1-6.

 私は、2日半ほど読書に明け暮れた。調べた内容は、竜人族とその番について。なかなか参考になる本はなかったが、気分転換に読んだ竜人族向けの雑誌に面白いことが書かれていた。記事のタイトルは、『普人族との付き合い方』。何でわざわざ普人族に限定しているのかと思いきや、内容が酷かった。ざっくり言うと、普人族から見て竜人族は魅力的です。番と出会う前のデートに付き合ってもらうには最適です、みたいな内容だった。竜人族の感性がどうなっているのか気になるところである。リオ様に聞いたら教えてくれるだろうか。

 とりあえず、私は約束した3日後、1階に降りてきた。今日は、桃色のレースが重ねられた可愛らしいワンピースである。とはいえ、持っているのは5着プラスアルファくらいなので、選択肢はそんなにないのだけれど。それと、と肩から下げた革のカバンを見る。今日は一種の気合を入れてやってきた。


「番様、お待ちしておりました。ヴィルジーリオ殿下は、こちらに居ります。こちらへどうぞ」


 1階の転移の魔法陣の近くには、金髪の竜人族の男性が立っていた。たぶん見覚えがある人だな、と近付いたら深々と礼をされた。びっくりしたけれど、かろうじて「おはようございます」と返せたと思う。ひとまず彼の案内でひとつの会議室の中に入ると、中には足を組んで座っているリオ様とその向かいに座る茶髪の森人族の男性がいた。

 椅子に座ろうと椅子に手を掛けたら、リオ様が足を崩し両手を広げた。これはこっちに来い、ということだろうか。竜人族の番について調べて思うところのあった私は、遠慮がちにではあるがリオ様のすぐ前まで歩いた。するとリオ様は私の手を引いて、あっという間に自分の膝の上に私を乗せてしまった。膝抱っこ再び、である。


 リオ様の顔を見上げてから、ぺこりと頭を下げた。


「おはようございます、リオ様」

「おはよう、俺の番。よく寝れているか?」

「睡眠はきちんととっています。今日は聞きたいことがたくさんあります。お時間は大丈夫ですか?」

「番より優先する用事などない。好きなだけ聞くといい」


 調べて分かったのは、竜人族は番至上主義らしい、ということだ。夫婦になるのは番以外ない、唯一無二の存在らしい。つまり、リオ様が私のことを番だと認識しているのなら、リオ様にとって唯一無二の存在が私、ということになる。何だか恥ずかしいけれど、どうやら竜人族にとっての番とはそれほど重い存在なようだ。これが獣人族や他の種族になると意味合いがちょっとずつ変わってくる。どちらにしろ、夫婦という意味には変わらないんだけども。


「リオ様は、私を番だと言いました。私は分からないんですが、私は本当にリオ様の番ですか」

「お前は種族を定めていないだろう。アンノウン種族未設定は本能とは対極的な存在になる。番を認識するのは本能だから、お前が分からなくても無理ない。この間は悪かった、お前が分からずとも仕方ない」


 それは知らなかった。種族未設定だと、本能とは対極的な存在になって番が理解できないのか。でもお腹が空いたとか、トイレに行きたくなったとか、生理現象は普通に感じるんだけどな? それってつまり、本能的に身体のサインを理解している訳でしょう? 不思議なこともあるものだ。

 まあ『最初に読む本』で種族未設定のまま神子の塔の外へ行くと、勝手に普人族になるらしいからね。アンノウン、種族未設定で居られるのは神子の塔の中だけなのだから、そういうものなのかもしれない。神様の力が働いているんだろう、たぶん。重要なのはそこじゃない。


 私は、番について気になっていたことをリオ様に聞くことにした。


「では、私がリオ様の番だとして。私が普人族だったら、リオ様どうするんですか? 寿命について調べましたけど、普人族の寿命は100年弱、竜人族は3,000年くらいですよね。随分と開きがありますが?」

