3-3.

 皆で部屋にて待機をしていたら、部屋の外からノックと共に声がかかった。


「ラディズラーオ様、いらっしゃいますか? 船長のフックです」

「フック殿。おりますよ、今参ります」


 フック、船長……。いや笑うところじゃない、笑うところじゃないんだがちょっと和んでしまった。私が笑いをこらえている間に、ラディ様は部屋から出て行った。廊下でお話するのだろうが、これはそういうことだろうか。

 アマデオ様はいつの間にやら杖をマジックバックに仕舞っていて、身軽な状態だ。立ち上がって、腕をぐるぐると回している。リオ様はぴょんぴょん跳ねている3匹を足で適当に構いながら、私を抱き上げていた。私も連れていかれるのだろうか。リオ様の顔を見上げたら、頬を撫でられた。


「海賊相手なら問題はない。それよりも俺達が居ぬ間の盗賊行為の方を警戒した方がいい」

「どこにでも悪い人は居るからね。マリアちゃん、本をアイテムボックスに仕舞っておいて。部屋に何も残しちゃダメだよ」

「なるほど。分かりました」


 アマデオ様に返された本と自分が読んでいた本をアイテムボックスに仕舞って、部屋を見渡す。出しっぱなしのものはないようだ。大丈夫だろう、とリオ様を見上げればにぃっと企み顔で笑っていた。この人、普通に笑うことは出来ないんだろうか。いっつも企み顔で笑ってて、何を企んでるんだろうって構えちゃうんだけども。でもたぶん、この人普通に笑おうとして企み顔なだけなんだよね。短い付き合いだけど、それくらいは分かるようになった。

 私がリオ様を考察していたら、ラディ様がドアを開けてくいっと手を動かして合図していたらしい。ハンドサインだろうか。リオ様とアマデオ様は部屋の外に出て、船の中を歩いていく。しばらく歩くと階段を上がり甲板に出た。何やら騒いでいる6人組と乗組員らしき人がいて、一様に同じ方向を見ている。


「フック殿、海賊はあちらですか」

「はい。思ったよりも小さな船なのですが、何故かこの船のスピードについてきている上に、かなり接近してきているのです」

「それは変ですね。まあ沈めて様子を見ましょう。アマデオ様」

「はーい。グラビティで様子を見ようか」


 グラビティとは、土属性の中でも扱いの難しい重力を使った魔法らしい。それを聞いただけで凶悪だと思うのだが、本当のグラビティの神髄は重力操作だ。自分にグラビティをかけて身体を軽くして駆けることも出来るらしい。それが出来るのは魔力操作が上手い一部の人だけらしいが、とんでもない話である。

 今回は重力を重くする方、つまり船に負荷をかけて壊してしまおうという単純明快な作戦だった。ラディ様が露払いをして騒いでいた人達をどかし、海賊船がよく見える場所を確保した。アマデオ様が先頭に立ち、いっくよー、とどこか気の抜けた声と共に魔法をかけたらしい。海賊船はすぐにめきりとマストが折れ、甲板が割れて大変なことになっている。グラビティ、恐るべし。


 私はリオ様の腕の中で大人しくその様子を見学していたのだが、次いで変な感じがし始めた。何というか、苦しく感じる。苦しい、悲しい、という感情が湧き上がってきて、不思議に思う。首を傾げていると、だんだんと悲しい気持ちが抑えられなくなってきて、つーっと涙が零れる。それと共に、誰かの声が聞こえてくる。幼い可愛らしい声が、悲痛な叫びを四方八方に拡散しているらしい。<いたい>、<くるしい>、<もういやだ>、<たすけて>、<さみしい>と単語だが声が聞こえてくる。その感情も一緒に届くものだから、涙があふれて止まらない。

 リオ様も泣き始めた私に驚いたのか、どうしたのかと問いかけてくれるのだが、私にもよく分からないので答えようがない。悲しい、とだけ伝えれば、海賊に慈悲は必要ないなどちょっとズレた回答がくる。いや、これだけだとそう思っても仕方ないのだが、悲しいのは別の理由だ。どうしたものかな、と内心で困りつつも悲痛な叫びを受信し続けた。


 様子が変わった私を気にしつつ、アマデオ様の魔法は終わりに近付いていた。何故か中心部だけは壊れることがなく、周りばかりが壊れていく。不思議な壊れ方だな、と首を傾げていたらリオ様が周りの困惑の理由を教えてくれた。


