01-10 まずは駆けつけ一敗
「えっと……?」
「ああ、その……私も、何と言いますか……」
ライズにとって――翔にとって、こんなにも『微妙な空気』を感じたのはいつ以来だろうか。
……否。彼の人生に、ここまで気まずい雰囲気になった経験など、記憶にない。
「私もその、先程まで何も考えずに狩りしてまして……事前にメールか何かご連絡しておけばよかったですね」
「あっ、見てました……って、いえいえ! 時間も決まってましたし、あーっと……」
「あっ……見て……られて……」
何を言っても泥沼に沈んでいく。そんな雰囲気の中、どうにか方向だけでも変えようと、ライズは咄嗟に気になっていた事を口にする。
「えーっとちなみに、今日はどういったご用件だったのでしょうか」
――刹那。まるで、別の場所に転移でもしたかの様な錯覚に陥る。
失言だったか? 否。間違いを犯してはいない。
怒り? ――違う。
不快? ――違う。
それは覚悟。決意。
そんな、熱意に似た何か。
無機質なはずの画面の向こうで、
「ライズさん。私とアリーナでプライベートマッチをしてもらえませんか」
「えっ」
困惑。
それ以外に、今の感情を表現出来る言葉など無いだろう。
「俺と、ですか?」
相手は世界一位のプロゲーマーだ。いくらジャンルが違うとはいえ、実力の差は推して知るべし。到底敵う相手だなんて思えない。自分はただ趣味でゲームばかりしているゲーム廃人でしかない。今まで関わった事もない自分に対して、どうしてこんな有名人が挑戦状を叩きつけてくるというのか。
「はい。ハントランド、マッドラッシュ、デカダンスオンライン、フォレストライフ……他にもありますね――」
人によっては意味すら分からないかもしれない、羅列される
そう、ライズにならゲームタイトルであると分かる。というよりも、今までにプレイした事のあるゲームの数々である。
しかし、それはそれで疑問が浮かんでくる。
「……これらのタイトル、心当たりはありませんか?」
「どれもハマってた時期があるゲームばかりだけど……でも、どうして……?」
「私もプレイしました。そして、そのいずれもランキングの上位にあなたの名前がありました。別人かもしれないとは思いましたが……」
心当たりがない訳がない。
挙げられたものには有名なタイトルもあるが、コアなゲーマーでなければ知らないタイトルもあり、特にその中でも――
「フォレストライフってランキングあったの!?」
直訳すれば『森の生活』などという、なんともゆったりとしていそうな名前をしたゲームはしかし、他の追随を許さぬレベルの『鬼畜難易度リアリティクラフトサバイバルゲーム』であり、ライズ史上類を見ない『マゾゲー』である。
アーリーアクセスという未完成な状態ではあるが、こまめなアップデートや非常に動作が軽いのにハイクオリティという、ライズの中では評価がかなり高いゲームの一つである。しかしそれでも、圧倒的な『クソゲー』としてライズは認知している。
「実はあるんですよ。確か、アルファ83くらいの頃に公開が始まったと思うんですけど、それ以前からの全期間を参照しているらしくて……」
「知らなかった……というか、あのゲームやってるプレイヤー実在したんだ……」
ライズは感慨深くつぶやく。
マルチプレイが出来るゲームであるとはいえ、国内のストアレビュー数は一桁台。ジャンル的に比較的人気の劣るゲームの中でも、SNSや動画サイトで続けてやっているという人を探しても手で数えられるレベルのマニアックさである。
そんなゲームを有名人が、しかもその人と今話しているという現実に理解が追い付かずにいる。
「フォレストライフって、攻略ウィキも全然情報無いから……正直な所、一人で続けるのって辛いものがありますよね」
「ホントそう。アイテム収集も数が出ないし、その割にクラフトで要求されるアイテム数は多いし、でも……」
「「ずっとやってしまう」」
図らずもハモる二人に、どちらからともなく苦笑がこぼれる。
楽しい事に違いはないが、同じ苦しみを分かち合う同志と出会えた喜びは果てしない。何の為にここに来たのか本題も忘れ、話題は移り変わりながらしばらくの間会話が途切れる事はなく――
「――っと、すみません。随分と脱線してしまいましたね」
「えっ? あ、あぁ……そっか。そうでしたね。えっと……プライベートマッチ、でしたっけ」
「はい。受けていただけませんか」
「受けるのはまぁ、いいんですけど……流石にプロゲーマーに敵うほど、俺は強くないと思いますよ」
「そんな事はありません。……いえ、直接見た事は無いですけど、それでも私は、いつかあなたに挑戦したいとずっと思っていました。あらゆるゲームのランキング上位に名前を残してきたライズさん、あなたと戦うのが私の夢なんです」
「夢……ですか」
片や引きこもりのゲーム廃人。生活におけるゲームプレイ時間こそプロにも引けを取らないだろうが、結局は趣味の範囲でしかない。対人戦は気が向いた時にしか挑まないし、普通に負ける事だって少なくはない。
片や世界一位のプロゲーマー。実力はその称号が示す通り、世界の頂点にいる。常人とは比較にならない程の対戦を繰り返し、
そんな人の『夢』に、まさか自分がなろうとは……。
例えるなら、月とスッポンだろう。
どれだけ力があろうとも、どれだけ守りが強くとも、結局は小川の中での話。似ている様に見えても、そもそものスケールが違う。比べられる土俵にすらいないのだ。
ライズは、別に戦いたくないという訳ではない。プロゲーマーと一対一で戦えるなど、そうそう願って叶う機会などありはしない。それこそゲーマーの夢だろう。今、どれだけ見るに堪えない負け方をしたところで、別に構わないとすら思っている。それなのに……いや、だからこそと言うべきか。このままカグラからの挑戦を受けてしまっていいものか。
「エクストリーム・ショーギ・フェニックスでもいい――」
「――MFFで」
「では決まりですね!」
「あっ、え!?」
――今、何が起きた?
