3-2 採用されたコーラス

 身支度をして、近所のショッピングモールに行くことにした。併設の映画館で映画でも見て時間を潰そうと、さきほどダウンロードしたアルバムを聴きながら、映画の上映スケジュールを確認する。


 イヤホンの奥で、キン、とするようなギターのリフが聞こえた。聞き覚えのあるメロディ。あの日、四谷のスタジオでコーラスを頼まれた曲だとすぐにわかった。メインを歌っている男性ボーカルは、声からして柳島お兄さんだろう。


 メローな印象のバラードだ。心にそっと寄り添うような優しい声と歌い方に、知らず胸の奥を掴まれたように息が苦しくなる。近寄りがたい雰囲気で、怖い印象しか残っていないのに、柳島お兄さんはこんな優しい歌い方するのか。


 わたしは嘆息した。あのレコーディング、叱られても仕方がなかったと振り返る。彼のレベルからしたら、わたしの歌は素人はだしもいいところだったのだろう。

 そんな風に思いながら聞いていると、サビのところで聴き馴染みのある声が耳に入った。


 思考が止まった。震える指でイヤホンの音量を大きくし、何度も聞き直した。柳島お兄さんの声に絡むようなコーラスパート。伸びやかでセクシーで、聞いていてとても気持ちが良い声。あの日、ラストテイクと言われたわたしのコーラスだった。


 まさか自分のコーラスが本当に使われたなんて! 驚きの次に小躍りしたくなるほどの喜びを感じつつも、再び不安が胸を占める。


 柳島お兄さんからかかってきた電話を無視したことを後悔した。もしかしたら、コーラスの使用許諾を求めての電話だったのかもしれない。

 今更だけど、こちらから連絡したほうがいいだろうか。でも、彼からの電話を無視し続けたから、電話することが怖い。


 迷いながら中広場に出ると、ガラス張りの小さなFM局のブースで、男性と女性のDJが喋っているのが見えた。

 放送内容はそのままこのショッピングモール全体に流れているらしく、聞くともなしに耳を傾けた。


「ゲーム系の音楽としては異例の大ヒットになってます。配信チャートは軒並み1位を更新中なので要チェックですね」

「ゲームのアプリもずっとトップですね、僕もこれ、今どハマりしてるんですよ」

「演奏はプロデューサーの柳島さんの双子のお兄さんがやってるバンドだそうですよ。この曲がね、切なくてセクシーで凄くいいんですよ!」


 DJが弾む声で曲を紹介する。流れてきたのは、さきほどダウンロードしたばかりの、自分のコーラスが使われている曲……配信チャート1位という事実が、非現実に感じた。

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