01-13 Break!! Break!!
回避。
回避。
警告音がライズの集中を阻害する。
レーダーで敵機の位置を常に把握し、ともかく攻撃をさせない様に動き続ける。
カグラの使う無誘導ミサイルは、狭い範囲ながら爆発にもダメージ判定がある。その範囲内であれば、撃った側にも影響があり、カグラが使う夜桜の様な軽量機体ならば二発でオーバーヒート。三発も当たれば冷却までに耐久値は底を尽きかねない。
相手の攻撃手段が無誘導ミサイルのみならば、常に体当たりを狙って強引な接近を繰り返せば、攻撃を封じるか判断ミスからの自爆を期待出来たかもしれない。
しかし、その距離はタントーの有効範囲。少なからず今回は、その手段は採れない。
タントーは、接触する距離の静止ターゲットに対して
範囲は前面百八十度。その圏内に留まろうものなら、大ダメージから逃れる術は無い。
これを回避するには、ほんの僅かな予備動作中に離脱しなければならない。重量機がアドリブで熟すにはあまりに困難極まりないシビアな操作が要求される。
……そう。過去に経験していなければ、回避などままならない程に。
「まさか……こんな、事するヤツが……
最早未来予知に匹敵する操作で、ミサイルとタントーの攻撃を封じるライズ。
距離感が曖昧になりがちなレーダー。それでも方向を定め、付かず離れずの距離を維持する。
何度か攻撃を喰らうのは承知の上。耐久値だけではない、自分自身の何かがジリジリと削れていくのを感じつつ、一瞬の隙を狙う。
耐久値には既に余裕が無い。
マシンガンやチェーンガンを運任せにバラまいたところで、もうどうにもならない。
一撃必殺。カノン砲で、たった一度あるかどうかのチャンスに賭けるしかない。
もう少し……。標的を照準に捉えるには、もう一歩足りない。
左か、右か。一手でも間違えれば、そこで勝負は決してしまう。
思考に意識を割く余力など無い。ただ一撃、この距離なら必ず当たる。
何秒そうしていたのかは、もう分からない。何倍、何十倍、何百倍と時間が引き延ばされた感覚の中、遂にその時は来た。
ライズの正面。全ての武器が敵を照準に捉える。
コンマ秒ですら生ぬるい。刹那のチャンスが、今ここにある。
躊躇う事は無い。全武器一斉射撃で以って、盤面をひっくり返す。
――発射。
二撃目に期待など許されない。目視ですら追いかけられない速度で動き続ける【夜桜】。
スイッチを押してから実際に射撃するまでのラグ。さっきまでとは比較にならない一瞬の偏差射撃。
「――は!?」
カノン砲が反応しない。――否、反応はしたが、明らかに遅れが生じた。
ラウンド開始時点でボタンスイッチが故障していると判断したマシンガンは反応したにも関わらず、よりにもよってライズにとって切り札とも言えるカノン砲に異常が出た。
決定打にもなり得た一発の榴弾は、ただ無意味にアリーナの壁へと飛んでいく。連射された弾丸が標的へと着弾した事を告げる音とエフェクトが、今だけは神経を逆撫でする憎らしいものに感じられてしまう。
たった一瞬。起こった出来事を理解するまでの、コンマ秒にも満たない僅かな隙が、無慈悲にも勝負の天秤を傾けた。
迷いなくライズの背後を取る【夜桜】。
カグラはこのチャンスを逃す事無く、【GORIATH】の背へとタントーを刺し込む。
―― Round2 Winner KAGUR4 ――
怒り。
焦り。
困惑。
――虚無。
感情の濁流に、ジョイスティックを握る手指が震えて止まらない。
自分の操作ミスだったなら悔しさだけで済んだはずだ。あと一戦、次のラウンドを取りさえすれば勝てるのだと、多少なりとも気持ちの余裕は残していたはずだ。
それが、インターフェースの故障が原因の負けだなどと。納得できない。納得できるはずがない。
管理不足。自分の設計ミスといえば、そうかもしれない。それでも今こんな事になるなんて、どうしてこのタイミングで故障してしまうのか。
いつも、いつも――
「――ィズさん、ライズさん、聞こえてますか?」
「あ、えっと……はい」
ゲーム画面は既に待機ルームの表示になっており、十数秒とはいえ話しかけられているのに気付かなかったらしい。
問いかけるカグラの声は困惑している様で、不安や心配しているのが感じられた。
だが、ライズにはその声に、どこか怒りが孕んでいる様にも感じられ――。
「なんだかさっきとは全然動きが違いましたが、大丈夫ですか? エイム自体は変わらないのに、何だか……ラグみたいな」
見透かされているらしい。
その事に恥ずかしいような、申し訳ないような。罪悪感にも似た感情にライズは押し潰されそうになってしまう。
わざわざ隠す事もない。素直にカグラへと説明する。
「ええと、何と言っていいか……。なんか、ケーブルが断線したみたいで、武器に割り当てたボタンスイッチの反応が悪くなってまして」
「ケーブル……となると、キーマウとかゲームパッドじゃなくて、ジョイスティックか何かで操作してるって事ですか?」
「はい、自作のコックピットで、MFFのアップデート期間中に組んだヤツなんです」
「自作……? キットとかじゃなくて、ワンオフ……って、こと……?」
「そうですね。色々組み合わせて、グリップのシェルなんかも3Dプリンターで作ったり」
ライズが「自作のコックピット」と言ったのに対して驚くカグラ。
