1-5.

 しばらく、空色の男性は私のステータスカードを矯めつ眇めつ眺めていた。ややあって、空色の男性から私のステータスカードを返されたので、クローズして仕舞っておく。

 さて、未だに空色の男性の膝の上にいる訳だけど、どうしたことだろう。初対面の男性の膝の上にいるというのは、かなり気恥ずかしい。イケメンだからって、何しても許されると思うなよっ! と思う心がある一方で、何だかイケメンに甘やかされるお姫様にでもなった気分で、これはこれでちょっと気分がいい。複雑な乙女心というヤツである。


 私が心のうちで対極的な気持ちを戦わせている最中、空色の男性は何やら呟いた。何だ、と顔を上げるとどうやらステータスカードを開示していたらしく、彼の手には真っ赤なステータスカードが手の上に乗っていた。そして、私の手の上にそっと置いてくれる。

 空色の男性のステータスカードは、横長のステータスカードの天辺に黒いラインが走っており、下は濃い赤色になっている。確か、濃い赤色ということは、冒険者ギルドの高ランクの人という意味になるはずだ。天辺の黒の意味は分からない。どういう意味だろう?

 色の観察を終えると、ステータスカードの内容をしげしげと見て、絶句した。


* * * * * * * * * *

ヴィルジーリオ・ヘダ・ドラゴニアン/521/♂/竜人族

Lv.51

【称号】ドラゴニアン王国第二王子 三級冒険者

【ギフト】直感

【スキル】剣術7 属性魔法(火5水6風4光7)

* * * * * * * * * *


 なんだこのステータス。レベル51ってマジか。そりゃあ、レベル1の私なんぞ簡単に捕まえられるだろう。レベル差が激しい。それに年齢の欄、521歳って本当だろうか。空色の男性――ヴィルジーリオさん、いやヴィルジーリオ様から見たら、10歳の私なんてぴよぴよの赤ちゃんだ。竜人族の寿命って何年だったっけ? まだ若く見えるから、まだまだ長生きするんだろうか。

 それに、称号の一流を表す三級冒険者というのもヤバければ、ドラゴニアン王国第二王子というのもヤバい。何で一国の王子様が、こんなところで幼女を捕まえているんだ。何しに来た、この王子様。


 脳内がしっちゃかめっちゃかになって大わらわな私に、ヴィルジーリオ殿下は更に問題を投下してくださった。


「リオ」

「はい?」

「リオと呼べ」

「いや、王子様なんですよね? そんな愛称で呼ぶなんておこがましいです」

「構わん。お前にはリオと呼ばれたい。呼べ」

「えっと、……リオ、様?」


 押しの強さに負けて、リオ様と呼ぶとリオ様は機嫌が良さそうにふんっと鼻を鳴らした。何故、呼び方を指定されるのか。しかもヴィルジーリオ様で、リオ様とは随分と親し気な感じだ。いつから私はこの方と親しくなったんだろうか。

 頭の中がはてなでいっぱいになっていると、リオ様は私の頭を撫でた。そのまま、何度も手櫛で髪を梳いてくる。優しいその手付きに思わずうっとりしてしまうが、疑問は尽きない。何で拉致するようにこの部屋に連れてきたんだろうか、何で王子様で偉い人なのに愛称を強請るのか、何で優しく触れてくるのか……――。

 理由が知りたくて、綺麗なその顔を見上げると、リオ様は首を傾げた。そのまま、顔が近付いてきて、ちゅっ、と額に前髪の上から唇を落とされた。


 キス、された。その事実が頭に届いた時、私はぼんっ、と顔が爆発したような熱さに見舞われた。絶対に頬が赤くなっている。でも仕方ないではないか、今の私は恋愛経験のれの字も記憶にない真っ新な乙女である。それなのに、めっちゃイケメンにいきなり額と言えどキスされたら、誰だって頬を赤らめる。

 口をパクパクさせていると、リオ様は悪びれもなく宣った。


「俺の番は可愛いな。あまり可愛いことするなよ、我慢できなくなる」

「何の我慢ですか!?」

「例えば、ここ、とか?」


 ここ、と言いながらふにっ、と唇をつつかれる。今度は唇にキスするという宣言だろうか。私は頭をぶんぶんと振って、やめてくれと頭の中で叫んだ。是非とも我慢を継続して頂きたいものだ、額とかなら親愛と誤魔化せてもマウストゥマウスはアウトだ。それは恋人同士でするものであって、初対面の男女がするものじゃない。いや、する人もいるのかもしれないが、私はそこまで奔放になれない。

