3-2.

 船は夜になって、静かにポッポーと汽笛を鳴らし出航した。夕食をとったあとは各自自由で、ラディ様は船の中を見てくると言ってさっき出て行った。それとなく周りを確認してくるらしい。アマデオ様には、私が持っていた『駆け出し冒険者の心得 ~薬草採取からF級魔物の討伐まで~』という本を貸した。だからアマデオ様はベッドの上に寝っ転がって、行儀悪く本を読んでいる。三級冒険者のアマデオ様には不要な本だと思うけど、何でも竜人族2人にパワーレベリングのように冒険者ランクを上げたので、本来ならどう苦労するはずだったのか知りたかったらしい。アマデオ様の指示通りに採取した薬草は冒険者ギルドでも高評価だし、本当にその本が役立つかは謎だ。

 リオ様はベッドの上にあぐらをかいて座り、私を膝の上に乗せている。私の髪を撫でてくるリオ様の膝の上で、私は『時空属性魔法とは』というシンプルなタイトルの分厚い本を読んでいた。時空属性魔法はランク上げがとても大変らしいので、少しでも理解してランク上げの一助にしようと思ったのだ。今のところ、アイテムボックスをたくさん使って負荷をかけるのが一番、ということしか分かっていないけど。

 どうでもいいが、4つ横に並ぶベッドの割り振りは、右端が私だ。その隣がリオ様、ラディ様、そして左端がアマデオ様だ。アマデオ様は薬草を広げたり調薬したりと物を広げるので、邪魔にならないようにいつも端なんだそうだ。反対側の端の私と言えば、今夜は一人寝できるか謎である。リオ様が潜ってきそうな気がしてならない。そうしたら、3匹のうち2匹くらいがリオ様のベッドで寝るんだろう。白翔と真珠辺りは意地でも私にくっついてくるところがあるので、たぶん一緒に寝ることになる。


 軽く揺さぶられる。顔を上げると、リオ様にそろそろ寝ろと言われてしまった。着替える場所がないので、今日は着替えずにクリーンをかけるだけで寝ることになった。ベッドに入ると、案の定リオ様が私を抱きかかえるようにベッドに入ってきた。いくら私が10歳の小柄な少女だったとしても、シングルベッドに大の大人と2人で寝るには狭い。きゅうん、と鳴きながら足元に潜り込む3匹のうちの誰かは放っておいて、私は目を閉じた。白翔? いつの間にか私の腕の中にいるよ。早業すぎてちょっと笑う。


「そういえば見張りは? 船の中とはいえ、安心できないでしょう?」

「交代で起きているから大丈夫だ。俺は中番、だからお前も寝ろ」


 客室は鍵が閉まるとはいえ、マスターキーはあるだろうし、今は海の上という大きな密室状態だ。悪いことをしようとする人がいれば、出来てしまうかもしれない状況である。そのことを心配して言えば、3人は心得ていて野営と変わらない体制で過ごすらしい。私は安心して、寝ることにした。


 ☆


 船の上の生活も5日目。残り2日前後で着く予定だ。定期的に船を見回っているラディ様いわく、船の運航はおおむね順調らしい。なら、明後日くらいには北の港町ポルタリアに着くだろう。私にとって今世2つ目の街だ。どんな街なのか楽しみである。

 順調、という言葉に暗雲が立ち込めたのは、昼食をとったあとだった。皆でシュークリームに悪戦苦闘しながら食べていたら、急に停まったような変なGがかかったような気がした。隣に座っていたリオ様が私の肩を抱いてくれたから、倒れるようなことはなかったけれど、明らかに異常事態である。

 ラディ様は食べかけのシュークリームをアマデオ様に押し付けると、素早く立ち上がって部屋から出て行ってしまった。不安になってリオ様を見上げたら、ちゅっと額にキスをされた。キスするタイミングだっただろうか。


「ラディが様子を見に行ってくれているから、僕らは準備だけして待っていようか。それにしても、シュークリームも美味しいね。カスタードと生クリームのダブルシューって初めて食べた気がする」

「早く食べろ、アマデオ。船の上なら、一番働いてもらうのはお前かもしれん」

「はいはい。別に2人とも魔法だって苦手じゃないんだから、どうとでもなると思うんだけどなぁ」


 ぶつぶつ言いながら、いつもより早く食べようとしてクリームを顔につけたアマデオ様は、クリーンをかけていた。それから、マジックバックから何やら長い長老の杖みたいな厳めしい木製の杖を取り出して、くるりと回転させていた。よく見るとその長老の杖みたいな杖の先端には丸い玉のようなものがあり、綺麗な蒼色の玉だった。その玉を囲むように木が絡まっており、アマデオ様の足から胸元までの長さのゴツゴツとした杖であった。