「本来なら、アマデオほどの魔法士がこれだけグラビティを行使すれば、既に沈んでいても可笑しくない。あの船、何か変なものを積み込んでいるのか?」

「そうですね、普段ならここまでかけなくても沈みます。アマデオ様、調子が悪いのですか?」

「ううん、いつも通り。でも、あの船の中心が僕の力を退けているみたいなんだよねぇ。うーん、近くに行かないと分からないなぁ」

「あそこまで壊れれば、もう動かせなくて立ち往生するしかないでしょうし、放っておいてもいいですが。ちょっとスッキリしませんね」


 アマデオ様はそういいながらも海賊船から目を離さないので、まだ魔法を行使しているのだと思う。海賊船は中心を残して、めきょめきょ壊れている。それに、<いたいよう>、<もういやだよう>というめそめそした声も大きくなっている。涙は止まらないし、泣きすぎて頭が痛くなってきた。けれど、何かを解決しなければこの状態は治らないのだろうな、という確信めいた予感もしていた。

 膠着状態になって困り果てたリオ様は、私の腕の中にいる白翔に声を掛けた。


「ハクト、偵察に行ってくれないか。あの船の中央に何があるか見て来てくれ。壊せるものなら壊していい」

「……ふすっ。ぐー」

「これはどっちの意味だ?」


 白翔は不本意そうに鳴いて、私の腕から羽ばたいた。そのまま船の手すりの向こうまで飛ぶと、元のサイズまで大きくなってしまった。私の方を向いたと思ったら、鼻を伸ばしてきて私を抱えるリオ様ごと捕まえて背中に放ると、さっさと飛び始めてしまった。リオ様は驚いていたが、抵抗はしなかったらしく、もぞもぞと動いて白翔の背中で安定して座っていた。

 私は驚いて涙が止まった。誰だって、いくらリオ様に抱えられて守られてるからって、宙に浮くふわっとした感覚を味わうとは思わない。ジェットコースターで感じるような、ふわっとした宙に浮くあの何とも言えない感じだ。しかもシートベルトはない。大変危険な体験である。


「大丈夫か、俺のステラ。ハクトもどういうつもりなんだか。……ハクトとの支配が弱くなった気配はあるか?」

「いえ、特に変わりありません。白翔も、何と言うかちょっと機嫌が悪そうな感じです」

「そうか。まあ指示通り海賊船に向かっているから、構わないだろう。俺から離れるなよ、俺のステラ」


 白翔から感じるのは、「ええー、こわさないよう。かわいそうじゃん」という感じのニュアンスの、不本意そうで壊す指示は従いたくなさそうな気配だ。何が可哀想なのかは分からないが、もしかしてもしかすると、私が先ほどから受信している<いたいよう>という嘆き声と関係あるのかもしれない。その声も、近付くにつれてどんどん大きくなっている。

 白翔はそれなりのスピードで飛んでいたので、すぐに問題の海賊船まで辿り着いた。見下ろしてみると、何人かの海賊らしき人が船の中央に残っていたが、グラビティがかかっているのだろう。立つことすらできず、その場にうずくまっている人ばかりだった。リオ様は私を白翔の上に乗せて、大人しくしてるように言うと、1人で白翔から飛び降りた。私は慌てて白翔にしがみついて、そうっと下を伺い見る。

 スタントマンさながらの宙がえりを披露したリオ様は、そのまま剣を抜かずに鞘に入れたまま海賊の人達を横に薙ぎ払って、海に落としていた。そして、うろうろとしているので船を調べているようだ。ややあって、光属性の魔法を行使したらしく、いきなりすごい勢いで光った。海賊の人達はリオ様がやっていることはやめて欲しいらしく、何やら大声でやんややんやと騒いでいた。

 いつの間にか、嘆くような悲痛な叫びは聞こえなくなっていた。


 リオ様は何やら半透明の黄色のものを抱えると、大声で白翔を呼び寄せた。白翔がホバリングしながら下降し、鼻を伸ばすとリオ様は白翔の鼻を蹴って白翔の頭の上に乗っかった。そのまま歩いて、私の後ろに座る。片腕は私のお腹に回されたが、もう片手は何やら抱えている。覗き込むと、半透明のイルカだった。イルカなのに黄色とはこれ如何に。


「精霊を無理矢理捕まえていて、あの海賊船は沈まなかったらしい。この子が件の精霊だが、解放したからしばらく面倒を見て自然に返す。俺のステラ、一緒に面倒見てくれ」

「そうだったんですね。分かりました。それにしてもリオ様、あまり無茶しないでくださいね」

「今日は無茶なぞしていないが、分かった」


 一件落着、だろうか。いつの間にか涙も止まった私は、ほうっと息を吐いた。何だか疲れてしまった。今日はちょっと奮発していいスイーツを買おう、そうしよう。私はそう決めて、私を抱きしめるリオ様の腕をぎゅっと握った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る