閑話04. ヴィルジーリオ・ヘダ・ドラゴニアン
すやすやと眠る愛しい存在に、思わず口元が緩む。本格的に探し始めて200年余り、きっと産まれてから500年ちょっと、ずっと求めてやまなかった存在がこの手の中にある。これが満ち足りた気分というものであり、幸せというものか。なんという幸福感、今なら何でも出来るような全能感すら覚える。
もぞもぞ、と俺のステラの腕の中に居るハクトが動いた。ウィング・エレファントなんて珍しいという一言では表せないほどの貴重な種を召喚し、あまつさえ従魔にしてしまったステラは、間違いなく神子という神々しい存在だった。ケルベロスも十分珍しいのに、ウィング・エレファントの前では霞んでしまう。その両方をその手にしているのだから、俺のステラの潜在能力は計り知れない。まあ、ケルベロスはただの仔犬な3つ子だし、ウィング・エレファントはただの飲み仲間だが。
俺のステラ、と呼んでいるのは、一種の願掛けである。俺の番であるという主張と、本当の意味で俺の番になってくれることを請う呼び掛けだ。我ながら女々しいとは思うが、そうでもしないとステラに捨て置かれてしまうのではないか、という悪い予感に苛まれているのだ。俺のステラが、俺のことをどう考えてくれているのか、俺は推し量ることは出来ずにいた。
これでも、若い時は色んな女性と浮名を流してきたのだが。情けない限りである。番で失敗しないように他の人で練習しておけ、というのは参考にはなるが、本当の意味では役に立たないと痛感する毎日。だってそうだろう。番という本命、何よりも大切にしたい存在を前にすると、何もできないし何も言えない。まあ、元より口数が多い方ではないが、今は特に喋ることの難しさを感じている。間にラディやアマデオを挟んで何とかなっているという体たらくだった。
これでどうやって、俺のステラに惚れてもらうというのか。最初の頃はスキンシップに照れていたけれど、最近は特に何も感じないようで表情の変化はない。いや、またか、みたいな面倒くさそうな顔ならよくするようになった。これがいい変化だとは思えなくて、落ち込みそうである。俺が欲しいのは、可愛い俺のステラの心からの笑顔なのに。
手応えはなく、手詰まり感を覚える始末。それでも諦められないのは、俺のステラが番であって、知れば知るほど愛しくなるからだ。
俺のステラとの交流は一進一退、むしろ何歩も下がっているような気になるが、夜になると、ぽつぽつとステラは自分のことを教えてくれる。同じくらい質問されて俺も答えているので、相互理解の一助にはなっているはずだ。今のところ、この会話は面倒くさがられていないので、必死に俺のステラへの理解を深めているところだ。
俺のステラは、元々は成人女性だったそうだ。何歳まで生きたかはもう覚えていないが、結婚はしたことがないらしい。商会のようなところで、仕事に邁進し、たまに従魔のような存在を触れるカフェで癒される日々を送っていたんだとか。料理はあまりしていなかったので、料理スキルのランク5でどこまで出来るか気になるらしい。他のことは忘れてしまいました、とちょっと寂しそうに言う俺のステラを、俺は抱きしめることしか出来なかった。
今は、少しでも魔法が上手くなりたいと思っていること。アマデオに教わって薬草採取するのも人の役に立っているみたいで嬉しいこと。可愛い従魔を得られて本当に感謝していること。3つ子が甘いものばかり欲しがるから、どこまであげるかなど躾に悩んでいること。案外ラディに任せれば躾は何とかなりそうだけど、自分が主人だからしっかりしたいこと。ハクトが吞兵衛で心配だが、約束した手前渡さないわけにもいかず悩ましいこと。ハクトの翼はやたらコンパクトに仕舞われるので逆にどうなっているか気になること。
些細なことから悩みまで色々だが、俺のステラは色々話してくれる。話を聞いて思うのは、俺のステラはとても真面目で気にしがち、でも自分のことは後回しというか蔑ろにしがりな、普通の女の子だということだ。俺の番は普通の悩める女の子で、可愛らしい。
番とは何なのか、というのは議論されつくしていて逆に竜人族で問われることはない。時たま疑問に思う若い竜人族に、過去の議論の変遷を教えれば諦める、というくらい長く多岐に渡って議論されてきた。何を隠そう俺も番という存在に懐疑的だったのだが、俺のステラに出会ってようやく答えを得た気がする。
たぶん、ではあるが、好きにならざるを得ない、自分の好みを凝縮したような相手が、番なのだ。その自分の好みは恐らく、自覚のないところも含めたものであると思われる。俺の過去の女性歴には、俺のステラみたいな真面目で可愛らしい女の子はいなかったように思う。出会ってみて初めて分かる、自分好みの相手なのだ。
では、その好みの相手をどう守るか。地位は一応あるから、残りは力尽くで奪われないように、己を磨くのみ。俺のステラは今、ケルベロスとウィング・エレファントという珍しくて力の強い種に守られている状態だから、短時間なら離れていても大丈夫と思えるようになった。
俺は以前の習慣、朝の鍛錬をするために部屋を出た。すると、少し遠くからアマデオが歩いてくるのが見えた。
「あれ、ヴィルももう起きたの? 鍛錬?」
「ああ。お前は?」
「僕は朝露の滴る時間に採取しなきゃいけない薬草を摘みに、早起き。そのために昨日は早寝したから、そのまま調薬しようかなって」
じゃあねぇ、と手をひらりと振ってアマデオは去って行った。恐らく目的地は森だろうから、走って行くのだろう。心配はしない。この辺り近くは危険な魔物なぞ出ないし、森は森人族であるアマデオの庭のようなものだ。俺やラディの方が長生きとはいえ、森に関して言えば森人族のアマデオに一日の長がある。
下に降りて受付に声を掛けてから、裏庭に行って剣を振るう。素振りから始めて、仮想敵に向けて剣を振るうイメージ・トレーニングを重ねていく。参考になるのは過去に倒した狂的だった魔物たち。あとは、俺のステラがケルベロスやウィング・エレファントを召喚した時に感じた、強大な存在感に負けないように。心を無にして、剣を振るう。
ふと、視線が気になって剣をそちらに向けると、何故か俺のステラが壁からこちらを覗いていた。あわてて、剣を下げる。
「おはよう、俺のステラ。どうした? 起きるにはまだ早いだろう」
「おはようございます、リオ様。急に目が覚めて、リオ様がいなかったので……。3匹にリオ様の匂いたどってもらったんです」
剣を腰に提げてから、そこらに放り出したタオルなどを入れてある麻袋を手に取ると、俺のステラに近付く。歩きながらクリーンをかけて綺麗になると、片手で俺のステラを抱き寄せた。俺のステラの腕の中にハクトがいて苦しかったのか、ふすっと機嫌悪そうな音と共に抜け出して飛んでいる。ハクトが居なくなった分、空いた隙間を埋めるように抱きしめていると、俺のステラはくすくすと笑い始めた。
「居なくなっちゃったかと思いました。リオ様は、そんなことしないのに」
「いつでも心はステラの元に。そうでなくともお前の傍に居る」
そう言う声がちょっと元気がなさそうで、泣いてないかと顎に手をやって顔を上げさせると、くすくすと変わらず笑っている。可愛いな、と胸がいっぱいになって額に唇を落とす。俺のステラは何故だかご機嫌な様子で、お腹が空きましたと宣っていた。俺のステラが食べたいなら、それに従うまでである。
4人皆で食べることをこだわっている俺のステラのために、調薬に夢中になっているであろうアマデオをどう連れてくるか考え始めた。ラディ? あいつは朝に強いし、恐らく俺達の世話をしようとしてもぬけの殻な俺達の部屋の前で立ち尽くしているはずだ。まずはラディの回収からだな、と俺のステラを連れて宿の中へ入っていった。
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執着の原点。これで1話つかったんだぜ。ため込み過ぎるのはよくないよ、ヴィルジーリオ。
ヴィルジーリオ達には白翔はハクト、黒曜達はコクヨウと聞こえています。日本語は忘れても記憶の繋ぎ合わせで言語を使うことは出来るのです。ということにしてください、従魔の名付けに困ってます。
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