2-7.

 召喚魔法陣とは、何かと問うならば、そもそも魔物とは何か、というところまで話は遡る。

 魔物とは、動物と似た姿をしながら、その実態は異なる生命体である。魔物と動物の見分け方は、魔石という心臓に近いところにある不思議な石の有無だ。動物と魔物は傍から見たら似ていて、魔力感知が出来なければ見分けるのは容易ではない。ただ、魔物の目の色は様々だが、少し赤みを帯びているので、そちらで見分けるという方法もある。

 その魔物は、人族を狙って襲い掛かってくる生き物だ。人族とは相容れない存在で、どこからともなく増殖してしまうため、駆除が推奨される。とはいえ、魔石という不思議な石を持つ魔物は、当たり前のように魔法を使う。だから駆除も簡単にはいかない。

 ちなみに、人族は大抵の人が魔法を扱えるが、魔石は有していない。では同じく魔法を扱い魔石を持つ魔物と何が違うのか、というのは永遠の研究テーマらしい。


 その魔物を従えて、仲間にしようというのが闇属性魔法の従魔法である。呪文は簡単、「テイム」とだけ言えばいい。ただ、その前に魔物を口説き落とす方が成功率が高い、という眉唾な噂はあるらしい。本当のところはどうか分からないが、皆思いのたけをぶつけてからテイムをかけるものらしい。うーん、私もそれに倣った方がいいのだろうか。

 魔物を従える、と一口に言ってもそもそもその魔物を前にしなければ、テイムはかけられない。その前段階を解決したのが、召喚魔法陣である。要は、この世界のどこかにいるこちらが出した条件に合致した魔物を、召喚する魔法陣である。召喚するだけであって、テイムを成功させるための魔法陣ではない。それでも、条件付けをしてそれに合致した魔物を呼び寄せるというだけで、複雑な魔法陣と起動する大量の魔力が必要となる。もちろんのこと、魔法陣を作ってもらうだけでお高い。


 そんなバカ高い、成功するか分からないものを、2つも買おうとしているんだからこの3人は頭が可笑しい。


「俺のステラへの最初の贈り物だな。失敗? 気にせずやればいい。いざとなったら討伐するし、それで元は取れる」

「僕とラディが折半してもう1枚買ってあげるからね。マリアちゃんの機動力の補佐の子と、護衛能力の高い子と2匹いた方がいいでしょ? 別に3匹でもいいと思うけど。もう1枚買っとく?」


 そして、にこにこ顔で頷くラディ様。そこ、頷くんじゃない。あと2匹でいいです、3匹も買ってもらったら私の心が死ぬ。カタログ見たせいで値段が多少想像つく阿呆ほど高いものを、2つ買ってもらうだけで胃が痛いのに、3つ目とか普通に死ねる。

 だが金を持て余した高ランク冒険者はやることが違った、念の為に、といって5枚注文していた。内訳は、リオ様が3枚、アマデオ様とラディ様が1枚ずつで出してくれた。金貨を片手にぷるぷると「これは足しになりますか」とリオ様に言ったのだけど、頭を撫でられるだけで受け取っては貰えなかった。持っておけ、だそうである。どんだけ金あるんだ、この人達。


 そんなお高いものを5枚も在庫がある訳がなく、2枚だけ受け取って残りは発注という形になった。当初の予定通り2枚あるのならもういいのでは? とは言ったのだが、何があるか分からないから、と発注の取りやめはしなかった。

 なお、カタログがあるくらい召喚魔法陣は種類が豊富だ。その中でも一番お高い「召喚者と相性のいい魔物を呼び寄せる召喚魔法陣」にオプションで、「縮小化のスキル付きにする」を加えたものになっている。このオプションはポピュラーなので、在庫があったらしい。指定された午後に冒険者ギルド2階へ行くとラニエリ様と魔法士ギルドの方が待っていたのだけど、ラニエリ様はドン引きしていた。魔法士ギルドの方は、研究費だーっと大喜びで売ってくれたけど。


 ということで、私達は徒歩で草原の奥まできて、早めの昼食をとることにした。召喚魔法陣で何が起きるか分からないし、長丁場になるかもしれないからだ。異世界通販でおやつの焼き菓子まで買って食べて、気力も十分になったところで、召喚を試してみることになった。


