閑話03. アマデオ・フォン・セルヴァリアン
向かいの席で、目をキラキラと輝かせてカタログを覗き込むヴィルの番、マリアちゃんは可愛らしい。ついでに言えば、そんなマリアちゃんにせがまれながら解説していくヴィルの目が、とても甘く幸せそうだ。なんともお似合いの2人に、目を細める。まだ、マリアちゃんはヴィルを本当の意味で番として受け入れてはいない。とはいえ、マリアちゃんはまだ幼いしヴィルも急かすつもりはなさそうで、一緒に居られるだけで幸せそうだ。
きっと、この2人見て満ち足りた気分になるのは、僕だけじゃなく僕の隣に座るラディも一緒だろう。
「俺のステラ、どんな魔物が欲しい? それによって使う召喚魔法陣も変わる」
「生き物は基本的に好きなので、どの子も甲乙つけがたいです。虫は流石に苦手ですが、蝶々やテントウムシなら大丈夫ですし」
マリアちゃんの髪を撫でながら、ヴィルにしてはとても機嫌がいい様子で、色々と話している。僕はもとより、ラディも2人の間に割って入る気はないらしく、時折横からアドバイスを入れる他は黙っている。でもこうして穏やかに過ごせていること自体が奇跡で、幸せなことだ。
竜人族が全種族の中で最強種と呼び声が高いなら、森人族は森のエキスパートである。また、別の呼び名があるとしたら、「森の奥住まいの麗しき一族」だろうか。
森人族は、見た目がとても綺麗、と言われている。さらさらで絹の糸のような細く透き通るような金髪に、サファイアやエメラルドを思い起こさせる深い蒼や翠の瞳。肌は白魚のような色白で、全体的に線が細い体格。それが森人族の特徴だ。
僕はサファイアを思い起こすような綺麗な蒼の瞳こそ持っているけれど、森人族のくせに茶色の髪だ。どうやら昔、茶髪の獣人族と婚姻した遺伝子が出たんだろうとのことだった。家族は僕のことを可愛がってくれていたけれど、周りの人の皆が皆、僕を受け入れてくれたわけじゃない。下手に身分が高い産まれなものだから、やっかみの声は更に大きくなってしまったのだと思う。
そんな僕が引き籠るのは自然の道理だった。ただ、無為に過ごすのだけは嫌だったから、元々興味のあった調薬にのめり込んでいった。僕の国一番の薬師であり偏屈で変わり者のオババに押しかけ弟子になり、一生懸命薬について学んだ。オババは僕の見た目こそ気にしなかったけれど、僕の身分も気にしない人で、何回か問題になりかけた。「あたしの弟子になったんなら全部覚えてから出て行きな」と教えてくれるんだか追い出したいんだか分からないセリフを吐いて、容赦なく僕に薬とは何かと調剤のイロハを叩き込んでくれた。
幸いなことに僕は調薬の才能があったらしく、100年もあればだいたいの調薬はこなせてしまうようになった。オババも「基礎は出来たからあとは反復練習と研究だ。出て行きな」と言ってくれて、免許皆伝なんだか追い出されたんだか分からないが、ともかく押しかけ弟子の日々は終了した。
それからの日々は調薬しながら、次は何をしようか悩む日々だった。
そんな時に出会ったのが、ヴィルとラディだ。2人は冒険者として来ていたが、僕は身分だけはあるものだから、2人がドラゴニアン王国の第二王子殿下と忠臣の一族の伯爵令息であると知ってしまっていた。何しに来たのか問えば、番探しの旅の途中で、何となく気になって立ち寄っただけ、と言われてしまった。僕の国は、森人族くらいしかいない小さな国で、しかも田舎だ。なのにわざわざ来たなんて変なの、と思わず笑った。でも何となく2人が気になって、ついて回って冒険者の真似事もしてみた。森人族としてきちんと魔法の訓練はしていたから、そこまで足を引っ張ることはなかったと思う。2人とは馬が合って、つかの間の友情ごっこに僕は酔いしれた。
僕としてはそれで満足だったんだけど、家族にはそう映らなかったらしい。いつの間にか家族は2人に僕を預ける約束をしてしまい、気が付いたら僕は国を出ることになってしまった。
『ヴィルとラディの2人旅だったんでしょ? 僕が混じっていいの?』
『構わん。2人よりも3人の方が出来ることの幅が広がる』
『治癒魔法は殿下しか出来ません。殿下が万が一怪我した時、薬師のアマデオ様がいてくださると大変助かります。治癒魔法も万能じゃありませんしね』
