを話しましょうか」

 

「はい、お願いします」

 

「私、そこにあるスーパーのモーニングによく行くんだけどね。そこにボロボロの制服を着た高校生くらいの子がいたの。それも平日の昼間に。変だから声をかけようか、警察に連絡しようか悩んでいたらね。走って逃げてしまったの。でも、よくよく思い出してみたら、田尾さんのお子さんに似ている気がして。あれは多分、夏希ちゃんだったと思うんだよね。幻覚であるならそれの方が嬉しいけど、何かあったのかしらね」

 

「そうなんですね。情報提供ありがとうございます。長居してしまってすみません。そろそろお暇させていただきます」

 

「いいのよ。久しぶりに若い子と話できて自分も若返った気分だから」

 

「そう言ってもらえると嬉しいです。ありがとうございました。お邪魔しました」

 

「また遊びにきてね」

 

「はい!」

 

 僕らは田所さんの家を後にした。そしてオレンジ色に染まりかけている夕空の元、達川君の車に乗り込んだ。

 

「今日の聞き込みはここまでだね」

 

「冬だから日が沈むのが早いね」

 

「そうだね。それよりも、この後情報の整理したいから晴翔のアパートに直帰してね」

 

「え! な、何で俺の家?」

 

「別に私の実家でもいいけど、親がいるし、ほら、瀬戸君もいるんだから」

 

 なんか二人の邪魔しているようですみません。

 

「た、確かに。なんて紹介すればいいか困るな」

 

「でしょ。だから、晴翔のアパートなら誰もいないし安心でしょ」

 

「うーん……た、確かに」

 

「さっきから何でそんなに渋るの? まさか、女でも連れ込んでいるの?」

 

「そ、そんなわけないじゃん! 真琴以外の女の人なんて親と姉ちゃんしか入れてないよ」

 

「嘘だったら針1000本の飲ますよ」

 

「じょ、上等だ! 何ならげんこつ100万回も追加していいよ」

 

「じゃあ、その確認も兼ねて晴翔のアパートに向かってね」

 

「りょ、了解です……」

 

 達川君は何でこんな渋っているのかなと、不思議に思っていたけど、達川君の部屋に入ればその理由がよくわかった。

 

「い、いや〜、まあ、適当に座っててよ」

 

「座れるところがないんですけど……」

 

「べ、ベットが空いているじゃん」

 

「それよりも何。この汚部屋?」

 

「た、たまたまだって。普段はちゃんと片付けているから……きょ、今日はたまたま、真琴と久しぶりに会うからどんな服を着ようかと……」

 

「それで全部の服を引っ張り出して、時間がなくなって片付けられなくて、このままにしたと?」

 

「まあ、そんな感じ……」

 

「じゃあ。これは何かな?」

 

「そ、それは……」

 

 津川さんが掲げたのは、袋にも入ってないカップ焼きそばのゴミだ。しかも、2つ。

 

「昨日の夜、カップ焼きそばを2つも食べたのかな?」

 

「そ、そうだよ……」

 

 僕でも嘘だとわかるような嘘を達川君はついていた。

 

「あれれ〜おかしいな。ここには、3月4日の午前3時に消費期限が切れている弁当のゴミがあるけど?」

 

「あ、いや、そ、それは……」

 

 津川さんは怒らせると怖い、と言うことだけはよく理解できた。

 

「それじゃあ、気を取り直して情報の整理でもしましょうか。晴翔は片付けをしながらちゃんと聞いていてね」

 

「……はい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る