01-14 Finish move
手の震えが止まらない。
それは緊張か。
それとも武者震いか。
「何でもいい……ただ勝つだけだ」
ゲームパッドを握る手に、じわりと汗がにじむ。
こんなにも戦いが楽しいと思えたのはいつぶりか。知らぬうちに口の端が吊り上がる。
脈が上がる。
深呼吸する度、染み渡る様に体中に酸素が回っていくのを感じる。
ランプが赤から緑に切り替わる。
ここまで一勝一敗。例え引き分けに持ち込んだとて、次のラウンドまで集中力はきっともたない。このラウンドで、勝敗は決する。
開始直後、先に動き出すはカグラ。
前の二戦とは違い接近する事はせず、ただ上下左右へと不規則に舞う。
蝶の様に掴みどころのない機動は、きっと様子見か。それがライズには、まるで挑発にも思え――
「……墜とす」
オーバードライブ。
彼我の距離を、急速に詰める。
ライズの機体は遠距離高火力型。単純な戦略なら、ライズとしては距離が離れていればいるほど有利であるのに違いは無い。
だが、今相手にしているのは高機動近接特化型。しかも、生半可な実力ではない。
遠く離れていては、何を撃っても回避され無駄になる。
ならば。
「この距離なら……ッ!」
中距離ほどの射程まで接近。そこから、ともかく弾を撃ち込む。
マシンガンに切り替えている暇が無いのが惜しまれる。今使えるのは、カノン砲とチェーンガン。
弾幕とするには心許ない限りではあるが、それでもチェーンガンは連射武器。着実にカグラへと圧力を掛け続ける。
ライズ自身、あまり余裕は無い。
カグラが近接攻撃に比重を傾けた機体構成であるが故の選択。これが中距離武器主体の構成であれば、ただのチキンレース……自殺行為でしかなかっただろう。
カグラの動きが鈍っている。ライズの目には、そう映った。
意表を突くのは叶ったらしい。明らかに上がった着弾率に、多少気持ちが軽くなる。
アップデート前。ライズがMFFのアリーナで上位ランカー相手に戦っていた頃の事。記憶にある明らかに人生を投げ捨てる程、ゲーム廃人と讃えるに相応しいまでに熟達した技術を持つ猛者との戦闘。
何かが噛み合う感覚。
「今使えるかは知らんけどォ!!」
スティックを傾けたのに合わせ、大袈裟なまでに素早く動く照準。低レベルのエイムアシストを付けておけばよかったと思うのは後の祭り。後でアシストレベルを調整するためのスイッチを増設する事を決意する。
移動に関しても、スティックを少しだけ傾けたつもりでも、機体は大雑把に全開で応える。
だが、今はそれでいい。
ライズが積み上げて来た経験。
あらゆるゲームで使い慣れたゲームパッドは、もはや体の一部と言えるほどまでに感覚と融合している。
弾丸がミサイルと共に弾け、相殺。
近付いたかと思えば、次の瞬間には離れる間合い。
開き切った
付かず離れずの位置を維持する機動は、機体構成による移動能力の差が無いのではないかと思わせる程に拮抗を見せる。
激しい機動戦に、鈍り始めるのはカグラの方が早かった。
どう足掻いても近寄れない。
代償とするには心許ない耐久値。ライズの射撃は明らかに先程までのコックピット――ジョイスティックを使用していた時よりも乱雑になっているのに、間合いのせいで被弾する回数が増えている。カグラもミサイルを当てているとはいえ、【
そんな予想に侵されてしまう程、無意識に余裕を削り奪われている。
ライズを視界から外せない。
背中を見せればカノン砲一発で耐久値が消し飛んでしまうから。
タントーの有効範囲に近付けない。
何度仕掛けても、攻撃が当たる前に範囲外へと避けられてしまうから。
これ以上離れられない。
少しでも離れてしまえば、一方的な攻撃を許すことになってしまうから。
このままでは、詰みだ。
打開策を探そうにも、有効な隙などひとかけらも無い。
後の無い一戦だけに、焦燥ばかりが重くのしかかる。
飛び交う弾丸。ミサイル。榴弾。
機動力に特化している筈の
短くないブランクがあるとはいえ、カグラ自身が下手な訳ではない。これでも第二シーズンのアリーナトップの実力はある。
認めたくなくとも、プレイヤースキルで圧倒的に負けているのだ。
……いや、ライズの実力が高次元にある事は、分かっていた筈だ。
