3-3 採用されたコーラス

 嬉しさと戸惑いの中、誰かに報告したい、と思い浮かんだのは、声優学校時代に共に学んだ真理恵まりえだった。


 急いでスマートフォンのアプリからメッセージを入れる。

 真理恵は派遣社員で生計を立てながら声優をしている。今日は週末だから、声優の仕事が入っていなければすぐに返信がくるはずだ。

 予想通り、秒を待たずに真理恵から電話がかかってきた。


「もしもし!? ちょっと状況説明!」

 真理恵は挨拶もなく本題を切り出した。わたしは、オーディションからの経緯をかいつまんで説明した。自分のコーラスが採用され、その曲がヒットしているらしいことも。


 最初は興奮気味に相槌を打っていた真理恵の声が、だんだん静かになり、わたしに確認するように聞いてきた。

「正式な契約はしてないのね」

「うん、してない」

「あのさ、仕事として受けたんなら、採用されるかどうかは別として、ちゃんと契約しておくべきだったんじゃないの」

 真理恵の指摘はもっともだ。いくら自信がなかったとはいえ、事務の寺尾さんからも、ちゃんと契約するようにと念を押されていたのに。


「名前のクレジットとか謝礼金とか、今から言っても遅くはないかもだよ。録音したものを使いますって連絡はあったの?」

「電話はきたんだけど、無視しちゃったんだよね」


 耳に当てているスマートフォンから、真理恵の大きなため息が聞こえてきた。

「とにかくさ、先方に問い合わせしてみなよ。せっかくのチャンスなんだから活かさないと」

「うん……、そうだよね」

「柳島さんの電話番号わかる? わからなかったら、オーディションのときの連絡先から聞いてみるとか」

「えっと、どっちの柳島さんに連絡したほうがいいかな」

「依頼されたのはどっちだったんだっけ」

「お兄さんのほうだけど……ちょっと、怖いんだよね」


 真理恵はしばらく考えると言った。ゲームの曲だから、契約関連はお兄さんより弟さんのほうに聞いた方がいいかも、と。

「じゃあ、弟さんのほうに聞いてみる」

 わたしは真理恵にお礼を言って、電話を切った。


 同じ学校に通って同じように勉強したのに、真理恵はプロ意識がしっかりしていて、自分の声に責任とプライドを持っている。

 その反面わたしは、契約一つきちんとできないで、自信がないからと逃げるように帰ってきてしまったのに、曲がヒットしたからって後出しのように契約の話を出すなんて、あさましいと思われないだろうか。

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