 私が頭をぶんぶんと振って意思表示をしたのがよかったのか、私のファーストキスは守られた。いや、前世も合わせたらファーストキスは済ませているかもしれないけれど。この身体はまだである。ファーストキスは大切だよ、うん。


 恥ずかしくて、俯いているとぎゅっと抱き寄せられた。トクトクトク、と少し早い心音が聞こえてくる。うん? 何で鼓動が早いのだろうか。不思議に思っていると、つむじにちゅっ、とキスをされた。


「なあ、俺の番。いつ俺のところに来る? 今日でもいいぞ」

「えっと? 何でリオ様のところに? というかツガイって何ですか?」

「は? 番は番だろ」


 また、すごいドスの効いた「は?」だった。正直怖い、何でそんな低い声が出るんだ。でも、ツガイと言われても分からない。『最初に読む本』を始めとした読んだ本の中に、ツガイについて書いてある本なんてあっただろうか。ツガイ、つがい、番……――。ああ、動物の夫婦を表す番のことだろうか? え、夫婦?

 至った思考に驚いて、思わず顔を上げると、綺麗なブルーグレーと視線が合った。


「お前、俺を見て、何も感じないのか」

「何を感じ取れ、と? 綺麗な方だな、とは思いますが」

「そうか、そうなのか……」


 私の答えは、お気に召すものではなかったらしい。明らかに落胆した声で、そうか、と零すその姿は少し煤けて見えた。落ち込まれたところで、私には分からないものは分からないのだから、仕方ないではないか。私が悪いのだろうか、と疼く罪悪感に目を逸らしながら、この状況はどうしたものかと悩む。

 ひとまずこの姿勢をどうにかしないと、とリオ様の胸に手をついて、押して身体を離そうと試みる。だが、リオ様は私を放す気はないらしく、私を抱きしめる手は緩まなかった。でも、少し隙間が出来たので、ちょっと気が楽になった。やっぱり、初対面のイケメンに抱きしめられるというこの状況は頂けない。それに、もしかしたら、……このイケメンに番と、夫婦と認識されているかもしれないし? 何だか自意識過剰すぎて恥ずかしいけれど。


「あの、リオ様が私に声を掛けてくださったのは、私がその番だからですか?」

「ああ。見た瞬間にわかった。お前は俺の番だ」

「うーん、なるほど。では、今日は解散にして後日またお会いしませんか。私には知識が不足していて、何も判断できません」

「後日?」

「えーっと、いえ、会いたくないのなら別にお時間いただかなくていいのですけども……――」

「会うっ! 絶対に会う。だから、他の奴と約束するなよ」


 食い気味に、絶対に会うと念押しされた。他の人と約束するな、逃げるなとかなり煩く言われた。逃げると思われているんだろうか、いやちょっと面倒くさくて逃げたいなと思ったけれども。

 そもそも3日後という約束も、最初は1週間後と提示したのだ。でもそれは長すぎる、と文句を言われて3日後になった。明日、と言われたけれど私だって調べたいことはたくさんある。2人で許容できるのが、3日後だった。この3日後に決まるまでに、かなり時間がかかった。……すっぽかしたら大変なことになりそうだから、気を付けよう。


 リオ様に転移の魔法陣まで見送られて、私はリオ様と後ろの2人にぺこりと頭を下げてから転移の魔法陣で5階へと移動した。何だかんだ時間が経ったから、昼食をとってから大図書館へ行くつもりだ。主に調べる内容は、竜人族やその番について。夫婦という認識で正しいのか分からないし、リオ様に何か感じないのかと問いかけられた真意も気になる。

 調べることはいっぱいだぞ、と気合を入れて自室に入った。今日のお昼は、チャーハンとシューマイだった。中華っぽいメニューだけど、この世界では中華を何と言うのだろう、とまた知らないことを見つけながら、トレイをテーブルに置いた。


**********

書いてて思った、チャーハンとセットなのは餃子なのではないかと。じゃあシューマイとセットで食べるものって何ですか? でも餃子と言えばラーメンだよね?(?)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る