たぶん、2人は優しさでそんなことを言ってくれたと思うんだけど、僕にとってそれで十分だった。2人は僕のことを森人族の面汚しとか言わないし、身分は2人の方が上だというのに対等に扱ってくれる。それ以上は何を求めると言うのか。僕は嬉しくなって、2人に飛びついた。ヴィルには鬱陶しそうに振り払われたけど。ラディは困ってただけだった。ラディはあの頃から優しいままだ。
一応、国を出ることになった時、オババに挨拶に行った。「最近顔を見せなかったと思ったら国を出るのかい、この恩知らず」とボカスカ杖で殴られたけれど、餞別だと言って高級な調剤道具を譲ってくれた。僕だって調剤道具は持っているよ、と主張したけれどオババの餞別の方が数段上の高級な道具だった。オババの分はどうすんのさ、と聞いたら新しく買ったヤツを僕に渡しただけで、自分のはきちんとあると言う。何だそれ、とオババが用意してくれたことにちょっと照れたけど、ありがたく受け取って旅に出ることにした。
ちなみに、ラディが「道具の予備は大切ですね」と言って、僕の調剤道具もオババがくれた調剤道具も両方ともマジックバックに入れてくれた。なんというか、そう言ってくれるラディも、それを許してくれるヴィルも心が広いと思う。
「俺のステラが乗れる従魔は重要だな。大型な方がいいかもしれん。縮小化のスキル付きの召喚魔法陣にすればいいしな」
「乗る練習が必要になるんですが? あと、普段からリオ様が私を連れ歩いているのに、いつ従魔に乗る必要が出るんですか?」
「戦場に連れていかなければいけない日が、来るかもしれないだろ。その時に俺のステラが危険な目に合わないか気になって、集中できない」
「非戦闘員として後方待機していれば、余程のことがない限り大丈夫でしょうに。まあいいです。なら馬など乗れる子が候補ですかね」
召喚魔法陣のカタログを最後まで見て、それからまたこれがいいあれはどうだ、と色々と話している2人を見て、幸せの形ってたくさんあるんだな、と笑みが零れる。今までは3人で仲良くする幸せだったけど、今度からは2人とプラスアルファな僕とラディという幸せの形になった。次はきっと、ラディの番が見つかって、2組と僕の幸せの形になるんだろう。
僕の相手? 条件が多いから、探すのが大変だと思うんだよねぇ。まずヴィルやラディに色目を使わない子でしょ、マリアちゃんやラディの番ちゃんと仲良く出来る子でしょ。それから、出来れば僕らの旅に同行できるだけのスキル持ちじゃないとちょっと難しい。高望みするつもりはないけど、条件を重ねていったらたぶん高望みって笑われてしまうんだろうなぁ。
僕は自分の考えにくすりと笑ってから、こっそりラディに話しかけた。
「マリアちゃんだったら、ユニコーンやペガサスに乗っていても可笑しくないね」
「馬型の魔物なら、馬具を流用できるので楽ですね。それ以外となると、モンタニアンに行かないと厳しいですよね」
「モンタニアンかぁ、遠いねぇ。いつかはドラゴニアンにも寄らなきゃでしょ? 大陸大横断だね」
「いつものように荷馬車で移動するにも、限界がありそうですね。先延ばしにしていましたが、マリア様も加わった以上放置できません。これもまとめてモンタニアンで何とかしないとですね」
世界地図を広げるとしたら、ここ神の半島アークを中心として、大陸が繋がっているのが西、その西大陸の中央より北にあるのがモンタニアン帝国。神の半島から東に海を渡った東大陸の中央にあるのが、ドラゴニアン王国だ。ちなみに僕の出身の国のある大森林は、西大陸の南に広がる大森林地帯の奥まったところにある。ホント、何でこの2人は僕の国に来たんだろう。
とりあえず、ラディがモンタニアンに行く気になっているから、そのうちモンタニアンに行くことになるだろう。モンタニアンは水をくれと言うとワインを出してくるような国で、ちょっと癖があるんだよね。あとでマリアちゃんに教えておこうっと。
そんなことを考えながら、まだどんな従魔がいいか喧々諤々としている2人を眺めながら、冷めてしまったコーヒーを口にした。
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地球の世界地図をこうやってこう変形させて、おりゃーってしたのがこの世界アークトゥルスです。神の半島アークは、朝鮮半島と日本がくっついてくっついた感じの大きさです、たぶん。あまり深く考えてはいけない。
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