閑話01. ヴィルジーリオ・ヘダ・ドラゴニアン

 わいわいがやがやと騒がしい、酒場の一角。あんたらは見た目が騒がしいから、端に居なさいよねっ、という女将の一言で奥まった隅の席に追い立てられていた。だが、それも女将の心遣いで、いつも仲間内だけで静かに飲みたい俺達の意を汲んで、常連のために空けている席に案内してくれているだけだ。静かに飲みたいのなら酒場に来るなという話なのだが、ここは美味しいし、わいわいがやがやと騒がしい中で静かに飲むのが楽しいのだ。だから、女将が許してくれるうちはここに通う予定である。

 どんっ、とジョッキをテーブルに押し付けるように置いた。それから肉串を行儀悪く横から噛み千切る。隣や向かいから物言いたげな視線は寄越されたが、気にすることなく食べ進める。もう一度ジョッキを持ち、一気に飲み干すと、手を挙げて女将を呼んだ。


「ちょっと、ヴィル。一気に飲みすぎ。いくら竜人族だからって、程度があるでしょ。火竜の息吹を、エールを飲むように一気飲みはどうかと思うなぁ」

「煩い。どう飲もうが俺の自由だろ」

「番ちゃんに認識されなかったからって、そんなに荒れなくても。元々本能が薄ければ番を認識しづらいし、番ちゃんはアンノウン種族未設定なんでしょ? アンノウンに本能を、って言ってもちょっと無理が過ぎると思うなぁ」

「知ってる。黙れ」

「いーや、黙んないから。ヴィルは分かってない。そもそも第一印象も良くなさそうなんだから、気を付けないと。しっかりしてよね」


 まあまあ、とアマデオを宥めるラディを横目に見ながら、ラディのジョッキを勝手に奪い、くぴりと飲んだ。少し酔いが回った気がするが、まだ足りない。来てくれた女将に、同じものとつまみを追加で頼んだ。


 今日、番を見つけた。やけに胸騒ぎがして、気になった方角に足を運んで辿り着いたのが、トゥルスの街。別名、神の街とも呼ばれるこの街には神子の塔と呼ばれるオーパーツな建物がある。どうやって建ててあるのか、やたら細長く高いこの塔には、異世界の魂を持つ神子と呼ばれる人々が暮らしている。

 なぜ神子がこの世界にやってくるのか、理由は分からないが、神子がこの世界にもたらす影響は大きい。例えば、ポイントと呼ばれるものを使って一気に玄人レベルの技術を手にしたり。例えば、大図書館と呼ばれる神子にしか利用できない全世界の書物が集まった図書館からの知識だったり。例えば、異世界の魂が持つその異世界の知識そのものが役に立ったり。神子という存在は、この世界に対して計り知れない影響力を持つ。だから、人々は神子を求めてやまない。

 神子を得た人々は、だいたいが成功を収めている。とある商人が神子と契約できたのを契機に、大商人まで上りつめたり。とある貴族家が神子を遇した結果、得た知識で貴族家がさらなる発展を遂げたり。とある冒険者グループが神子を仲間に入れたことによって、難関のダンジョンを攻略し成功を収めたり。もちろん、神子の意志が大前提ではあるが、方向が合致すれば心強い味方となるのが神子である。逆に、神子の意志にそぐわず無理強いして、破滅した人々の話もたくさんある。

 神子とは、何なのか。言葉の通り、神の子なのだろう。それにしては人数が多いと思うが。年に50人くらいはやってくるのだ、神子という存在は。推計なので、もう少しいるのかもしれない。ただ、神に愛された人々であるのは間違いないようだった。


 その神子の中に、俺の番がいた。番を求めて放浪して約200年。3,000年ほど生きる竜人族の人生の中ではそこまで長くもないが、俺にとってはとても長く苦しい200年だった。ギフトとスキルを合わせれば、だいたいの予測がつく俺の力を以てしても、番の存在自体が感じられなかったのだ。まだ産まれていないのかと思いきや、まさかの番は神子。どんな確率だと言うのか。

 竜人族は、恋愛をしないと言われている。何故なら、結婚は番とするし子作りも子育ても、何もかも全部番とするからだ。つまり、人生の伴侶が番なのである。若い頃に遊ぶ竜人族はいても、誰も本気にはならない。人肌恋しくなろうと、本能で求めるのは番だからだ。それが、他種族には奇異に映るらしい。変と言われようとも、竜人族はそういうものなので、文句を言われても困るが。