年単位でその影――曖昧な痕跡に尊敬という憧れを抱き、追い続けて来たのだから。
ほんの僅かな油断が勝負を決する状況の中、遂にその時は来た。
何度目かもわからぬ接触のチャンス。
万が一外しても、ライズの背後に回り込む軌道を幻視する程の好機。
きっと次は無い。
予測。
ずっと、カグラは不規則に動き飛び回り続けているのに対し、ライズの側が移動する回数は圧倒的に少ない。
回避と錯乱と、射撃や接近して攻撃を仕掛ける複数回の移動をカグラがしている間に、対するライズは接近の際に急激なオーバードライブでの短距離移動を一回というのがほとんど。ミサイルでの攻撃は、あえて肉を切らせるが如く甘んじて受ける判断をしている場合もある様だ。
静止している訳ではないが、機動に関しては完全に翻弄
カグラがブラフを混ぜ接近を仕掛けようにも、一段階でさえチェーンガンによる被弾を免れきれないのに、二段階の高速機動――クイックブーストで以って仕掛け接近しようとすれば、その間にカノン砲の照準に捉えられしまう。
持ち味。利点。高機動型の優位性を、超重量型の構成でありながら完全に封じられているのだ。
その不利な状況を打開する為の、漸く見えた針に糸を通すかの如きルート。
迷っていられる程の隙すら無い。
ほんの一度の角度すらブレるのを許されない一点。そこへ、全速で飛び込む。
…………
………………
ふ。と、全身の緊張を繋ぎとめていた糸が、確かに切れた感覚がした。
終わった。
判断ミスか。操作のミスか。
手応えも無く空を切るタントーが、ただただ虚しく白い光の尾を伸ばす。
加速の勢いそのままに、物理演算の働きに任せ、なるがままに地を滑り止まる。
彼我の距離は近くない。無誘導ミサイルの有効射程ではあろうとも、撃ったところで当たりはしないだろう。
今なら一瞬で耐久値を削り取られるであろう砲口が、容赦なく夜桜を捉えて離さない。
ブースターを使う為に必要なエネルギーゲージが、レッドゾーンに入っている。オーバーヒートを避ける為のリミッターが働き、回復は遅々として進まなくなってしまった。
ここで勝負を決めると無茶をして、限界ギリギリまでブースターを使ったのが原因だ。
いくら軽量高機動型とはいえ、ブースターを使えなければただの標的。ちょっと耐久値があるだけで、野良湧きモブエネミーと変わりない速度でしか移動できない。
負け。
畑違いとはいえ、世界一位の座を奪い取ったカグラでも、世間的には無名の相手に黒星を付けられた。
……そう。負けたのだと確信した。
はずなのに。
***
静寂。
制限時間のある小さな戦場で、まるでゲームがフリーズしたのかと錯覚するほど、全ての動きが静止した。
カグラが尋常ではない機動で急接近した時、ライズもまた敗北を覚悟していた。
万が一避けたところで、背後を取られ止めを刺されるものだと確信した。
……の、だが。
何が起こったか、耐久値のゲージが変化を見せない。
明らかに遅れて振り向く
ラグか、ネットの接続が切れたか。
そんな考えさえ浮かぶほどだが、そうではないのはハッキリ分かる。
大容量故にゆっくり回復するエネルギーゲージ。
忙しなくも静かに減少していく機体の温度を示す表示。
現実と変わりなく、しかし現実にはまだ無さそうな現実味の強い高品質のオブジェクト・テクスチャ。
中々落ち着いて聞く事の無い、アリーナに響き渡るフィールド環境音。
それらをゆっくりじっくり味わえる程感じられる余裕が、はからずもここに生まれた。
「――っはぁぁぁぁぁ……はあ、はあ」
油断ならない状況に変わりはないが、それでも緩んだ緊張の糸が、息が上がるという姿で現れた。
これが隙を生む為の技術であるなら、中々高度な事をするではないかとライズは思う。
事実、今攻撃を仕掛けられたら後手に回るのは必至である。
せめて数秒。息を整える時間さえあれば、仕切り直して集中できる。
まさか話しかけてはいまい。
戦闘中はボイスチャットを繋がない設定にしているのだから、まさかホストした側が設定したのを忘れて話しかけていたとしたら……ネットでライブ配信していたならばネタにもなるが、していない今はただの独り言でしかない訳で。
……配信、してないよな?
