第7.5話
達川君はスマホの画面を僕らに見せつけた。
「ここ5年の間、この地区では停電は起きていない。田尾さんが助けに来たって言うのは直近の話ではないかもな」
せっかくの手掛かりなのに昔の情報の可能性が出てきてしまった。確かにおばあちゃんの話は信用できるものではなかった。
「でも、それでも……僕は信じたい」
「私も。沙也加は最近までここでいたって信じたい」
達川君はクスりと笑っていた。
「それについては俺も同意見。確かにおばあちゃんの話は違う方向に進んでいっているかもしれない。でも、こう言う人って徐々に話が脱線していくんだ。だから、真琴の『いつから見なくなった』に対する答え『雨が降って風が強かった日』は真実だと思うんだ。ただ、そうだとしたら、初めの問い『田尾さんを最近見ていないか』の答え『見ていない』ってのが気がかりなんだよな……」
達川君は複雑な顔をしていた。
もし達川君の言っていることが正しいのなら、沙也加はここに来ていないことになる。
「ポジティブに考えよう。沙也加はここにいる。いなくなってからも日はそんなに経ってないって」
「うん、そうだね。そろそろお暇して次の聞き込みでもしない?」
「うん、そうしよっか。おばあちゃん。今日はありがとう」
「またいつでもおいで。今度はお菓子でも用意しておくよ」
「ありがとう。じゃあね」
僕たちはおばあちゃんの家を後にした。
津川さんと達川君は次の聞き込みと言っていたが、この閑静な住宅街で聞き込みなんてできるんだろうか。さっきも人1人も通らなかったおかげで、怪しい行動していた僕らが通報されることはなかったくらいだ。誰かと出くわすなんてことはあるのだろうか。
ちらほらと見えるのは配達業者の人ばかりで、そのほとんどが置き配を利用しているようで、扉から人が出てくる様子を見ていない。
この街、家の割に人が少なくないか。
僕の勘違いならいいけど、来た時からずっと気味が悪いと感じていた。
「さっきのおばあちゃんには何も訊かれなかったけど、近所の人となれば、見ず知らずの人が突然沙也加の家のことを訊けば怪しいよね……」
「もし俺が聞かれる立場の人間だったら、答える前に警察呼ぶかもしれない」
「だよね。安易に友達って言っても証拠がなければ信じ難いよね。この無数の写真を見せたら信じてくれるかな?」
「それだったら、僕が誰にも負けないくらいの写真を持っている。信じるしかないくらいの枚数を見せればきっと大丈夫だよ」
「そうだったとしても、その後の方が問題だよね。事情は深く語れない。噂ってすぐに広まるから、これこそ安易なことは言えないね」
「それだったらこんなのはどうかな。まずはさっき真琴と竜也が言ったように無数の写真を見せつけて友人だと信じ込ませる。そして、田尾さんが元気がないってことにして、何か事情を知りませんか? って聞くのはどう? 最後は真琴の演技力で情に訴えたら何か話してくれるんじゃないかな?」
「それってつまり……私に泣きの演技をしろってこと?」
「いやいや……そこまでではないけど、半泣きくらいは欲しいかな」
津川さんは達川君の背後に回り込みヘッドロックをかけた。
「お前はどこの監督だよ! 私がそんなことできると思っているのか?」
「真琴! 痛いって! 痛い痛い! ごめん! わかったから離して!」
「全く。すぐそういうことを言う」
「はい。反省しています……」
「その割には、前にも似たようなことあったよな」
「ごめんなさい。記憶にないです」
「思い出せるまで頭しばいてやろうか?」
「それだけは勘弁してください……」
「まあ、わかったならそれでいいよ」
そんな様子を間近で見せられたら堪えている笑も漏れてしまうものだ。
「あ、ご、ごめん……」
「気にしなくていいよ」
顔は笑っていたけど、これ絶対に怒っているやつだ。
「嘘嘘。冗談。そんな深刻そうな顔しないで。それよりも、聞き込み行こう」
「え、でも、事情が語れないって……」
「うん。事情は語れないけど、晴翔の案、案外いい線行っていると思うんだよね。情に訴えかけるのはできなくてもある程度の情報を得られると思うんだよね」
「不審に思われたらどうするの?」
「その時はその時。逃げれば問題ないよ」
「それこそただの不審者じゃん」
「仕方ないよ。それ以外に打つ手がないんだから」
「わかったよ。それで行こう」
「自分は何もしなくていいからって適当になっているでしょ?」
「それこそ仕方ないだろ。俺にできることなんて何もないんだから」
「それもそうだね。さあ、人がいそうな家を探して聞き込み開始しよう」
この切り替えの速さは見習いたい。
人がいそうな家を探すにあたって、まずは車があるかを初めの基準にした。辺りに家は20軒くらいあるが、車が止まっている家は僅か5軒。あからさまにカーテンを閉めている家はいない確率が高そうだからと、その中でカーテンの開いている家を探した。絞られた家はたったの2軒。情報を持っていそうなのは沙也加の実家から近い距離にある家。恐る恐るその家のインターホンを押した。津川さんが。
津川さんがインターホンを押して、外にいる僕らまでにチャイムの音が聞こえた。住人の声はしない。諦めて帰ろうとしていると、自転車に乗ったスーパー帰りの主婦と出会した。
「うちに何か用ですか?」
僕らは疑いの目を向けられていた。
「あ、あの、私たち実はそこにある田尾沙也加さんの友人でして少しお話を聞きたいのですがお時間大丈夫ですか?」