それもそうだろう。ドライブシムやフライトシムならまだしも、MFFの様なアクション系のゲームでコックピットを使う人は、いない訳ではないが珍しい。カグラもコックピットを使用してはいるが、中々に良い値段のするメーカー品である。そもそも対応するゲームが少なく使う人も少ないコックピットを、購入ではなく
様々なデバイスを自作する人はカグラの身近にもいるが、実際にコックピットまで作り上げてしまう人はいなかった。
「え……すごい。そんな事も出来るんだぁ……」
「まあ、こうして不具合が出てるんですけどね。正直、このままじゃ対戦どころじゃないというか……」
「じゃあ、また今度、やりなおしますか……?」
「いやっ――」
つい、否定の言葉が出てしまった。
特に何かを考えていた訳ではない。このまま続けたところで敗北は必至。操作がままならず、集中も出来やしない。それでも、ここで引き下がりたくないという思いが、無意識のうちに言葉となっていた。
とはいえ何か良い案がすぐに出てくるはずもなく。
次のラウンドを始めたところで、武器をまともに使えない現状では動く標的でしかない。どう頑張っても時間を無駄にするだけだ。
急いで修理しようにも、最低でも三十分以上。下手をすれば数時間くらい、余裕で吹き飛ぶ。さすがにそれだけの時間待ってもらうのは気が引ける。というより、あり得ないだろう。いつまでかかるか分からない修理が終わるのを待ってもらうくらいなら、日を改めた方がマシというもの。
武器の操作を別のボタンに割り振るか。否、代わりに出来るボタンなどない。もし変えたところで、操作ミスをするのは目に見えている。強いて言えばフットペダルが空いているが、武器のコントロールを足で行うのは、あまりにも難易度が高すぎるだろう。
「コントロール……」
ふと、何かが頭を過る。か細くとも、確かに解決の糸口となり得る何かを掴んだ。そんな手応えを感じるのだ。
「そうだ! コントローラー――ゲームパッドだ! ゲームパッドに切り替えれば!」
「そう、ですか。私は変わらずコックピットでやりますけど……それでもいいですか? それとも、私も変えて――」
「いや、そのままで。この前まではゲームパッドでやってたし。問題ないはず!」
「じゃあ……少し休憩してから始めましょうか。大体、十分くらいを目安に」
ボイスチャットの表示が消える。
ライズは一人落ち着いたところで、肩の荷が下りたようで気持が軽くなると同時、これで本当に良かったのかと心の中がグルグルとないまぜに掻き乱れる。
気持ちが昂った拍子に敬語を忘れていた事も思い出し、不快にさせていたらと余計な事まで頭に浮かんでしまう。
「はぁぁぁぁ」
雑念を振り払う様に、大きく息を吐く。
今すぐ全部投げ捨てて寝てしまいたい衝動に駆られながらも、今はとにかくやるべき事があると、自分を奮い立たせる。
「テストプレイ……トレーニングルームか。よし、やろう」
待機ルームからは抜けずに、機体テストなどを出来るフィールドへと出る。
長い間ゲームパッドを使っていたとはいえ、最近はコックピットのジョイスティックばかり使っていた。新規で追加されたヘリなどの乗り物を操作する時にはゲームパッドも使っていたが、機体の操作は圧倒的にジョイスティックの方が便利だったのだ。
一応すぐに使えるようにと有線接続していたとはいえ、操作感はあまりにも違い過ぎる。少しでも感覚を取り戻したいところである。
「やっぱ気持ち悪いって……細かい操作……がっ……!」
ゲームパッド自体は、充分手に馴染んでいる。
しかし、繊細な入力の強弱が反映されるジョイスティックに比べ、ゲームパッドはあまりにも大雑把すぎる。ほんの少しスティックを傾ける程度ならまだいいが、最大と最小の中間が言う事を聞かない。落ち着いて操作している今でさえそうなのだから、カグラとの戦闘に入ればもっと操作が荒くなるに違いないのだ。
それに武装も切り替えが必要になる。両手武器か肩武器、それにオプションパーツを順に繰り返す操作がまだるっこしい。圧倒的にボタン数が足りない。
自作のコックピットがあまりにも快適過ぎたのもあるが、よくもこんなもので遊べていたものだと、つい思ってしまう。
フィールドに設置されたターゲット相手に、延々と弾丸を叩き込み続ける。
移動ターゲットもあるが、【夜桜】と比べてあまりにも遅く、なにより単調過ぎる。仕方ない事ではあるが、これでは練習には物足りない。AIターゲットが欲しい。せめて、不規則に動くターゲットかスピードの調整が出来る機能を実装してはくれないだろうか、と。
「……運営に要望出してみようかなぁ」
「どんな要望ですか?」
「フぉアッ!?」
まさか聞かれているとは思いもよらず。
思いっきり腹から息を吐いた拍子に、声というより変な音が出てしまった。
「イヤッ、ナンダモナイデス!」
「ふふっ……十分経ちましたけど、準備はいいですか?」
笑われた。
「あんまり良くはないですけど……出来る事はやりました。始めましょう。
「では、いきますよ」
暗転。
どうにも落ち着かない。体の感覚がおかしい様に思える。
きっと、緊張しているのだろう。
久しく感じた事のない感覚に、不思議と高揚する。
次で三戦目。まさか引き分けに持ち込めるとは思えない。
勝機はかなり薄いだろう。それでも、最後まで勝ちを取りにいく。
「さあ……全力で足掻いてやる……!」
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