1-7.
頭がムズムズする。痒いなぁ、と痒いところに手を伸ばすと、手を押さえられた。何故? と内心で訝しく思いながら、そっと閉じていた目を開くと、視界いっぱいに濃い茶色が広がっている。よくよく見てみると、リオ様が着ていた革鎧の色ではないだろうか。少し視線を上げると、白いシャツとそこから覗く白い肌が見える。うん、白い長袖の上に革鎧を着ているリオ様だね。
私は、更に視線を上げると、ブルーグレーとぱちっと視線が合った。ところで、私とリオ様は今どこにいるんだろう。ベッドらしき場所に横になって、同衾しているみたいになっているんだけど。服に乱れはないし何にも起きてないはずだけど、ちょっと状況が分からない。そもそも、この部屋にベッドなんてあったっけ? 会議室みたいな簡素な部屋だったのに。
「起きたか、俺の番。気分はどうだ?」
「悪くないです。今、どういった状態ですか?」
「恐らく種族変更で身体に負担が来たのだろう。一刻ほど意識を失っていた。部屋に急にベッドが出てきたから、念のために寝かせただけだ」
「番様がヴィル様の服を放さなかったのです。やむを得ず一緒に寝るしかなく。怒らないであげてください」
「黙れ、ラディ」
状況は分かった。私が倒れてしまったのに、リオ様の服を放さなかったから一緒に寝るしかなくなったのか。無理に引き剥がせばいいものを、暇だろうに一緒に寝るという選択をしてくれたということだ。ありがたいような、番だからってそんな特別扱いしなくても……という気がしなくのないような。微妙な顔になってしまったが、しっかりと「ありがとうございます」とお礼を言っておいた。
それにしても、目覚める時とっても頭がムズムズしたんだけど、あれは何だったんだろう。そっと痒かった場所に手を伸ばすと、小さな尖りが2か所。うん? 尖り?
「さっきも頭を気にしていたな。もしかして、角が生えてきたのか?」
「小さな尖りが2か所あります。これが角ですか?」
「見せてもらってもいいか?」
どうぞ、と前髪をあげた。近くにあったリオ様の顔が更に近付いて、しげしげと私のおでこの生え際あたりにある尖りを見ている。そして何を思ったか、そっと尖りにキスをしてきた。しかも、2か所両方に、である。
リオ様の唇の感触に、背筋がぞわぞわとして「わひゃあ」と変な悲鳴をあげた。唇が離れてからもぞくぞくするのに、2か所両方やられるものだから、背中がぞくぞくしっぱなしである。うっかり涙まで滲んで、悔しさに唇をかんだ。
リオ様は、唇を噛む私の口をそっとなぞる様に触れてから、弁明し始めた。
「竜人族の親は我が子に角が生えた時に、大きく育つように願いを込めて角にキスをするんだ。お前は親がいないようなものだろう、俺が代わりにやっただけだ」
「でも竜人族の角って性感帯じゃなかった? 番様には刺激が強いんじゃないかな」
「アマデオっ、余計なことは言うな。確かに性感帯だが、俺が言ったことは嘘じゃない。だろう? ラディ」
「嘘ではないですね、ただ角の生え始めた3歳くらいのお子様に、というだけで。10歳のお嬢さんにするものではないですよ、ヴィルジーリオ殿下」
語るに落ちるとはこのことだろうか、と私は半目になった。知らずの内に私はセクハラされていたらしい。そりゃあ、背中がぞわぞわするはずである。気持ち良さを感じなくて良かったような、成長すると変わってしまうのだろうかという恐怖があるような。
まあ、一応意味はあったらしいので、不問に付すというのが一番だろう。セクハラするというのなら、意識を失っている間にナニかした方が手っ取り早いのだし。……え? 服が乱れてなかったから大丈夫だよね? 何にもされてないよね?
