01-09 SAN値! ピンチ! いあ!
ついにやって来た、午後二時ちょうど。
……の、ほんの少し前。
「あ、動いた。やっぱ本人で間違いなかったんか」
ぼんやりと広域レーダーを眺めていたライズは、同じところで動き回っていたプレイヤーアイコンが自分の拠点へと向かってきた事で、予定の時間が来たことに気付く。
凝り固まった体を伸ばし、出迎えの為に自身の主力機体:ゴリアスで拠点内へとスポーンしたライズ。
ここで、ふと疑問が浮かぶ。
「プレイヤーの招待って……どうすりゃいいんだ?」
嫌な感覚が、体中を駆け巡る。
他人との接触を最低限にまで避けているライズには、自身の拠点へとプレイヤーを招き入れる方法など知らなかった。
数少ない友人であるカモの拠点へと入った事はあるが、その時にはカモが手続きをしてくれていた。ライズは何も気にせずプレイしていたが、今は逆の立場である。
ライズの拠点は防衛設備に自信がある。プレイヤーの数人程度なら、大した損害が出る前に排除するなど容易い事。相手が一人なら、どうなるかなど想像するまでもないだろう。
ただの野良プレイヤーなら気にする事などなかった。例え通りすがりでも不用意に近寄って来たなら撃墜されても文句を言われる筋合いなど無いからだ。
しかし今回に関しては別である。事前に連絡を貰った上に、相手は『世界一位』のプロゲーマー。万が一にでも万が一があれば、『RI2E』はこれから生きていけなくなる。ゲームの世界でも、社会的にも。
もしもやらかしてしまっても、しっかりと説明して誠心誠意謝罪すれば許してもらえるだろうが、事が起こらないに越したことはない。
悠長にネットで手続きの方法を調べている余裕は既に無い。もう数秒、十数秒もすれば来てしまう。
急いでメニュー画面を表示する。手当たり次第に開くウインドウは関係ないものばかりで、肝心の招待についての項目は見つからない。
無駄に画面を埋め尽くすウインドウとは対照的に真っ白になっていくライズの脳内に、透き通るように綺麗な女性の声が響く。
「こんにちは、カグラです。……えっと」
「ア……ト……エト……コニチワ」
間に合わなかった。
心臓が止まりそうな程に緊張しきったライズには、拠点を囲う壁の外で何も問題が起こっていない事など意識にすら上がらない。
「あの、ひとまず中に入れてもらっても……いいですか?」
「ハイッ……アッ……ソノ……」
既に何かを考える余力は無い。どうにか聞こえた言葉へと返事をしたライズは数秒の後理解が追い付き、無意味に開いた無数のウインドウを閉じてゲートを開く。
焦るライズは、何か歓迎の言葉を述べようと空回りした挙句、口をすべらせた。
「いあ……オカエリナサイマセ!!」
自分が何と言葉を発したのか、理解は後から追いついた。
よりにもよって何故『おかえりなさいませ』なのか、と。
「おか……えっ……?」
「すみませんなんでもないですいらっしゃいませェ!?」
「あっ……はい、ありがとうございます?」
混乱は感染する。
なんて事の無い歓迎が、何かが違うお客様の歓迎へと形を変える。
少しだけ自我がオカエリナサイマセしてきたライズは、自分が彼女に対して行った対応に羞恥と錯乱が限界を迎え――
「アアアアアアアアアアアアアアアああああのスコシだけジカンくだはぃ」
カグラには見えなくとも、顔だけでなく肩や腕まで紅潮しているのをライズ――否、翔は自覚した。
彼はここ数年、初対面の人と改まって会話をする機会が無かった。
希少な友人二人や、その視聴者達との関わりとは違う。買い物に出掛けて、店員さんと会話をするのとは訳が違う。いくらこれまで知らなかったとはいえ、相手はプロゲーマー。『世界一位』の人である。『世界一位』なのである。『世界一位』とはそれ即ち、ゲームを愛する者達からすれば天上人、雲の上の存在と同義である。
そんな相手に自分は何と言った? おかえりなさいませとは何たることか。
恥ずかしさは溢れ続け、その終わりが見える事は無い。
カグラはただ、静かに待っている。
微動だにしない機体はまるで機械の様で――機械であるから微動だにしないのは当たり前だと気付く。
深呼吸を一度、二度、三度。念を押して四度目の息を吐いた後、努めて冷静に、落ち着いて口を開く。
「すみません、取り乱しました」
「いえいえ、大丈夫です…………大丈夫ですか?」
「ええ、えぇ、大丈夫です」
熱が引けば、寒くなる。冷や汗が落ち着いて思考も落ち着いてきたライズは、まずは謝らなければと言葉を続ける。
「あの、他人の拠点に入った事はあったんですが、誰かを自分の拠点に招待した事がなかったもので、自動で迎撃システムが動くのではと焦ってしまいまして……色々すみませんでした」
「あー、そういう事だったんですね。でもまぁこの通り、何事もありませんでしたし気になさらないでください」
カグラの優しく綺麗な声に癒されながら、濁った気持ちが浄化される心地になるライズ。
気を抜けば崇拝の言葉を漏らしてしまいそうになるライズに、「でも……」とカグラが続けて訊ねた。
「それにしても随分と慌てていた様に感じたんですけど、何かありましたか?」
記憶の奥底に隠しておこうとした秘密を的確に突いてきた質問に、喉を詰まらせる。
なんと答えるべきか。しどろもどろになりつつも、偽る意味など無かろうと素直に自白する。
「えと……さっきまで何もしないで、ぼーっと待ってるだけでして……その間に招待の事とか、調べておけば……よかったかなぁと、気付いたといいますか……」
反応は無い。……否、僅かに息を吸い込む音が長く聞こえる。
一拍。完全に音が無くなり、聞こえるのはゲームの中の環境音のみ。
「…………あぁ、、、」
その声は、すぐそこから聞こえているはずなのに、どこか遠くにいる様な……しかして得も言われぬ共感に似た何かが滲む声色に感じられた。
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