1-8.

 ちょっとだけ、考えたのだ。私を番だと言ってくるリオ様から、逃げる方法。どうやったら逃げて、自由に生きて、自由に恋愛できる環境が手に入れられるか。

 まず、冒険者という職業を選ぶのは悪手である。リオ様は三級冒険者だ。つまり、冒険者の先輩となってしまう。この美貌のことだ、きっと信奉者はたくさんいる。その男が探している、ラベンダー色の髪に金色の目の女の子。特徴的すぎる私の存在は、絶対にバラされる。何なら冒険者ギルドに売られてしまう。だって級数の低い女の子と、ベテラン中のベテランな三級冒険者なら、三級冒険者の方の味方をするものじゃない? 女の子だからと庇ってもらえても、最終的には絶対にバラされるだろう。

 なら、商会とかに雇われるとか、行商人になるという方法。これは商人に即したスキルをポイントで取得すれば、何とか出来なくはない。でもこれも結局は人と人との付き合いである。つまり、三級冒険者のリオ様が懇意にしている商会とかあったらそこからバラされない保証がどこにあるというのか。利益を追求する商人の性質を思えば、むしろ冒険者である時よりバレる確率は上がるように思う。

 いっそのこと、辺境の地で細々と暮らせば噂にもなるまい、とも考えた。でもよくよく考えて欲しい。どうやってバレずに目立たずその辺境の地まで辿り着くと言うのか。それに、折角異世界転生したというのに、世界の端っこで細々とするなんて、とてもつまらない。少なくとも私は、自給自足みたいな田舎暮らしだけで満足できるいい子ちゃんではない。


 私が考えて出した結論、詰んでいる。どう考えてもリオ様から逃げられない、それに尽きる。もちろん、リオ様が私を諦めるという可能性も考えてみたのだけど、竜人族にとっての番を調べた時点で考えるのを諦めた。だって、唯一無二だとか絶対的な存在だとか、番さえいればそれで満足な竜人族は交友関係も狭いだとか、碌な内容が出てこなかった。それを加味した上で、リオ様は違うとどうして言えようか。そこまでリオ様のことは知らないけれど、俺の番だなんだと言っていた人だぞ。例に漏れず、という可能性の方が高い。


 だから、私は思うのだ。逃げられないのなら、良い関係を築く努力をした方がよっぽど建設的だと。私が逃げなければ、拒否しなければ満足してくれるかもしれないし。今現在も抱きしめられている状態であることは勘案しないで、希望的観測を言うのなら。

 そんなことをかいつまんで、つらつらと宣ってみた。


「――と、まあ。こんな風に考えておりまして。だから、リオ様を受け入れる前提で物事を進めようと考えています。竜人族になるのもその一環ですね。いざという時に普人族では、リオ様を受け入れられません。これで答えになりますか?」

「ええ、大変よく分かりました。何も解決していませんが、番様が前向きに考えてくださっていて、本当に良うございました」


 ラディ様はほろりと涙が零れてきそうなしょっぱい顔をして、深く頷いていた。まあ、恋愛感情も個人的感情も大してないけど、逃げられないから受け入れるつもりだよ、と言われても困るだろう。私としてもリオ様の扱いに困っているので、お互い様ということでここはひとつ納得して頂きたいところだ。

 私とラディ様で微妙な顔をしていると、ラディ様の隣のアマデオ様が首を傾げた。


「うーん、何と言うかとっても後ろ向き。番ちゃんはそれでいいの? まあヴィルはイイ奴だから、悪くはないと思うけど。少なくとも俺はヴィルが女遊びしてるとこ見たことないし。女の子にはとーっても冷たいけど」

「いえ、殿下は昔やんちゃでしたよ。女性の扱いも一通りできます。あまり褒められた遊び方ではなかったですが」

「……お前ら、俺の味方をする気はないのか?」


 ようやく口を開いたリオ様の声に、覇気はなかった。ということは、2人が言ったことは事実か。つまり、昔は女の子のことを遊んではポイ捨てして、女遊びに飽きたのか少なくともここ100年くらいは女遊びはしていなくて、少なくとも今は女の子に死ぬほど冷たい。何だ、そのプレイボーイ。女にも男にも刺されるぞ。いや、そこは三級冒険者だから避けられるのだろうか。