ひとまず、一旦、整理しよう。
エクストリーム・ショーギ・フェニックスだけはダメだ。カグラは決心のつかぬ自分を煽る為に、決して採ってはいけない選択肢を提示して誘導したのか? いいや、エクストリーム・ショーギ・フェニックス自体はとてもいいゲームだ。知名度もオンラインプレイヤー数も数えられる程に少ないが、良いゲームに違いない。だがダメだ。その選択肢だけはダメだ。
乗せられたのか……? いや、わからない。自分は今、MFFで戦う事に了承したというのか? 解答を出し渋る自分にしびれを切らし、急かす為にエクストリーム・ショーギ・フェニックスの名を出したというのか? いや、それでもエクストリーム・ショーギ・フェニックスだけはダメだ。アレだけは絶対に触れてはいけない。禁忌である。
もしや、既に心理戦が始まっているというのか。現にこうして心を乱されている。直接会って話していないのがせめてもの救い、表情をトラッキングして反映するゲームでないのが唯一の命綱だ。悟られてしまえば勝ちへの道は遠いものになってしまう――
激しく動揺するライズなど、カグラは知る由もない。
「そうだ、先にフレンド登録をお願いしてもいいですか?」
「…………あ、あぁ、はい。フレンド……」
手早くフレンド登録を済ませる二人。プライベートマッチをスムーズに行うには、登録しておいた方が何かと便利に事が運ぶ。
その胸中は、ただ純粋に嬉しさに満たされる者と、疑心暗鬼に苛まれる者とに分かれているなど、誰が想像出来ようか。
オンラインゲームにおいて、フレンド登録というのはさほどハードルの高いものではない。人によってはSNSで一方的にフォローするのと変わりない感覚で申請したりするかもしれない。フレンドに登録したからといって、別に今後一切連絡を取らなかったところで何のペナルティがある訳でもなし。むしろ何かあった時に利点の方が大きいだろう。
だが、ただの一般人が有名人とフレンド登録するのは訳が違う。しかも今回は有名人からの申請だ。相当にレアな状況であるのは言うまでもない。
「早速ですが、今から対戦、よろしいですか?」
ライズは、意を決す。
「そう、ですね。この後予定もないので、問題ありません」
「では、準備の為に戻って――」
「あれ、ここからでもアリーナは始められ……そっか、所属してないとガレージが使えない、のか……」
しまった。失言に気付いた時にはもう遅い。
相手の立場を考えれば、軽率に言っていい事ではなかった。
カグラはプロゲーミングチームに所属する身。しかも配信者である。気軽に勧誘してハイ加入とはいかない立場なのだ。第一、ライズは自分の企業をソロで続けるつもりである。更には野良プレイヤーからの襲撃も多いこの企業に、プロゲーマーを一時的にでも加入させるというのはいかがなものか。
だが、ライズが取り消すより早く――。
「そうだ! ライズさん、私をあなたの企業に参加させてください!」
「へあ!?」
「ほら、今から【ゲート】に戻る時間もったいないじゃないですか」
「それは、まぁ……というか、どこにも所属されてないんですか?」
「私の周りにはMFFやってる人、全然いないんですよ。配信でもそんなに伸びなかったんで、自分で作るのも別にいいかな、と」
ライズの耳に通知音が届く。企業への加入申請が届いた事を告げる通知だ。
あまりのフットワークの軽さに目眩すら覚えるライズの気を知ってか知らずか、彼女の無機質な機体からは楽しげな雰囲気が漏れ出ている。
「いや、申請早すぎないですか……? まあ、今だけなら――」
「そうだ、せっかくなので賭けましょう! 私が勝ったら――」
嫌な予感がする。続く言葉は予想するまでもない、想像に難くない。だが、既にライズには成す術など無い。
「――ゲーム友達として、これからも一緒に遊びませんか!」
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