01-07 状態【虚無】

 晴天。


 心が洗われるほど清々しい青空に、薄く点在する雲が何も心配いらないとばかりに流れていく。


 その心は、虚無。


「……はぁぁぁぁぁ」


 ここはライズの企業本拠地。軽く機体のテストが出来る程度の広場にて、空を仰いで心をめていた。


 スマホを見るのに夢中になっていたライズは、普段なら落ち着いてブレーキを軽く踏むだけで問題なく通れる段差を減速無しで跳躍。落ち着いて対処すれば難なく体勢を整えられたであろうが、判断の遅れたライズは成す術もなくスピンし次の段差で横転。あっけなく大破した車両は回収を余儀なくされ、車両修理と回収コストを代償に拠点へと帰還したのだ。


 痛くもない金額と普段用が無い車両の長時間使用不可は、実際どうでもいい程度のもの。補填も考える必要が無いくらいのコストではある。

 だが、もう間もなく着くという段階で発生した余計な出費に、後悔はしてもしきれない。


 瞑目し、大きく深呼吸する。


「……よし、ヘリのキーコンいじるか」


 機体を格納したライズはメニューからヘリを選択。拠点内に小型の戦闘ヘリが出現する。


「問題はヨーなんだよなぁ。コントローラーなら慣れてるけど……」


 金策を繰り返している途中、息抜きに現在のコックピットでの操作感を試してはいた。

 今の移動に使用しているジョイスティックの可動は、通常の前後左右に加えて『ひねり』の操作も可能としている。地上での動きが中心であればやりやすくとも、立体的で不安定な空中では慣れるどころの話ではなかった。

 その時にはゲームパッドへと切り替え事なきを得たが、精神的にそこはかとない焦りからの喪失感を覚える程に拒絶反応を起こしたライズ。


「ジョイスティックのひねりだよなぁコレ。便利だと思ったんだけど……」


 もう一度試しにと少しだけ浮いて、僅かにジョイスティックをひねる。

 ここで方向のみ回転すれば上手くいくのだが――


「やばいやばいヤッ!!!!」


 ジョイスティックを動かすと同時、ヘリの機体が傾き壁に急接近。寸前でどうにか体勢を立て直すも衝撃によるダメージで耐久値が大きく消し飛んだ。

 翔自身が落ち着いた状態でこれでは使い物にならないと、代替となる操作方法を模索。


「ハンコン使うか? いや、使いづらいな」


 キーコンフィグにてハンドルをヨーイングの操作に割り当てるも、左手と右手の動作が嚙み合わないと断念。

 それからもキーボードを使ってみたり、右手はそのままジョイスティックを操縦桿として割り当てながらも左手側にあるジョイスティックでヨーイングしたりと試行錯誤を重ね、次第に迷走を始める。

 こんがらがった思考をまとめようと休憩を挟み、ひと息ついた所で視界の広がった翔はひとつの解決策を思いついた。


「そういや古いハンコンあったな。ペダル使えるか」


 本物の航空機ではペダルでラダー操作、つまるところのヨーイングをするとどこかで見た記憶を思い出した翔は、部品取り用にゴチャゴチャと物を詰め込んでいる部屋を漁りに行く。


 安いジャンク品など気になった物は一旦買う趣味を持ち合わせている翔。そのせいで物を詰め込んでいる部屋は、もはや業者の倉庫と言われても疑いようのないまでの様相を呈している。

 サイズの大きな物はメタルラックにそのまま置き、ある程度小さなものはコンテナで種類毎に分けて収納。その数の多さに、片付けをした際には忘れていた物が出てくることがよくあったりする。


 あれでもない、これでもないと目的の物を探している途中、頻繁に「そういえばこんなのもあったな!」と道を逸れながら数十分。コンテナの奥底から目的の古いハンコン一式を掘り出した。

 数十年単位で昔に発売されたこのハンコンは、柔らかさのある素材のグリップ部分は劣化が激しいものの、外装などの他の部品はさほど痛んでいなかった。元々電源のケーブルが断線している物を買ったのだが、今回の用途では全く問題が無い。最高の素材・・と言える。


「これ……バネ変えればイケる?」


 今使いたいのは、ペダル部分のみ。

 ラダーペダルとして使うには左右の反発力が均一でなくては扱いづらい。しかし、手で押して確かめるまでもなく、アクセル側のペダルが正しい位置まで戻っていない。これではそもそも使い物にならないが、元々分解しての改造が前提にある。多少壊れているのは何ら問題にはならないのだ。