 うーん、と悩ましさに声を漏らす。つまり、元カノの存在を許せるかどうか、ということになる、はず。私はこの身体では恋愛も何もかも初めてなのに、向こうは初めてじゃないということだ。でも竜人族の雑誌に、「番の時に失敗しないように、他の人で練習しておきましょう」って書いてあったから、これが竜人族の一般的な感性なのかもしれない。かといって普通の、前世での一般的な女性として生きてきた私からすると、そんなモテる男は観賞用で十分と思ってしまう訳だが。


 チラッと、未だに私を放す気配のないリオ様を見上げる。私の方を向いていないのか、視線は逸らされていて口は一文字に結ばれていた。ちょっとムスッとしているのだろうか。ということは、2人が言ったセリフが好ましくないと理解しているらしい。ふうん? そこは分かるんだ。異世界人とはいえその女心が分かるとは、ますますモテそうな男で面倒くさそうだな、と思ってしまう。

 面倒くさいので、流してしまおう。


「それで、聞きたいことがあるのですが。拗ねてないで答えてください、リオ様」

「拗ねてなどいない。それで、何が知りたい」

「まず確認ですが、リオ様は私と一緒に行動してくださるのですよね?」

「もちろん。どこへ行く? 一度は国に帰る必要があるが、それ以外はどこへとも連れていくぞ」


 第一関門、突破。やっぱりリオ様は私と一緒に過ごす気満々である。ならば私がある程度彼らの生活に合わせた方が、齟齬が出にくい。つまり、冒険者として動くのだ。別に冒険者になるのは嫌じゃない。むしろワクワクする。

 となると、決めるのは私の残りのポイントの使い方だ。


「では、時空属性魔法の特にアイテムボックスについてや、鑑定スキルや鑑定眼についてどう思いますか」

「あれば便利なのではないか? 俺達はマジックバッグがあるからまだ楽だが、アイテムボックスがあれば様々な観点から効率よくなるからな。鑑定もあると便利だぞ。なぁ、アマデオ?」

「まあ、楽だよね。魔物の弱点属性が分かるだけでも楽だし。僕は鑑定眼になるように、今鑑定を鍛えているんだ」


 ふむ、時空属性魔法は必須。鑑定スキルまたは鑑定眼はアマデオ様が持っているなら保留、かな。時空属性魔法って何ポイントで取得できるっけ、とテーブルに置きっぱなしの『最初に読む本』を見ようと身体を捻っていると、驚いたような顔をしたアマデオ様と目が合った。


「え? もしかして、そんな簡単にポイントの使い方決めるの? もっと考えた方が良くない?」

「よく考えた結果です。私の人生にリオ様がくっついてくるなら、より良い選択をしたいのが人情じゃないですか」

「俺の番……!」


 感動したのか、リオ様にぎゅうっと抱きしめられる。テーブルの方を向こうと身体を捻っているので、変な角度にリオ様の腕が埋まって苦しい。放して欲しくてべしべしとリオ様の腕を叩きながら、片手で『最初に読む本』をめくっていく。割かし最初の方のページで、「時空属性魔法:必要ポイント 1→500 2→600 3→700 4→800 5→1,000」と書かれている。それぞれ、ランク1ではどのくらい出来るのか、などそれなりに書いてある。アイテムボックスが使えて時間停止機能まで求めるとなると、ランク3まで必要なようだ。

 私と一緒に『最初に読む本』を読んでいた3人は、それぞれ好き勝手に色々言い始めた。


「ちょっ、この本だけで国宝級……! これあればランクいくつで何覚えるか簡単に分かるじゃん」

「番様、もし時空属性魔法を取得するなら是非ともランク3以上をオススメ致します。属性魔法の中でも時空属性は珍しい上に難しく、ランク上げも大変ですので」

「お前の好きにすればいい。ただ、ギフトが得られるなら取得した方がいい。ギフトというのは、大抵が強力なものだからな」


**********

アマデオもラディズラーオも、両人ともヴィルジーリオのフォローしていたつもり。「(女の子には冷たいけど)女遊びしてないよ!」とか、「(褒められた終わらせ方じゃないけど)女遊びしてたし女性の扱いはできるよ!(竜人族としては女遊びは当たり前のことだから言っても問題ないと認識)」とか。普人族の女の子との付き合いも多く思考を多少類推できるヴィルジーリオとしては、両方ともフォローになってないと分かっててがっくりと項垂れています。

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