ライズがそんな事を考えている間も、カグラに動きは無く。
息を整え集中し直したライズも、僅かな挙動に対応する為、動かず注視する。
刻一刻と迫るタイムリミット。
このまま動かず終わりはしまい。互いの耐久値残量は分からないが、勝負を挑んでおいてそんな決着を選ぶなんて事はしないだろう。
――ならば。
どう来る。
互いに三戦、ずっと集中してきたのだから、ほんの数分休憩を挟んだところで回復しない程度には、精神的に消耗しているのだろう。
何があろうと、どちらに天秤が傾こうと、次の行動で全てが決まる。
どう先手を取るか。
どう抑え込むか。
必ずしも先制が有利とは言えないこの状況。残り僅かな時間と消耗した耐久値で、どれだけ相手を削り切るのか。
――来る。
何も予兆は無い。
まるで電波によって脳内に直接データが流れ込んできたかの様な、何とも表現し難い直感の様なものを感じる。
砲撃。
反応は考えるより先に体がしてくれた。
ほぼ同時に輝く、夜桜の背後。
ほんの僅かに遅れた榴弾は、目標を捉える事無く空を切り進み続けるが……まあ問題ない。
今度こそ、最終ラウンドだ。
飛び散る火花。
尾を引く弾丸。
爆発。
動き出してからのほんの数秒が、二人には引き延ばしに引き延ばされたかの如く長い時間にすら思える。
交差する銃弾とミサイルと榴弾が、ド派手なエフェクトを伴って容赦なく残り僅かな耐久値を削り合う。
どちらが墜ちてもおかしくないほどの激しい戦闘。
先程までの鈍りなど無かったと言わんばかりに、命を削ってでも
このまま続けば引き分けにして持ち越せるかもしれないが……
――そんなのは、
カグラが、仕掛ける。
被弾も厭わず、タントーを打ち込まんと突撃する夜桜。
この距離なら、アシストが働いてGORIATHへと素直な軌道で突っ込んで来るに違いない。
――そうだ。それでいい。
回避が出来る間合いではない。タントーの威力ならばこの一撃が当たりさえすれば、GORIATHの耐久値は消し飛ばせる。
ならば。
「――ッしゃあ!」
勝利を確信する。
カグラの突撃に被せるようにして、ライズもカグラへとオーバードライブを起動して突っ込む。
普通のゲームなら、ただの自殺行為でしかないかもしれない。
近接攻撃のモーションが早く起動するだけで、自ら当たりに行くだけに他ならないかもしれない。
……だが、
激しく衝突する二機。
圧倒的に差のある重量で、夜桜が打ち負けるのは必然的である。
ノックバック。
高威力の武器なら構成を問わず発生する、一時行動不能状態。
公式による情報は無く、実践する機会すらそうそうありはしない裏技。
重量により効果時間の差はあれど、双方に影響を及ぼすこの
だが、これで生まれた隙は、とてつもなく大きい。
硬直時間が解け、射撃体勢へと移行するGORIATH。
砲撃により、一瞬とはいえ塞がれる視界。
この距離で、夜桜はまだ硬直時間が過ぎてはいまい。
この間合いなら、確実に当たる。
ライズの方にもダメージは確実に入るが、そんな事はどうでもいい。
今はただ、先に相手を墜としさえすればいいのだから。
視界が戻る。
着弾したにしては、あまりにも早い復帰。
未だ尾を引く榴弾が、当てもなく直進を続けている。
思考の追いつかない
確かに体当たりの影響は出ていた。
だが、レーダーには斜め後方に機体がいる事を示す赤い点が、嘲笑うかの様に輝いている。
漸く思考が追い付く。
しかし、どうしてこうなっているのか、理解は出来ない。
ただ、次の展開だけはハッキリと想像がついた。
「やばっ――」
***
頭がぼんやりする。
まあ、寝過ぎた後だからこうなるだろうと。
カグラとのプライベートマッチから翌日。からの翌日である今日。
性懲りもなくお誘い……というより、呼び出しがあった。
