2-8.

 私の目の前には、3匹の犬がいる。シベリアンハスキーみたいな凛々しい顔つきでそれぞれ、黒と白の2色、グレーと白の2色、赤茶色と白の2色、である。それぞれの名前を、黒曜、真珠、柘榴とした。どう名付けるのか悩んだのだが、日本語は覚えてなくても一般常識は覚えている。その中から、宝石の名前でつけてみた。3人にもいいんじゃない、と賛同いただけたので今日からこの3匹は黒曜と真珠と柘榴だ。

 なお、なぜ3匹か。深いようで浅い、理解できるようで出来ないよく分からない事態に陥ったからだ。


 私が「テイム」と宣言すると、しゅるしゅると大きなワンちゃんは縮み、また「わんっ!」と吠えて、こちらを向いてお座りをした。パスのようなものが繋がったような感覚がして、何となくではあるがこの子が何を言いたいか理解できた。「ままー」と「あまいのー」である。思考回路がお子様なんだろうか? 随分と幼い印象を受ける。あんなに迫力のあるワンちゃんだったのに。

 そして、何を思ったか、「ままー」と叫びながら3匹に分裂した。文字通り、分裂した。おかげ様で見た目はシベリアンハスキーの仔犬である。そのまま、わふわふ言いながら私に突撃してきた。もちろん、仔犬とはいえ3匹も抱えられるほど私は筋力がない。いや、竜人族になって多少は体力の向上が見られたけど、私を運んで歩きたいリオ様っていう番がいるから、私の体力向上はそこそこなのだ。よって、私は草原に後ろに倒れた。手を突いたから頭は打たなかったけれど、尻もちはついたので、お尻は痛い。


「大丈夫かっ、俺のステラ!」

「大丈夫です。それより、これはテイム成功ですか?」

「ああ、成功している。こいつらの胸にステラの紋章が描かれている。星の中に百合の紋章か、綺麗で俺のステラらしいな」


 3匹に埋もれる私を助け出してくれたリオ様は、私を立たせると頭を撫でてくれた。その時にワンちゃんの胸を見たのだろう、紋章があると教えてくれた。気になって黒と白の子――後に名付ける黒曜を抱き上げると、胸元に金とも銀ともつかない煌めく紋章が輝いていた。目線を下げて残り2匹も見てみると、胸元が輝いているので、同じ模様があるのだろう。

 ラディ様とアマデオ様も近付いてきて、それぞれ残りの2匹を抱き上げた。2匹とも嫌がることなくラディ様とアマデオ様の腕の中に収まっていて、はっはっと舌を出してご機嫌そうだった。随分と人懐っこい魔物がいたものである。さっきまで一触即発の雰囲気だったのに、今はそんな空気は霧散してしまっている。


「人懐っこいねぇ、コイツら。可愛いけど、戦闘力は大丈夫かな?」

「ケルベロスはどちらかというと災害級の困る魔物だったと記憶していたのですが……。戦闘力は大丈夫でしょうが、別の意味で心配になりますね」

「というか、テイマー以外が触れても大丈夫なもんなんだな。俺のステラ以外は触れられないかと思った」


 3人とそんなことを話しながら、今日は野営することになった。元々街に帰れない前提で支度してきている。時間自体はそんなにかかってないのだけれど、思ったよりも強いはずの魔物を召喚してしまったから、ちゃんと私の指示に従うか確認してからでないと、人のいる街には連れていけない。

 夕食には早い時間なので、3匹を自由にさせつつ、遠くへ行かないように指示して、私はアマデオ様を先生に薬草採取を始めた。薬草を採りながら、3匹の名前を考える。その間3匹は、私が目視できる範囲内でぴょんぴょん走り回っていた。時折3匹で戯れてはぼふんと3つ頭の1匹に変化していたけれど、おおむね3匹に分かれて遊んでいた。どういう生命体なんだ、不思議だ。


 私とアマデオ様が薬草採取をしている間に、またラディ様が夕飯の用意をしてくださったらしい。私は料理スキルをランク5で持っているのに、と謝ると今は新しいことを学んでいる期間なのだから気にしないでください、と慰められた。リオ様はテントを立ててくれたらしく、緑の大きなテントがひとつ夕食の支度をしているラディ様の側にあった。