「これ? 森人族の正式戦闘用杖だよ。自分の瞳に近い色の玉をつけた杖は、魔法の威力が増幅されるんだ。なくても困らないから普段は使わないけど、今は船の上だし相手が簡単にいくか分からないから、念の為ね」

「久しぶりに見たが、相変わらず長いな。さて、今回の相手がそれを使うほど骨のある相手ならいいが」

「無駄になる方がいいよぉ。僕達この船が沈んだら死んじゃうもん。でもクラーケンだったらいいね、美味しいよねクラーケン」


 クラーケンとは、巨大なイカとタコのメタモルフォーゼした姿の魔物のことらしい。タコのような赤い丸い頭に三角の大きな白い突起がついていて、足の本数は不明。赤い足と白い足とあって、魔力でにょきにょきと足を生やすから正確な本数が分からないらしい。何で混ぜた、イカとタコ。もしかして赤い足はタコ味で、白い足はイカ味とか言わないだろうな? でも話を聞く限り、それが正解らしい。すごい珍妙な姿だろうに、食べようと思ったこの世界の住民が逞しすぎる。

 そんな解説を聞きながら、大人しく部屋で待っていると、しばらくしてラディ様が帰ってきた。その表情は、少々呆れているようにも見える。


「ただの海賊が出ただけでした。人騒がせな。護衛が五級で比較的慣れていない者達だったので、こちらに応援要請が来るかもしれません」


 冒険者ランクは、十級からスタートして一番上は一級である。でも一級は伝説級、二級は国に囲われる大物レベル、三級になると一級や二級より少し多くなって上級ダンジョンにも潜れる実力者になる。この一から三級までと、その下には明確な差というか壁が存在するらしい。今回のこの船の護衛をしている五級のチームは、人同士の諍いには抑止力になるが、海の魔物となると心もとないらしい。海上戦となると特殊な技能が必要になるし、五級というのは初級ダンジョンに潜れるかな、というレベル。海という玉石混交な場所では、魔物によっては後れを取るらしい。この五級と四級が冒険者のボリュームゾーンらしい。

 じゃあ、三級の3人なら大丈夫なのか問えば、たぶん、という微妙なお返事が。海上戦に必要なスキルは持っていないからもっぱら魔法頼りだが、魔物の弱点属性次第になってしまう。かつ、倒したところで回収する手段がないから、もったいないらしい。


「さっきクラーケンがいいって言ってませんでした?」

「クラーケンは船に足を乗せてくるから、それを切れば足ゲットできるんだ。そしたら美味しく食べるしかないでしょ?」

「残念ながら今回は海賊ですけどね。アマデオ様の魔法で海に沈めてお終いです」


 それ海賊、死んじゃいますやん、と顔を青褪めさせた私をリオ様が頭を撫でて宥めてくれた。

 まず、海賊相手ならまず負けることはないらしい。何故なら海賊の使っている船というのは、鹵獲した中古の船や破棄せざるを得ない壊れた船を直してを使っていることが多く、そもそも船の耐久性に問題がある場合が多い。更に言えば、海賊になるのは食い詰めた町や農村の若者だ。つまり、盗賊になるか海賊になるかの違いしかない。そんな若者に、戦いの心得があるわけがない。万が一に戦えたとしても、海上戦だ。普通の戦いとは違う。

 この世界において、盗賊や海賊は生死を問わない。隠せない称号、盗賊や海賊が表示されてしまうからだ。つまり一度身を落としてしまったら、そこから這い上がるのは並大抵のことではない。称号から盗賊や海賊を消す方法もあるらしいのだが、とても大変な方法らしくそれを成し遂げた人はほぼいないらしい。だから、盗賊や海賊を捕まえても犯罪奴隷として働かせるくらいしか使い道がない。それも、一年以内には死んでしまうような過酷な鉱山などでの仕事だ。人では足りないが、性根の悪い者を敢えて使う必要もない。よって、盗賊や海賊と戦うことになったら製紙は問われない。盗賊や海賊と称号に書かれた人を殺めても、称号には人殺しとは表示されない。


 何とも世知辛い世界だな、としょっぱい気持ちになっていたら、部屋をノックする音がした。

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