リオ様への信頼が揺らいでしまったので、移動しよう。何やらショックを受けたのか、呆然としてるリオ様の腕から抜け出す。起き上がりベッドから降りようとすると、金髪の竜人族の人が靴を揃えて置いてくれた。お礼を言うと、何故か履くのを手伝ってくれた。そこまで子どもでもお嬢様でもないんだが、と微妙な気分になりながら再度お礼を言う。
「申し遅れましたが、わたくしヴィルジーリオ殿下の侍従のラディズラーオと申します。ラディとお呼びください、番様」
「あ、僕はアマデオ。分かりにくいけど、森人族なんだ。ここ100年くらいヴィルとラディに引っ付いてる。よろしくね、番ちゃん」
「よろしくしなくていい。お前は俺だけ見てろ」
ようやく、リオ様と一緒に居る2人の名前を知ることが出来た。金髪の竜人族の男性はラディズラーオさん――じゃなくてラディズラーオ様だから、ラディ様。茶髪の森人族の男性が、アマデオ様。そんな2人は美形である。ラディ様は硬派だが笑顔がとても優しいお兄ちゃんタイプのイケメン。アマデオ様はにかっと笑った顔が可愛くて手を振ってくれたりフレンドリーな手のかかる友達タイプのイケメン。
うーん、無表情かちょっと企んでそうな笑みしかない冷たい印象の美人タイプのイケメンなリオ様も集まると、イケメン集団の完成だ。この3人で冒険者なんかやってるの? しかもリオ様が三級ってことは2人も似たような級数だ、きっと。でないと活動しづらいだろうし、付き合いが続かないだろう。女性がきゃあきゃあ言ってそうな集団だなぁ。
靴を履き終わって、椅子に行こうとしたら、リオ様に捕まって抱き上げられてしまった。結局、椅子に座ったリオ様に膝抱っこされてしまう。何で膝抱っこにこだわるの、この人。番だから? よく分からない。
「俺の番、本当に体調は問題ないのか? つらければベッドに戻った方がいい」
「いえ、少し怠いですが寝すぎたような感覚の怠さですね。問題ありません。それより、……――」
「番様、少々よろしいでしょうか」
「ラディ様?」
私の心配をしてぎゅうぎゅうと抱きしめてくるリオ様をあしらって、ステータスカードや『最初に読む本』を確認しようとしていたその時。不意に私の言葉は遮られた。声を掛けてきたラディ様の方を見ると、真剣なその顔に首を傾げる。私は何かしてしまっただろうか。
「番様は、ヴィルジーリオ殿下の番としてお認めになられたのですか? だから竜人族になられたのですか?」
「おい、ラディ。今その話をする時じゃないだろう」
「いいえ、言わせていただきます。殿下はまだ本国に連絡しないと仰っていますが、この重要な土地に本国の草が居ない保証はありません。殿下は目立ちます。番様の存在は絶対にバレてしまいます。その時、一番困る立場になるのは番様です。殿下は、中身のなき番でもよろしいので?」
すごく真剣で真っ直ぐに私とリオ様を見ながら、ラディ様は言い募る。アマデオ様はこの話題に触れる気はないらしく、じっとこちらを見てくるのみである。
私としては、やっぱり言われるか、という程度である。だって可笑しいでしょう? 初対面でべたべた触ってくる男のために、いくら綺麗な顔とはいえ年齢差もある男のために、自分の種族を竜人族にする。いくら竜人族が長生きというメリットがあるとはいえ、3,000ものポイントを消費するのだ。コストは決して安くない。にも拘らず、何故私が竜人族になったのか。むしろ聞かれない方がおかしいと思っていた。
その辺は私も悩んだのだけれど、竜人族にとっての番という存在について書いた記事を見た時から考えていたのだ。私はこの世界アークトゥルスに来て、天涯孤独の身となったようなものだ。この世界に頼れる人は居ない。いや、神様が味方でいてくださるかもしれないけれど、会って触れられる味方はいない。でも、竜人族にとって番は絶対だ。やたら立場が偉い人が私の番みたいだけど、確かに私の味方をしてくれそうな存在。それが番、だと思う。
「正直、飲み込めていないところはたくさんあります。でも、竜人族にとって番とは唯一無二の、絶対的な存在なのでしょう? その存在は捨て置けない、違いますか?」
私は、ラディ様の問いにリオ様のブルーグレーの美しい瞳を見つめながら、そう答えた。
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草:民草に紛れる諜報員。
主人公は普段から様付けするタイプじゃありません。第二王子であるヴィルジーリオと一緒にいる人ってことは、この人達も偉い、という認識です。
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