 ひとつ言わせてもらえるのなら、番には言えないような性生活を送った時期はあっても、番探しの旅に出てからはきっぱりとその生活は断ち切っている。200年くらいの間、誘われたことはあっても乗ったことはない。乗ったことはないし清廉潔白な生活をしているが、ちょっと冷や汗が出る。若い頃のやんちゃが番にバレたらと思うと、心臓がきゅっとなりそうだ。これか、番を見つける前に遊ぶのもほどほどに、という忠告は。遊ぶの事体は止められない。番相手に失敗しないように、他人で経験を積んでおけ、という感覚もあるのだ。


 つらつらとそんなことを考えていたら、女将がジョッキを持って来てくれた。ついでに、つまみもいくつか持って来てくれたので、早速手を伸ばす。

 もぐもぐ、と口を動かしていたら、あ、とアマデオが零した。


「ねぇ、ヴィル。国に番が見つかったって報告するの? 番探しって次期王太子の条件なんでしょ。ヴィルの兄上様はもう見つけたのかな?」

「そういえばそうですね。まだ、第一王子殿下の番様が見つかったという話は聞いておりません。ヴィル様、如何いたしますか? 私もまだ動いておりませんし、多少は如何様にも出来ますが」


 アマデオとラディの言葉に、ふむ、と考える。我が祖国ドラゴニアン王国は、竜人族を王と戴く多種族国家である。その竜人族は番としか子を成さないため、我が祖国の立太子の条件は番を見つけていること。他にも条件は色々とあるが、大きな条件は番を得ているかどうかである。他の条件も俺はクリアしているか、大した問題じゃないものばかりなので、このまま番を国に連れて帰ったら、下手したら俺が立太子することになる。もちろん、親父もお袋も健在だから、今すぐにということにはならないだろうが。

 ギラギラとした目をしていた、我が兄を思う。どう考えても騒動にしかならない予感しかない。あの兄は割かし出来る兄ではあるのだが、何故か番よりも王位に執着していたように思うのだ。たぶんあのギラギラさえなければ、もう少し歩み寄りが出来たと思うのだが。残念なことに、兄弟仲はそんなによくない。それもあって、すぐに番を連れて帰る気にはならなかった。


 そもそも、と名無しだった番との邂逅を思い返す。番が俺のことを番と認識していないのなら、俺の行動は割かし問題になることばかりだった。初対面の相手にする距離ではない。番に対してとしては大分距離感を持って接したつもりだが、番だと認識されていないのなら問題だろう。先ほどアマデオも言っていたではないか。「第一印象は良くなさそう」と。そう考えると、3日後に本当に番が会ってくれるのかも怪しくなってきたが。


「国にはまだ言わないでくれ。まずは番に、番であることの了承を得ねばならん。万が一に逃げられたら、追いかけなくてはいけないしな」

「それは大丈夫じゃない? 番ちゃん、面倒くさそうな顔してたけど頷いていたし、真面目そうだから約束は守ってくれそうだよ。あとは、ヴィルのその無駄に良い顔でたらしこめばイケるって」

「顔?」

「えぇー? だって番ちゃん、ヴィルの顔見て頬を染めてたもん。ヴィルに惚れる普人族のお嬢さんそっくりだった、よねぇ? ラディ」

「それは分かりかねますが、頬を染めていらしたのは事実ですね。でもヴィル様が額にキスした時が一番真っ赤だったように思いますけど」


 わあわあ騒ぎ出したアマデオに付き合うラディを見ながら、俺はにぃっとほくそ笑んだ。

 いいことを聞いたかもしれない。番の感性が普人族に近いというのならば、攻略法も見えてくる。普人族はこう言うと下衆の極みだが、すぐに成長して亡くなるから遊び相手には悪くないのだ。俺も普人族と遊んだことがある。正直、すぐ本気になられて面倒くさかったが、番が俺に惚れるというのなら大歓迎だ。

 俺は気分が浮上して、ジョッキの中身を飲み干すと、女将に追加を頼むべく手を挙げた。


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火竜の息吹:ドワーフ潰しの火酒。スピリタスみたいなもの。

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