第2話 宙を舞う光
神社から歩いて5分のところに、ミナコさんの営むカフェがある。そこは40年ほど放置されていた古民家で、築120年にもなる。子どもの頃は「お化け屋敷」と言いながら、友達と屋敷の周りを駆け回っていた。とうにボロボロだったはずの古民家は、ミナコさんが来てから見違えるような変貌を遂げている。外装は修繕したのか小綺麗になり、周辺に生え放題だった草木も綺麗に刈られている。ここまでするのは、さぞ大変だっただろう。
「ミナコさん、おはようございます」
「あら、カオリちゃん。いらっしゃい。今日はよろしくお願いしますね」
店のある1階に案内されると、内装もお洒落なものだった。土壁と炭で燻され黒くなった梁や柱、少し軋むこげ茶の床板は、恐らく当時のまま使っているのだろう。店内の天井にはガラス製のランプシェードが吊るされ、中央にはアンティーク調のテーブル席が4つと、カウンターには5つの椅子が並んでいる。そして、各所に配置されたドライフラワーたちの鮮やかなくすみ色が、古めかしい内装や家具と絶妙にマッチしていたのだ。
「素敵なお店ですね」
「ありがとうございます。私の趣味をそのまま反映させたんですよ。実は昔、この辺に住んでたことがあったんです。いつかこの古民家でカフェをやりたいなぁって、ずっと思ってたんですよ」
「え、そうなんですか? ミナコさんとは年も近いのに、近所に住んでたのなら私も知ってるはずなんですけど……」
「ふふっ。同世代だと思ってくれて嬉しいわ。住んでいたのはね、ずっと昔なんですよ。だから、カオリちゃんは知らないのかもね」
「そうなんですか……失礼なこと言ってすみません」
「全然! 気にしないで。じゃあ、早速始めましょうか。ご祈祷」
「はい」
祈祷のために準備してもらっていた供物や酒、米、塩、持参した榊をカウンターに並べる。深呼吸をして心身を落ち着かせたのち、私は祝詞を唱え始めた。いつもは集中している間にあっという間に終わるのだが、この日は違った。体中が急にポカポカし出し、目の前には金色に輝く小さい光のようなものが、いくつも宙を舞っていた。幻覚でも見ているかのような事象に戸惑いながらも、なぜだか心地のいい気分。これはきっと、神様が願いを聞き入れてくれた証なのかもしれない。ミナコさんの思いがよほど強いのか、こんなことは初めてだった。
祈祷が終わってミナコさんの方へ振り向くと、穏やかな眼差しで私を見つめていた。
「あ、あの……どうかなさいました?」
「……なんだか嬉しくて」
「お店はミナコさんの念願ですもんね。きっと大成功しますよ。ご祈祷中、神様が聞き入れてくれたような、そんな感じがしたんです」
「そう……それならよかった、本当に。」
先ほどの出来事を伝えると、ミナコさんは少し間を置いて、心底安心したように微笑んだ。思いが強いほど、神様には届くのかもしれない。
「カオリちゃん。今日は午後からなにか予定はある?」
「いえ、特に」
「それならよかった。夕方の4時になったら、お店に来てくれますか?今日のお礼にご馳走したいの」
「え、お礼だなんて……。でも、せっかくなのでお邪魔しようかな」
「うん、ぜひそうして! カオリちゃんにはね、お店の最初のお客さんになって欲しいんです」
嬉しそうに笑うミナコさんにつられ、私もつい口角が上がってしまう。不思議なもので、ミナコさんと一緒にいると妙に落ち着く。出会って数日しか経っていないのに、昔から知っているような感覚。ミナコさんはきっと、人を惹きつける魅力の持ち主なのだと思う。
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