第3話

「胡春~?」


 ガチャり、と胡春の部屋のドアを開ける。夜ご飯の支度の準備をする時間になったが、中々来ないので直接部屋に入る。


 そこには、真っ暗になっているモニターの前で、幸せそうに寝ている胡春の姿があった。


 案の定、というべきか。たまーに、絵を描いている時に寝落ちするということがある。本人いわく、「なんか急に猛烈な眠気が襲ってきて、耐えられないんだよね」とのこと。


「よっと」


 少し体を触り、お姫様抱っこでベッドまで運ぶ。相変わらず軽い体に、俺よりも飯食ってんのになぁと思ってしまう。


「にへへ……ゆきちゃん……すき」


「……俺も、好きだよ胡春」


 ベッドに寝かせて、軽くおでこに唇を落としてから、PCデスクの片付けを行う。


 ペンタブを端に寄せ、スリープモードになっているパソコンをシャットダウンさせようとマウスを触って動かす。


「……やっぱ、胡春の絵って綺麗だよな。このキャラも可愛い────ん?」


 スリープが解除され、恐らく先程まで胡春が描いていたキャラがモニターに表示される。その姿に、何となく違和感。


 金髪、赤と青色のオッドアイ。褐色肌に、頭にぴょこんと二つ猫耳が着いている、獣人の絵。


 左手を頭に置き、ピースをして可愛く決まっているそのキャラの足元には、『ミリア』の文字が────


「……こいつ、俺が今書いてる小説のメインヒロインだ」


 ────その正体は、現在俺が連載している小説で、メインヒロインにあたるキャラだった。


 そこまで思い当たり、俺は急いで現在続きを描いている胡春の絵を上書き保存させ、アプリを終了させてファイルを漁る。


 勝手に見るのも悪いとは思うが、今はそれどころじゃない。


 二つほど、『プライベート絵』と表示されているショートカットアイコンを開き、そして見つける。


『ゆきちゃん絵』と名前が着いているファイルを、震えながらダブルクリック。


 そして、開かれたファイルの中には、俺が今まで書いた小説の、メインヒロイン達の名前が着いたイラストであろうファイルがたくさん表示されていた。


「胡春……」


 ────俺は過去、胡春に俺の小説の絵を描くのは辞めて欲しいと言った。


「私のアカウントのフォロワー数、5万人超えたからゆきちゃんのFA描こうか?」


 その方が、ゆきちゃんの小説も伸びるでしょ?と、高校生の頃そう言われ事がある。


「……………」


「……ぷっ、ゆきちゃん変な顔」


「迷っている。確かに、胡春が描いてくれたら、胡春のファンが新規の読者になってくれるかもだし、ぶっちゃけ俺がみてぇ」


「!じゃあ────」


「でも、それじゃあ対等じゃない。大丈夫だって。今回は三位だったし、もしかしたら打診が来るかも。直ぐに、仕事として依頼するよ、胡春」


「────うん、待ってるね。ゆきちゃん」


 そんなやり取りをしてもう二年が経とうとしている。


 きっと胡春は待っているんだ。作者とファンではなく、作者とイラストレーターとして。────対等な立場になって、胸を張ってこの絵を世に出せるように。


「胡春……」


 パソコンから離れ、寝ている胡春の手を両手で優しく握る。


 もう一度誓うよ胡春。


 俺は────俺は君だけの作家だ。君の絵があるから。君がいつもそばにいてくれるから、俺のインスピレーションは刺激され、君の為に書こうと思える。


 だから、待っていてくれ。君に、イラストレーターの胡春に、ラノベ作家の俺が仕事として、君に絵を書いて欲しいと依頼する。


 もうちょっとだけ、待って欲しい。

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