試合結果は言うまでもあるまい。
正直未だに何が起こったのか理解しきれていないが、カグラはなんと、カノン砲を『避けたっぽい』らしい。
ハッキリとはカグラも理解していないらしいが、俺が知っているノックバックより短い時間で硬直が解け、砲撃で俺の視界が塞がっている時には――というより、そのタイミングでクイックブーストが既に使えたのだとかなんとか。
やけに砲撃の爆炎にしては画面が白いとは感じた様な気がしたが、それはクイックブーストが発動した時の閃光だったらしい。
この原因がアップデートや修正が入ってのものなら、まあ仕方ないとは思うが……そんな情報も無かったし、修正したにしては確かに影響はあったと思う。
まあ、その辺りはサンドバッグ……もとい『鴨シカ。』に配信ネタを提供する体で、検証という名の八つ当たりでもする事にしよう。
最悪、カモ自身には八つ当たりだけして、リスナーの内の数人に頼むのもアリかもしれない。
何気に優秀なプレイヤーがいるんだよな。あの配信。
配信主とは比べ物にならないくらい優秀な人が。
まあ、それはともかく。
カグラとの対戦が終わってからは、あまりの具合の悪さに話をするヒマも無くベッドへと緊急避難した俺なのだが。
頭から首から、ともすれば全身にまで影響が及んでいるのではという頭痛を始め、吐き気に怠さ。その他もろもろ徹底的に集中し過ぎた影響が出てしまっていたわけであり。
丸一日以上寝続けた今現在も、正直まだ具合の悪さが残っている気がする程度には、もうなんかもう……。
そして先程カグラより、俺の企業本拠地がヤバいくらいの襲撃をされている(意訳)というメッセージが飛んできており、それくらいならどうにか出来るかとログインした訳で。
……というか、彼女を企業から外すのも忘れてたのか。
MFFを起動して、そういえばコックピットの修理とスイッチ増設もしなきゃと思いつつ、拠点メニューから周囲の探索レーダーを確認したところ――
拠点のすぐ近く、光点が二つ激しくぶつかり合っているのが、レーダー越しですらハッキリと見えた。
片や青い点。こちらは企業の所属を示す、カグラの表示だろう。
もう一方。カグラと同じレベルのプレイヤースキルを持っているのだと確かに見える。拮抗する速さで動き回る
なんとなく放置しても良さそうな気はするが、決着がついてから話をするのは何となく怖い気がする。
という事で、(仕方なく)停戦させる為に出て行くしかなさそうだ。
……本拠地の壁越しに。
戦闘の激しさ的に、少々距離に不安を感じるが……オープン回線で二人へと話しかけてみる。
「あー、とりあえず中に入ってきてもらえないか? 壁にまで流れ弾が飛んできてるんだが……」
……
…………
反応が無い。ただの……なんだろう。
ここは、カグラの方には効くか分からないが……確実にあいつだけは止められるだろう手段に出るか。
「二人とも、話を聞かないならブロックす――」
レーダーにハッキリ映る、ゲートへと一直線に突っ込んで来る二つの光点。
……まさか、どちらにもこんなに効果があるとは。
というかどっちだ。ゲートにぶつかったのは。ちょっと防壁耐久値削れたぞ。
とまあ、大人しく二人が言う事を聞いてくれたので、ゲートを開けて中で話をしようではないか。
レーダーを見て分かる通り、俺にはどちらも敵ではない事が分かっていた訳で。この場合、俺もちょっとカグラに謝っておいた方がいいだろうな。
カグラは変わらず『夜桜』ではあるが、プライベートマッチをした時と違って射撃系の武器を追加で持っている。
もう一方は――
「まずはカグラさんに紹介しとこうか。このトチ狂ったのは
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます