1-4.

 私は疲れていた。治癒魔法が切実に欲しい、めっちゃ「ヒール」をかけたい。溜息をほう、と零して今日までの日々を思い返していた。


 勇み足で駆け込んだ1階は、人で混雑していた。本で読んで知っていたが、人種の見本市みたいで大変なことになっていた。普人族、獣人族、森人族エルフ山人族ドワーフ、といったファンタジーあるあるな種族。それに加えて、獣人族と何故区別するのか分からない2本の角のある竜人族、精霊と人族のハーフなちょっと透けている精人族、肌の色が青だったり赤だったりして角が1本ある鬼人族、など特殊な種族もチラホラ見える。

 大人ばかりだったのだが、チラホラ背の低い子どもも見える。たぶん私のお仲間じゃないかな、という人達もいっぱいいて、まず人で埋もれそうになった。更には、大声で「冒険者仲間募集しますっ」だとか「坊ちゃまの護衛募集しますっ、条件は――」とか、人の声が入り混じって目が回りそうだった。そして、私という存在に気付いた人に囲まれてわーわー言われてしまい、私は参ってしまった。

 どうにかこうにか、1組ずつ面談みたいな形でお話させていただいたのだけど、まあ出るわ出るわ条件の山。どうやらポイントがどのくらい貰えるのかは人によるらしく、ポイントの残高をとても気にされた。今後の方向性が決まってなくて生活魔法しか取得していないのだけど、その慎重さは喜ばれた。ではこのスキルを取得して欲しい、このスキルも、とガンガン言われたので「検討します」とだけ返した。

 それを3日間、食事休憩以外は繰り返した。


 分かったことは、異世界転生者――神子の塔というだけあって私達は神子と呼ばれるらしい――が取得すべきスキルは、だいたい決まっているようだ。時空属性魔法によるアイテムボックス、鑑定または鑑定眼などその上位スキル、この2つは必須級らしい。誰も彼もがこのスキルを持っている前提で話してくる。そこに武術の達人級スキルか、魔術の達人級スキル、光属性の魔法の派生の結界魔法、同じく光属性の魔法の派生で様々な治療ができる治癒魔法などが加わるのが望ましいようだ。

 へぇ、と思いながら『最初に読む本』のページをめくる。ポイントは足りるので問題なく全部取得できそうではあるけれど、うーん、と首を傾げる。全部取得したら逆に器用貧乏になるんじゃないだろうか。異世界であるこのアークトゥルスで生きていくには、寄る辺となる指針が必要だ。冒険者として旅をして生きていきたいのか、パン屋や薬屋など専門職として街で生きていきたいのか。生きていくにしても、どこの街で生きていくのか。考えることはたくさんである。今のところ、面談した人達で魅力的に映る条件はなかった。

 私は気分転換に、大図書館へ行こうと立ち上がった。


 ☆


 数日後。時空属性魔法と鑑定スキルについて詳しく調べた私は、再び1階へと足を運んでいた。もしかしたら新たな出会いがあるかもしれないし、新しく知り得る知識があるかもしれない。面倒くさがって、機会損失でもしたら泣いてしまう。

 黄色のワンピースに白いボレロを羽織った私は、1階できょろきょろと周りを見渡していた。今日は人が少ないらしい。何でだろう、と首を傾げてから、気付いた。人が少ないんじゃない、一角に人が集中しているのだ。中心からは、背の高い男性らしきの頭が半分ほど飛び出て見える。彼が中心人物だろうか? 頭に黒い角2本が見えるので、たぶん彼は竜人族だ。竜人族って最強種と名高い種族であり、同種以外との交流は好まないと書いてあったけれど、彼は違うんだろうか。

 はて、とぼーっとその人だかりを見ていると、いきなり人の塊が崩れた。どうやら押し合いへし合いして、倒れた人がいたのだろう。連鎖的に半分くらいの人が倒れていっていた。


 背の高い男性がこちらを向いた。空色のサラサラした髪色から覗く黒く光る角が2本、遠くて瞳の色はよく見えないが視線は真っ直ぐに私を射抜いているような錯覚をした。誰を見ているんだろう、ときょろりと周りを見渡すと、目の前に影が差し、次いで腹に衝撃が走った。目を白黒させていると、ゆさゆさと揺られる感覚。お尻に手を当てられているが、たぶんこれはセクハラではなくスカートを押さえてくれているのだろう。

 つまるところ、私は先ほどの空色の男性に俵担ぎされているのだと思う。ほわい、何故に?