「俺のステラ。俺達が構えているから、気にせず召喚しろ」

「大丈夫ですよ、マリア様。殿下だけでなく、アマデオ様も私も居りますので」

「そうそう、三級が3人もいるんだから、大抵のことはどうにかできるよ。気負いなくね」


 そこまで大丈夫と保証されるとフラグが立ってしまったような気がしなくもないのだが、考えすぎだろう。私は召喚魔法陣を囲むように立つ3人の顔を見て、最後にもう一度リオ様の顔を見てから頷いて、足元に広げた召喚魔法陣に魔力を通した。魔法を使う訓練をしていたから、魔力の流し方は分かる。

 最初はすうっと魔力が抜けるだけだったのだが、途中からぐんっと魔力を吸い上げるスピードが速くなって、脱力する。でもこんなお高い魔法陣で、失敗する訳にはいかない。気合を入れて踏ん張り、逆に抑え込むつもりで魔力を流す。すると、急に魔力を吸い上げるスピードが落ちて、寒気がするようになった。

 急に寒くなった? と首を傾げると、一気に更に寒気が襲ってきた。そして、一気に暗くなったと思ったら、影になっていただけらしい。顔を上げると、シベリアンハスキーの顔が3つ並ぶ、胴体はひとつの大きなワンちゃんが立っていた。


「ケルベロス!? 魔大陸にしか居ないのが、何でこんなとこに来るんだっ」

「ええっ、これケルベロスなの?! 図鑑で見たのはもっとおどろおどろしかったけど!?」

「マリア様、お下がりくださいっ。これを手名付けるのは不可能ですっ」


 男ども3人がわあわあ言っているけど、私はと言えばワンちゃんらしき生き物とお見合い中で、目を離したら襲い掛かられそうで怖くて硬直中だ。ワンちゃんはと言えば、あちこちをふんふんと嗅いでいるらしく鼻をうごかしていて、尻尾はぶんぶんと振られている。ワンちゃんって、機嫌がいい時、尻尾を振るはず。ということはご機嫌か? 何故? エサと勘違いされている、とか?

 どうしよう、と目をぐるぐると回していたら、ワンちゃんがお座りをして、それから伏せをした。尻尾は相変わらずぶんぶん振られたままだ。何となく、期待が込められているキラキラとした瞳な気がする。そのキラキラなおめめが3対だ。かけられた期待も3倍、その期待に応えないとパクっとされちゃうんだろうか。


「このワンちゃん、何が好きですか?」

「ワンちゃんじゃなくて、ケルベロスです。交流の少ない魔大陸にしか生息していないので、生態についてはあまり詳しく伝わっていません。ただ、ケルベロスという呼び名は神子様が呼び始めたのに由来すると聞いたことがあります」


 そう答えてくれたラディ様は、視線をワンちゃんから逸らすことはなかった。それ以上のことは知らないと、リオ様もアマデオ様も言っていた。ううん、こんな珍しい子を討伐出来たら元が取れるというのは事実だろう。でも、大人しくしている子を討伐するのは気が進まないような、そんなこと言わずにさっさと3人に任せた方がいいような。

 そこで、先ほどラディ様が言ったことが気になってきた。確か、ケルベロスは先達が名付けた、っていうそれだ。もし、私が知っている神話のケルベロスと同じ存在なら、同じ攻略法が使える……? 神話では、どう言われていたっけ……。


 私は、ええいままよ、とアイテムボックスからマフィンを3つ取り出した。そして、マフィンを3つの顔それぞれに目掛けて放り投げた。一応食べていいか分からないから、マフィンの敷き紙は外してから投げた。いくら人間を食べていそうな大きなワンちゃんとはいえ、そのくらいの配慮はする。

 すると、正解なのか3つの顔は器用にマフィンを口に収めると、もっきゅもっきゅとしていた。そして、大きな声で「わんっ!」と3匹同時に鳴いた。


「私に従ってくれたら、毎日1回は甘いおやつをあげる。だからテイムされてください。『テイム』」


 こうして、私は3つ頭のワンちゃん、ケルベロスを従魔にすることが出来た。


**********

???「あ、よばれたー。いってくる、ままー」

???「あら、そうなの。立派に育つのよ、あと新しいママのところでいい子にするのよ。わかった?」

???「はあーい。ばいばいー。……わあ、おいしそうなまりょく。これがあたらしいままかー、いいね! え、あまいものすきだよ! わーい!」


※神話のケルベロスは、素敵な音楽や甘いものが好きなようです。

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