「あの、失礼ですが、見ず知らずの人に勝手に話すことなんてありません。話を聞きたいのでしたら別を当たってくださいますか?」
「言葉だけでは信じてもらえないのは重々承知しています。これを見てくださいませんか?」
津川さんは、スーパー帰りの主婦にスマホの画面を見せた。
「私は高校からの友達で、名前は津川と言います。私の隣にいるのは私の彼氏ですが、その隣にいるのは、沙也加の彼氏なんです」
津川さんに倣って僕も無数の写真を見せた。
「あ、あの、ぼ、僕は沙也加さんとお付き合いをしています、瀬戸と申します」
スーパー帰りの主婦は優しく微笑んだ。
「そんな改まらなくても……私は沙也加ちゃんの親でもなんでもないんだから。あなたたちが沙也加ちゃんの友達と彼氏ってのは嘘じゃないみたいだね」
「こんな写真で信じてくれるのですか?」
言ってしまった後に余計なことを言ってしまったと後悔した。
それでも、スーパー帰りの主婦は笑っていた。
「ただの写真なら信じられないけどね。どの写真の沙也加ちゃんも嬉しそうな顔しているでしょ。ほら、沙也加ちゃんって笑うとめが閉じるでしょあれ昔からなんだよね。そんな沙也加ちゃんの写真を持っているって言うことは嘘はついていないでしょ?」
「信じてもらえて嬉しいです……あの、早速ですが……」
スーパー帰りの主婦は津川さんお言葉を遮った。
「それよりも、外も寒いんだから中に入らない? ほら、私も両手に荷物いっぱいだから」
「あ、ご、ごめんなさい……私自分のことばっかり……」
「いいのよいいのよ。まだ大学1年生でしょ。それくらいでいいのよ。さあさあ、中に入って」
「ありがとうございます。失礼します」
3人でスーパー帰りの主婦の家へとお邪魔した。
「荷物を片付けるから、ソファーにでも適当に座ってて」
僕らはリビングに通され、スーパー帰りの主婦は、買ったものを片付けるために台所へと姿を消した。
「ここまで、うまくことが運ぶとは思ってもなかった……」
「深く考えずに、うまくことが運んだことを喜ぶべきじゃない?」
「晴翔に言われるのはなんだか癪だからいい」
「まあいいや。それよりも、何を訊くか考えているの?」
「うん。2人とも詳しく言わないように気をつけてね」
「わかった」
「う、うん……」
台所から現れたスーパー帰りの主婦は、黒く丸いお盆の上に2リットルのオレンジジュースと透明なコップを3つ持っていた。
「こんなものしかなくてごめんね」
「あ、いえ、お構いまく。すぐに帰るので」
スーパー帰りの主婦は、リビングにある低めのテーブルの上にお盆を置いた。
「それで、何を聞きたいのかな? あ! それより私も名乗った方がいいのかしら?」
「そんな……用があるのは私たちですから、そこまでしてくださらなくても……」
「あはは。でも、表札見えたでしょ?」
「あ、はい……」
「ならどっちでも構わないわね。じゃあ一応。私は田所と言います。よろしくね」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
「それで、どんな話を聞きたいのかしら?」
僕らは3人で目を合わせた。
「実は沙也加……田尾さんのお宅についてですが……最近沙也加が元気がないのです。本人に聞いても『大丈夫』って言うだけで、何も教えてくれないのです。あまり人様の家庭に踏み込むのはよろしくないのかもしれませんが、放っておくことができなくて……沙也加の力になりたいので、どんな些細なことでもいいので、ここ最近で変わった様子などありませんでしたか?」
田所さんは黙り込んだ。
それも深く考えるような姿勢をとって。
「難しいわね……今から言うことは私から聞いたって言わないでよ」
「はい、もちろんです! 田所さんに迷惑はかけません」
「ありがとう。そう言うことなら……これは関係ないのかもしれないけど、先週の火曜日だったかしら、雨が降っていたあの日の夜、田尾さんお家の前に救急車が止まっていたの。それからなんだけど、田尾さんをほとんど見なくなったの。沙也加ちゃんも次の日くらいに見たけど、それからはほとんど見なくなって、3月に入ってからは人がいるのかさえもわからなくなったんだよね」
大声を出したい気分だったけど、それは脳内だけで抑えた。
ずっと探してた沙也加の行方が、有力情報が手に入った。やっぱり、沙也加はここにいた。3月まではここいたのだ。それからの足取りは掴めていないが、そう遠くまでは行ってないと思う。
もっと早く行動を起こしていれば、また同じだ。沙也加のアパートに行ったときもそうだった。連絡がつかなくなった当日に行っていれば、その時までは沙也加はいたんだ。今回も、津川さんに住所を聞いて先に1人来ていれば。そうすれば沙也加に会えていた。何で毎度こうなる。僕が優柔不断で臆病だからなのか。
優柔不断で臆病な性格も、沙也加は『浮気しなさそう』と言って笑ってくれた。沙也加のおかげでこのままでもいいんだと思たけど、肝心な時に盛大にそれを発揮し、結局チャンスを逃す羽目になった。問題がある性格なのに治さずにそのままにして、沙也加に甘えていた結果がこれだ。僕はどこまで愚かんだ。愚かすぎて自分自身を見たくない。そして、どんどん考えてしまう。もし、僕がこんな性格でなければ、沙也加はいなくならずにずっと僕のそばにいたんだろうなって。
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