 3匹の分まで込みで夕食を作ってくれたラディ様にお礼を言って、夕食をとりながら3匹の名前を黒曜、真珠、柘榴と決めたことを話した後。私は異世界通販を開いて、3人と一緒に見ていた。


「それにしても魔物が雑食とは知りませんでした。食べたものは魔力になって魔石に蓄えられるから、排泄もしないんですよね。不思議生物です」

「まあねぇ、魔物を研究している学者なんかは色々言っているらしいよ。本当のところは誰も分かってない、ってね。今日は焼き菓子も食べたのに、ケーキまで食べて良いの?」

「3匹をテイム出来たお祝いです。幸い、魔力はだいぶ回復しているので、皆さんと3匹に買えるだけの魔力はありますよ」

「マリア様、私は前回とは違うプリンを食してみたく」

「俺のステラ、またオススメを選んでくれ」


 リオ様は甘いものが苦手だから奇を衒って、ケーキじゃなくウィスキーボンボン。ラディ様はミルクプリン、美味しそうなので私も同じものにした。アマデオ様は、抹茶のロールケーキに挑戦していた。3匹には、今日だけね、と念押ししてから、ショートケーキ1ピースずつ渡した。尻尾をぶんぶんと振っていたから、気に入ったのだろう。よかったよかった。

 夕食もデザートも終えて、野営の時間になった。普段3人は野営の時、リオ様が光属性魔法の派生の結界魔法で結界を張って、念の為に3交代で見張りをするらしい。私は免除されたのだが、リオ様が当番の時連れ出すと言われてしまった。いくら信頼しても、他の男と一緒に番が寝ているのは我慢ならないらしい。寝てていいから連れ出すのは許せ、と言われたので了承した。たぶん、私が折れないと平行線をたどりそうな話だったからだ。

 3匹に、もし夜間に何か気付いたら吠えて起こすように伝えて、リオ様に包まれて寝る。リオ様の当番は、3交代の最初の時間になったらしい。テントの前で生活魔法のライトで手元を光らせながら、あぐらをかいて座るリオ様の腕の中で寝ようと思ったらおやすみ3秒だった。


 目が覚めると、リオ様が私を抱えてテントの中に入るところだった。中番はラディ様らしい。おやすみなさい、と2人に言われてまたすやぁと眠りに就いた。


「俺の番、ステラ。そろそろ起きろ、朝だ。ケルベロス達が襲い掛かろうとしているぞ」

「けるべろす……。こくようたちが、ですか?」

「そうだ。ザクロが構えているぞ、コクヨウも飛び込んできそうだ」


 目を無理矢理開けると、リオ様の胸の中にいた。きょろりと周りを見れば、私のお腹をめがけて、お尻を高く上げて準備万端な柘榴が居る。その傍には黒曜がいて、そわそわしている。あれ、もう1匹は? と探すと、真珠は伏せをして欠伸をしていた。マイペースだな、とふふっと笑う。

 リオ様にぎゅっと抱き着いてから、抜け出して起き上がる。起き抜けのクリーンをかければ、全身がサッパリした。ちなみに、寝る時に普段は着替えているが、今日は外なので着替えていない。クリーンをかけて綺麗になったし、今日もこの服で過ごす予定だ。これが冒険者の一般的な野営らしいので、郷に入っては郷に従え、である。


「そろそろ朝食が出来る。食べに行こう」

「それは急がなきゃですね。行くよ、黒曜、真珠、柘榴」


 わふわふ鳴きながら私達の後をついてくる3匹を確認しながら、テントの外へ出る。外ではラディ様がこちらを向いて微笑んでいた。アマデオ様の姿を探すと、ちょっと遠くからヤママバトらしき鳥を両手にこちらへやってくる。朝から狩りをしていたらしい。それを見てか、3匹が興奮した声を漏らしながら、一目散にアマデオ様へと駆けだしてしまった。あ、アマデオ様のところにたどりついた。3匹が交互に飛びかかっているけれど、アマデオ様はうまく交わしている。でも相手をするのが面倒くさくなったのか、こちらに走ってきた。


「マリアちゃん、この子らなんとかしてー。せっかくのヤママバトが取られちゃう!」


 私とリオ様はその様子に思わず笑ってしまいながら、私は3匹に大人しくするように呼び掛けた。

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