UNDER GROUND

02-01 聞いてない(ライズが)

「さて……情報を共有しよう」


 薄暗く、しかして【異常】を報せる赤色灯が点在する狭い空間に、異形の機体が三機。


 控え目に言って、悪役が密談をしているかの様なこの状況。


……すごく、楽しい。


 こんなシチュエーション、場を整えたシナリオ上でもなければまず遭遇出来なかろう。


 没入感、とでも言うべきか。アニメやマンガならハッチが開いて直接顔を合わせて話す場面であろうが、ここはゲームだ。パイロットのアバターが出て来てはなんというか……違う気がする。謎の影とかでハッキリ表情が見えないという表現の仕方でもいいとは思うが、それはこの【メカニズム・フロンティア・フロントライン】の世界観とは合わないだろう。表情の変わらない機体だからこそ生み出せる、この空気感。画面端に出ている【通信中】を示すネームタグがなおし。音声波形こそ出ているが、相手の顔が見えない事で人間と話して・・・・・・いる実感が薄れるのがなんとも言いがたいそれっぽさを演出してくれる。


 とはいえ今の状況は、こんな現実逃避をしてしまう程度には楽しい・・・という言葉で片付けられないワケなのだが。

 と、いうのも――


「地上への帰り道は、無い」


***


 何がどうしてこうなったのか。

 全ては少し前にさかのぼる。


 さかのぼると、アリーナのプライベートマッチのルームになる。


 うん、本当に。どうしてこうなった?


 対戦しているのはライズではない。

 KAGUR4カグラとネギマル――数少ない俺のフレンドである。


 事の経緯としては、カグラから拠点がヤバい(意訳)というメッセージが来て、いざ確認したらこの二人が拠点すぐ近くで戦闘をしていた、と。

 拠点にダメージが入る程に近い場所で。


 ともかく戦闘を止めなければ(拠点のダメージがヤバい)と思ってを掛けたら、二人ともあっさり落ち着いてくれた訳で。

 どっちか拠点の耐久値が削れるくらいの体当たりしてたけど。


 そして俺の仲裁の下、話をする流れになった訳だが……。


「えー、とりあえずコイツはネギマル。俺のゲームフレンドです」

「そう、だったんですか。すみません、襲撃者だと思ってしまって――」

「いえ、構いません」

「……えっと、私は――」

「知ってます。カグラさんですよね。クローバーグローリア所属の」


 などと、このアホは供述しており。


……まあ、そりゃあ知っているか。ネットニュースは流し見するが大して情報を集めたりはしない俺と違って、普通程度にはゲーム界隈に詳しいネギマルである。


 というか、世界に通用する実力を持っている相手だと知りながらケンカを売って、しかも同レベルの戦いをしていたというのかこいつは。下手をすれば迷惑行為だぞ。まさかアンチか?

 さすがにレーダーマップだけでは戦況も見えなければ、互いにこんな所で全力を出していたとは思えないが、それでも損傷はどちらも大してしていない。というより、同じくらいのダメージに見える。

 