「それは問題ない。婚姻する時にする契約魔法で、2人の寿命が分かち合える。お前が普人族なら、俺の残りの寿命をある程度渡せるから何の問題もない」

「問題あるじゃないですか。リオ様の寿命が縮んじゃうってことですよね?」

「番がいない時間を過ごすくらいなら、寿命を差し出すことくらい、何の問題もない」


 問題しかないわっ、とキッとリオ様を睨みつける。でもリオ様はにぃっと口の端を上げてたぶん笑っていて、そのまま私の額にちゅぅっと吸い付いてきた。いや、今キスするタイミングじゃないだろ、真剣に話していたのに! 私は憤慨して、べしべしとリオ様の胸をたたいた。でも三級冒険者のフィジカルつよつよなリオ様には、何の効果もなかったけれど。

 従者っぽい2人へと顔を向けると、こちらを見ていたのかちょっと目をみはってから、茶髪の森人族の男性が手をふりふりと振ってくれた。金髪の竜人族の男性もにこっと笑っているので、思うところはないようだ。たぶん、番に寿命をあげるというのは普通のことなんだな。

 でも、私は構う。めっちゃ気にする。強制的に寿命が延びるとか何ソレ怖い、である。しかもその代わりに人の寿命は縮むのだ。恐怖しかない。


「例えばですが、私が竜人族だったら、リオ様の寿命は縮みませんか」

「むしろ延びるだろうな。お前はまだ10歳、先が長い」

「そうですか。……ちょっとリオ様、放してください。テーブルに用があります」


 リオ様は放してくれなかったけれど、身体の向きは斜め前になった。テーブルがギリギリ使える角度だ。私はずっと身体に提げたままの革のカバンから、『最初に読む本』を取り出した。分厚いし重いからね、両腕で持ちあげるだけというのは大変なのだ。

 私が取り出した本に興味津々なリオ様と向かいの席の2人。皆が声をそろえて、「……『最初に読む本』?」と言っているのはちょっと面白かった。ふふっ、と笑ってから私はこの本の説明をすることにした。


「これは私が最初に目覚めた部屋に置いてあった本で、その名の通り『最初に読む本』です。最初に読むべき本で、神子の塔のルールなど色々と書いてあるのですが。この本の大半は、ポイントを使って取得できるギフトやスキルの説明があります。そして、種族もこちらで選べます」


 はっ、と息を吞む音がした。これは、神子の、異世界転生者の生命線となり得る本だ。もちろん、神子の塔の外へは持ち出せない。そして、私が失くしたと認識した時点で部屋に戻ってくるハイテクな本である。今日、1階に持ってくるのは賭けだったのだが、問題なく持ってこれたようだ。

 ステータスカードを取り出す。「(残りポイント 4,950)」と書かれているので、やはりここは神子の塔の中でありポイントはまだ使える。

 ステータスカードを本の脇に置くと、私は『最初に読む本』を一気にめくって、後ろの方を開く。そこには、「竜人族:必要ポイント 3,000」と書かれていて、下には簡易な竜人族の説明が書かれている。


「あのぉ、番ちゃん。これ、僕達が見ていいヤツ? すごく悪いことしているような……」

「まあ、基本的に『最初に読む本』を持ち出すのは推奨されていません。ここに持ち出すのも抜け道を使っているようなものです。皆さんが黙っていれば問題ないはずです」

「おい、本当に大丈夫なのか? お前に何かあるなら困る」

「大丈夫でしょう。相談して決めて、その場でやるか部屋に戻って決めるかの違いしかありません。大声で吹聴しなければいいんです」


 私はおろおろし始めた男達を放っておいて、ステータスカードを「竜人族:必要ポイント 3,000」の上にかざす。すると、ステータスカードの表示が一度消えて、それから「種族を竜人族に設定しますか? 必要ポイント 3,000」と表示されて、その下に「はい」と「いいえ」が並んでいる。私ははい、を指でタップすると、ステータスカードは「竜人族」と表示された。

 簡単に種族が変わったな、と思った瞬間、ドクッ、と心臓が跳ねた。段々、呼吸が荒くなってきて、はぁはぁと息を漏らす。そして次の瞬間、視界は暗転した。

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