 必要となるペダルユニット以外を元に戻し、倉庫部屋を後にする。

 次にきたるは翔自慢の工房。自慢する相手にアテは無いが、小さいながらも工場と呼んで差し支えない程に道具を揃えている。

 エアコンプレッサーには追加タンクを備え、安価ながらアーク溶接も行えるTIG溶接機や半自動溶接機も完備。数カ月前に購入した3Dプリンターもあり、他にも各種工具類を取り揃えた『ロマンだけで出来た部屋』の体現である。


 この中の大半は滅多に使われないのは、言うまでもない。


 翔はこの部屋専用のノートパソコンで音楽を再生してから、持ってきたペダルの分解を開始。

 夢中になる翔は、自身の口角が上がっている事には気付かない。再生した音楽も聞こえない程の集中力で、ただただ作業を続ける。

 中古品故のべたつきも、隙間の奥に詰まったホコリも、今は何も気にならない。

 隠れたネジを残さず、ひとつひとつ丁寧にプラスチック部品を割らない様に気を付けながら外していく。


 そうして開いた中の部品を並べながら、交換が必要な物を確認していく。


「ボリューム抵抗かぁ。これなら新品あるし一応交換しとくか。バネは……やっぱ折れてるな。さすがに作るより買った方が早いかな。これコイルスプリングだっけ……いや、トーションスプリングで調べりゃ出てくるか」


 買う必要のある部品は注文し、明日には届くのを確認して今出来る作業を続ける。

 待ち時間がもったいないと塗装の必要がないアルミ板でペダルの踏む部分を二枚作成。ステーを加工したり電子部品を外して配線だけ作り、全ての部品を綺麗に掃除して、あとは組むだけに整理。


「ふいぃぃぃぃぃ……何時だ?」


 夢中になって作業し、気付けば既に深夜。

 同じ体勢で痺れ凝り固まった体をほぐして、迫りくる眠気に抗う事無くベッドへとダイブ。


「あ、MFFつけっぱなしだった……よし、今度こそ寝ようそうしよう」


 重い体は満足感で満たされ、すぐにでも寝付けそうな状態。

 ふとひじを曲げ、手を上に上げる。


 目を閉じ、完成したペダルでヘリを操縦しているのをイメージする。

 上空で安定した状態からペダルを踏み、右旋回。左旋回。

 右手でジョイスティックを操作し、旋回速度を調整しながら機体を安定させる。

 前進からの急旋回。ホバリング状態からの急制動。降下による加速を利用した急速離脱。


 ここで、すっかり頭から抜け落ちていた事を思い出した。


「上昇下降の操作忘れてた。ぇえ……どうしよ。左手でどうにか出来るかな。てか左手しか空いてないな。スロットル……ひとまずジョイスティック使えばいいか」


 余計に時間が掛かるのを避け、ひとまずの妥協案としてジョイスティックを使う方針で決定。

 今度は離陸と着陸を含めた立体的な機動を想像していく。


 離陸上昇に各方向への移動を同時入力。高所からの降下加速を利用した離陸。

 上空から降下中に前傾姿勢からの、回転数上昇による急加速。


 ゲームパッドなら指だけで操作するものを、足まで使う事で考える事は余計に増えてしまっている。しかし、直感的に操作出来るボタンの数が増える恩恵は果てしない。

 こういった操作系は、自分の感覚と上手く嚙み合ってこそ真価を発揮する。有名なインフルエンサーが紹介していても、市場ナンバーワンの評価を得ている商品でも、合う合わないは確実に存在する。逆に、初めの頃は使いづらさがあっても、使い続けるうちに慣れる場合もあったりはする。

 自作による意地も少なからずあるだろうが、片手をフリーに出来る余裕が生まれる恩恵は大きい。


 膨らむ想像にあらかた満足し、いざ寝ようとしたところで気付いてしまった。


「……目が冴えた」


 手足を動かしているうちに、眠気が飛んでしまった。

 時刻は既に深夜。普段寝ている時間はとうに過ぎているにも関わらず、一向に寝られそうにない。

 寝返りを打てども寝付けずに、ただただ時間は過ぎていき――。


 ……。


 結局、翌日翔が目を覚ましたのはいつもよりかなり遅い、昼を過ぎた頃となるのだった。

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