 ネギマルは普段から口数が少ないが、言い方から妙に不機嫌な気がする。

 というより、なにか禍々しいものが機体から漏れ出している気がする。


 ほーらカグラさん困ってるじゃないか。めっちゃキョロキョロしてるぞ。一体どうしてくれるんだこやつは。


「そんな事よりライズ、早く招待。企業に招待」

「え、嫌なんだけど――はいはい分かったちょっと待て」


 俺が拒否するが早いか――否。絶対俺が喋る前にマシンガン撃ち始めてたぞコイツ。

 全く、カモの企業に入ればいいものを、どうしてこうなったのか。完全ソロの企業でいるつもりが、既に三人にまで増えてしまうとは。

 というか、カグラを企業から外し――


「それじゃあライズ、プライベートマッチのルーム、ホストして」

「は?」

「ライズ、プライベートマッチのルーム、ホストして」


――という事である。

 圧され気味ではあるが、カグラの方までやる気に満ちている……気がする。


 うむ。わからぬ。


 どうしてプライベートマッチをするのかも分からなければ、どうして二人とも戦う前提でいるのかも分からない。

 なんとなくカグラの方はPvPをしたいだけ……というか、強いプレイヤーと戦いたい系の人にも思えるが、トップゲーマーとはそんなものなのだろうか。

 まあ……実戦したさからワールド上で対戦相手になってくれそうな人を探したりする自分がいるから何とも言えないけれども。


 そんなこんなで始まったプライベートマッチ。

 ボイスチャット有りで、定番のゲームルールをセッティングだけして観戦に移動する俺。

 そもそも俺がホストする必要はあったのだろうか? などと考えても、もう遅い。二人は勝手に戦ってるし、俺にはやる事がある。


――そう、コックピットの修理である。


 とは言っても、故障原因の予想はついている。動きの多いジョイスティック周り、そのケーブルが断線しているのだろう。


 ジョイスティックをコックピットから切り離す。

 ジョイスティックを固定しているボルトを外したら、ハーネスコネクタを分離。我ながらメンテナンス性の高い構造をよく作れたものである。ちょっとテンションが上がる。


 チラッとモニターが目に入る。そこではゲームの動画広告やプレイヤーのPVなんかに使えそうな程、激しい戦闘が繰り広げられている。


 片や【夜桜】。赤い光沢の黒に桜を模した迷彩がアクセントとして映える、軽量高機動型の極致。

 無駄を削ぎ落とし、操縦手プレイヤーも並々ならぬ実力を持つ。物語ならそのまま最強のポジションで揺るがないだろう。


 片や【Konoha】。機体構成はカグラの夜桜とほぼ同じ。しかし搭載する武装は高威力ながら僅かな装弾数のグレネードランチャーと、装弾数優先のマシンガン。そして火炎放射器という、何とも【GOLIATH】――もとい、ライズへの殺意に溢れた組み合わせでやってきた、若葉色の超高機動中近接型の機体。


 もしもこの二機を相手に戦う事があれば、絶対に墜とされる自信だけはある。というより、相手にしたくない。

 ネギマルだけならまだマシか。1v1で負ける事はあるが、勝率だけならまだ俺が上なのだ。そもそも対戦時の気持ちに余裕を持てるのだから、比較するまでもない。

……まあ、今の構成で、今の戦闘を見ている限りでは、何とも言えない状況ではあるが。


 それでいてもしこの二人が同時に襲撃してきたら……うッ……マジで頭痛が……。


 さて、現実から目を背けよう。

……こっちも現実だったわ。むしろこっちが現実まである。


 ともあれジョイスティックからバラしたハーネスを入念に――見るまでもなく、完全に断線している。

 電気関係に多少なりとも触れた事がある人が見れば、一目瞭然。ケーブルの被覆が白くなってる部分がある。


 まさか、こんなに負担がかかっていたとは。一見なんともなさそうな他のケーブルも、同じあたりがくびれていたり、近くを持って垂らすと明らかに中身が切れて離れて無くなってるのが分かる程、一点から急に垂れ下がっている。

 このハーネス、どうしてこうなったのか原因を探るまでもない。明らかに長さが足りていないのだ。

 ジョイスティックの可動域に対して、ハーネスが短いが故に部品と干渉して、さらに配線自体が折れ曲がる角度が急であるが故に、中の線がプチプチプチプチ……。


 どうして設計組み立て段階で気付かなかったのか。それほどまでに単純なミスをしてしまうとは情けない。なんて、考えたところで仕方がない。確か、作る時に配線の在庫が少なくなってたから、節約してギリギリにした記憶がある。買いに行くのも注文届くのも、待てなかったんだよなぁ……。

 ともあれ解決策として、他の部品と干渉しない程度にハーネスを長く作り直すだけでよさそうだ。


 そうとなれば簡単だ。断線したハーネスを基準に、取り付けた時の周りを見て、どのくらい長くしても問題なさそうか確認する。

 今回に関しては、結構な余裕がある。大雑把に決めてしまっても大丈夫そうだ。


 ここまで来れば、あとは作るだけ。

 配線を各色揃えて切り出して、被覆を剥いて端子を圧着して、コネクタに差し込む。

 そう。ただ、それだけ。


 可動部分という事で、出来たハーネスはゆるくまとめる程度にして、ジョイスティックと組んでいく。

 配線を加工するのに時間がかかったくらいで、特に難しい事も無かった。他にも不具合が出てくる箇所が、探せば出てくるかもしれない。が、それは追々やっていく事にしよう。

 それよりも今は、復活したコックピットが正常に反応しているのが最高に気持ちいい。


「よっしゃ直った!」

「ほーら聞いてないんだから」

「え?」


 呆れたネギマルの声が、ようやくライズの耳に届いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る