01-08 似て非なる者達 しかして同類

 ただ待つ。


 ただただ待つ。


 現在の時刻はもうじき昼になるという頃合い。昼食は早いが既に済ませ、MFFを起動した翔は自身の拠点にて予定の時間が来るのを何もせずに待っているところである。


 というよりも、前日熱中し過ぎて深夜まで起きていた影響で睡眠時間がずれ、どうにか修正しようとこの日起きた時間が十時になろうという頃であった。

 普段特に予定がある訳でもなくいつ起きていつ寝ようと関係ない生活を送っている翔ではあるが、理想としては夜明け前後の早朝に起きるのが、最も一日の調子が良くなるからと生活リズムを整えようとしてはいる。

 なお数日で崩れるものではあるのだが。


 そんな普段何も予定が無い翔に珍しくある今日の予定というのが、かの有名な『KAGUR4カグラ』の訪問である。


「多分これ、本人だよなぁ。場所的にモンスターのスポーンエリアだから、別の誰かが狩りしてるのかもしれないけど……ドロップアイテム落とすヤツじゃないし、クレジット直ドロにしても金策ミッション回す方が稼げるんだから、わざわざ居座る理由なんて無い訳だし」


 拠点メニューで広域レーダーを開きっぱなしにしている翔のモニターには、近くにプレイヤーがいる事を示すアイコンが表示されている。

 拠点へと攻撃を仕掛けるにはあまりに遠く、かといってレーダーに映る程度には近い場所。周辺を探索した際、そこはモンスターが生息するエリアであるのは確認していて、マップにはマーキングもしている。

 その地点周辺を忙しなく動き回る、一つのプレイヤーアイコン。ライズがログインした時には既にそこにいて、かれこれ一時間が経とうとする今でも、変わらずそこにいる。


 提案した時刻まで、あと二時間と少々。


 葛藤渦巻くライズの心境。

 もしこのプレイヤーアイコンがカグラ本人なのだとしたら、予定より早いが拠点へと招き入れてもいいのではないか。そう思う反面、昼直前という微妙な時間が懸念材料となってしまっている。

 ライズと同様の廃人ゲーマーなら食事時間が時間単位でズレても何ら問題ないだろうが、プロとしてしっかりしたタイムスケジュールを組んで生活リズムを管理しているならば、今話しかけるというのは何とも気が引ける。


 そもそもカグラではなかったならば。

 何の関係もない野良プレイヤーという可能性は一切否定出来ない。あくまでもオンラインなのだからどんな人がいてもおかしくはないのだ。特に理由なくモンスター狩りと興じていてもおかしくはない。

 公式でPvPを推奨しているのだ。ライズが確認に行けば、人によってはPvPへと発展する可能性だってある。警戒してどこかへと行ってしまうかもしれないし、邪魔に思われどうなるか、あらゆるパターンが想定される。


 ライズでなければ。他の人ならば、気にせず確認に行くかもしれない。


――そう。ライズは人見知りをこじらせているのだ。




***





 黒を基調として、陽に照らされた装甲が赤い光沢を放つ軽量二脚機体。

 部分的に入っている薄桃色の迷彩は、舞い散る桜を思わせる鮮やかな装飾となっている。


 ライズの金策用機体:キャッシュカードとは異なり、対人戦で勝ち上がる為に組み上げられたこの機体。

 そのシルエットは人型でありながらあまりに細く、両肩に備えられた無誘導ミサイルパックがその姿の不安定さに拍車をかけている。


 ガチタンク構成の機体を倒す為に生まれた、中級者以上向けの機動力を重視した構成。多くのプレイヤーは弾薬量と扱いやすさのマージンを残しているにも関わらず、そこから更に突き詰め、限界まで耐久値を犠牲に軽量化した、上級者でも適性と経験を求められる構成の機体。その代償として装備出来る武装は限りなく選択肢を絞られ、残るのは低火力や扱いづらいものばかり。

 そんな中選んだのが小型無誘導ミサイル。これは携行弾数こそ多少あるものの、ロックオン機能がないこの武装はプレイヤー自身が照準を合わせなければならないという不便さがある。更には直接的なダメージは微々たるものであり、人によっては豆鉄砲などとからかうだろう。それでもこの武装を選択した理由、それは熱量の増加である。

 ファンタジー作品なら毒や火傷といった、一定時間継続するダメージ。MFFにおいてはオーバーヒートして、安全温度まで機体が冷却されるまで耐久値が減り続ける。高火力兵器にはオマケ程度に付随している場合が多い効果であるが、このミサイルは相手の機体温度を上昇させるのが主目的となっている。当て続ける事さえ出来れば、相手に制限時間・・・・を課す事が出来るという訳だ。


 だが、この機体にとって小型無誘導ミサイルはセカンダリウエポンでしかない。


 この機体の主武装。それは、『タントー』である。


 機体同士が衝突する距離にまで近付かなければ当たり判定の無い、銃火器が幅を利かせるロボットシューティングゲームにおいて場違い・・・とさえ言える近接武器。

 FPSやバトロワゲームでさえ使われる事の少ない、『ネタ武器』として扱われがちなナイフ。それがMFFにおける、タントーである。


 MFFには他にも近接系の武器はあるものの、タントーほど有効範囲の狭いものはない。せめてものメリットを挙げるならば『消耗しない・軽量である・速度によるダメージ補正が入る』だろう。それでも、どれだけガチタンクメタ構成にしたところで、わざわざこの武器を選ぶプレイヤーはアリーナにはいない。


 この機体、『夜桜ヨザクラ』を除いて。 


 この機体の主、カグラは無心で、モンスターを狩り続けていた。


「二……五、六……九…………一万」


 キルカウントは遂に五桁の大台へと突入する。


 カグラは今、この日の予定――『RI2E』と会う為に、彼の拠点近くまでやって来ていた。

 予定の時間までは残り二時間。丁度昼にはなったが既に食事は適当に済ませてある。


 丸々休みを取っているカグラは起きてすぐMFFを起動し、いてもたってもいられずライズの拠点近くへと来ていた。

 平日という事もあってか、他のプレイヤーは見当たらない。他にやることも無く、カグラの目にも、ハイライトは既に無い。


 ただモンスターを倒し続けるという作業の中、しかし変化・・には気付いていた。


 広域レーダーに映る、ライズの拠点。そのアイコンが色を変えていた。プレイヤーが中にいる時の表示である。

 十一時になる前頃には変化に気付いていたものの、予定は午後の二時。まだまだ時間があるのに、今から押しかけては迷惑になるかもしれない。何かしておきたい事もあるかもしれないし、ログインだけして違う事をしているのかもしれない。


 カグラでなければ。他の人ならば、気にせず確認に行くかもしれない。


――そう。神楽カグラはとても律儀なのであった。





 近くにいながら、他にすべきこともないまま。

 ただただ二人は、無為に時間が過ぎるのを、待ち続けるのだった。

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