「あの、下ろしてください」

「静かに。すぐ着く」


 おおう、会話すら拒否である。そして空色の男性の声を初めて聴いたが、テノールの効いたとてもイケボでございました。とってもイイ声。こんな状況じゃなければ聞き惚れていただろう。

 ジタバタ暴れて抵抗するか考えたが、距離があったはずなのにすぐ目の前に現れるほどの脚力のあるこの男性のことだ。腕力も凄く強いに違いない。私が目一杯暴れたところで、無駄な抵抗にしかならないだろう。たぶんだけど、面談室へと連れられているだけだと思うので、大人しく連行されよう。神子の塔内で秩序を乱すことは禁じられているはず。つまり、殺されたり害されることはない、はずなのだ。何の慰めにもならないが。


 つらつらとそんなことを考えていたら、ガチャッと扉が開く音が耳に入った。しばらくすると再び腹辺りを掴まれてぐえっとなった。どうやら肩から下ろされたらしいが、私が座っているのは空色の男性の膝の上である。見上げると、とっても素敵なご尊顔を見ることが出来た。……何故に、膝抱っこ? 居心地が悪くてもぞもぞと動いたが、放して貰えなかった。諦めて、私を拉致した人の顔を仰ぎ見る。

 空色の男性は、無表情だったがとても整った顔立ちをしていた。しゅっとした鼻筋に、薄い唇。肌は色白で、切れ長の目はブルーグレー。冷たそうな印象を受ける御人である。実際の行動も私に優しくないので、たぶん見かけ通りの方なんじゃないだろうか。

 ちなみに、この場には金髪の竜人族の人と、茶髪の長耳の森人族の人もいる。だが、彼らは口を挟む気はないのか、部屋の隅で待機しているようだ。御付きの人、かな?


「名前」

「名前? 仮名かめいラベンダーです」

「は? 仮名?」


 随分とドスの効いた「は?」である。ちょっと怖い。でも仮名であることは間違いないのだ。何故なら、私は今、名無しの権兵衛さんであるから。

 なお、現在名無しの権兵衛であるのは仕様である。前世の自分の名前を忘れてしまっている私は、自分で自分の名付けをする権利がある。もし名付けに困ったら、神子の塔の外に出た時に神様が強制的に名付けてくれるらしいので、いざとなったらその名付けの名前を名乗ろうと思っている。この世界アークトゥルスの一般的な名前の本も部屋の本棚に置いてあったのだけれど、この世界アークトゥルスを知ることを優先していたので名付けは後回しにしていた。1階に降りてきてからは名無しは不便ということで、仮名として、髪色から取ってラベンダーちゃんと呼ばれている。ちゃん付けは10歳の少女なので仕方ないと諦めた。


 ううん、と首を傾げながら「ステータスオープン」と呟いた。上手く伝わってない気がするので、ステータスカードを差し出せばいいと思ったのだ。

 ステータスカードを他人に見せるのは問題ない。見せたい項目を選べるので、事前に設定しておけばいい。もしくは渡す前に、ちょちょいと弄ればいいのだ。私は、取り出した自分の真っ白なステータスカードを空色の男性に手渡した。

 ちなみに、私のステータスカードは以下の通りに書かれている。


* * * * * * * * * *

(No Name)/10/♀/(種族未設定)

Lv.1/(残りポイント 4950)

【称号】神子

【ギフト】

【スキル】生活魔法全種

* * * * * * * * * *


 生活魔法全乗せセットを取得しただけなので、正直、見られても困らない内容である。でもポイント残高を隠すの忘れている。まあ見られてもいいか。ポイントを使うためには『最初に読む本』が必要なのだが、この場に持って来ていないし。


「名無しか。何故、名付けない?」

「自分の名付けに自信がなくて。この塔を出る時に神様がくださる名前でいいかなぁ、と後回しにしていました。仮名でも困りませんでしたし」

「そうか」


 そう言う空色の男性は、微妙な顔をしていた。もしかして、仮名で誤魔化しているのって珍しいんだろうか。でも名前ってこれからずっと付き合っていくものだし、簡単には決められない。

 ううむ、と唸る私を空色の男性がじっと見つめていたことに気付かなかった。

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