第26話 強行逆走★

 不発!

 不発!!

 不発!!!


 一縷いちるの望みを託した “転移の冠” は、やはり不発!

 “僭称者役立たず” が施した結界によって、封じられていた“転移テレポート” の呪文は効果を現さず、僕たちは “邪神の神殿” の祭壇で姿を晒したままだった!

 動揺するより速く、落ち込むより速く、僕の身体は動いていた!


「状況、最悪の中の最悪! “とっておき” 一個目! 行きます!」


 握り閉めていた “とっておき罠武器” を、群がり寄ってくる “邪僧” たちに投げつける!

 過度の期待をしないこと!

 常に最悪の事態を考えること!

 この時の僕は、正しく迷宮探索者だった!


 視界を閃光が覆う!

 目蓋を通してすら、網膜が灼かれる感覚!

 痛みに近い熱圧は一瞬で消え失せ、再び目を開けたときには、憤怒の形相を浮べた九体の石像が並んでいた!


「タスク!」


 鋭声とごえが飛び振り返ると、祭壇に魔剣を突き立てたレ・ミリアが、捨て去った背嚢の代わりに、神宮タマさんを背負っていた!

 さらに、振り落とさないよう自分の首に回したタマさんの手首をタオルで結ぶ!

 僕は戦棍メイスと盾を構えて、作業が終わるまで援護に回った!


「次、タスク!」


 タマさんを背負い終えたレ・ミリアが、祭壇に刺した魔剣を引き抜き前に出る!


「さあ、増尾さん!」


 僕はレ・ミリアに倣って背嚢を捨てると、増尾照男さんに向かって背中を向けてしゃがみ込んだ!


「あ、あんたらはいったい」


「あなたたちを助けにきた探索者です! エバさんも一緒です!」


「エバさん!? 彼女来てくれたんか!」


「速く!」


「す、すまん」


 照男さんはそれでも遠慮がちに、僕の背中に抱きついた!

 レ・ミリア同様、首に回された照男さんの手首をタオルで縛る!

 レ・ミリアはすでに、群がり寄ってきた信徒を三人斬り倒していた!

 祭壇の周囲には聖職者で支配階級である “邪僧” たちの他にも、奴らに支配される一般の信徒もいて、そっちの方がずっと数が多い!


「急いで!」


「OK、行こう!」


 レ・ミリアが先陣を切って駆け出す!

 “邪神の神殿” の出口は唯ひとつ! 入ってきた正門だけ!

 決死の大逆走の始まりだ!

 レ・ミリアは正門に続く雑居部屋から、若干逸れた進路をとった!

 理由は明白!

 彼女が突き進む先には、祝詞しゅくしを唱える “邪僧” がいた!

 嘆願される即死の加護、“呪死デス” !

 しかし最後の韻が踏まれ、聖印(邪印?)が切られる前に、+2相当の魔剣が振り抜かれて、邪悪な聖職者の首を斬り跳ばす!

 首が転がるよりも速く進路を修正して、今度こそ雑居部屋を目指すレ・ミリア!

 行きがけの駄賃――なんて余裕はない!

 “呪死” の祝詞しゅくしが聞こえたら、何があっても阻止しなければならないのだ!

 もし加護が嘆願されて、奴らの信仰する神に聞き届けられてしまったら、その時は僕たち四人のうちの誰かが確実に死ぬ!


 横合いから掴みかかってきた亡者のような一般信徒の頭を戦棍で叩き潰したとき、不意に背中が温かく濡れた!

 

「も、もうしわけない」


「全然平気です! 僕なんてですから! ――それよりも喋らないで、舌を噛みます!」


 恥じ入る照男さんに、僕はテンション高く告げた!

 ここまで切羽詰まった状況に置かれると、逆に

 囮として火を付けた雑居部屋は、今や濛々たる煙、轟々たる炎に包まれている!

 なに、目眩ましに丁度いい!

 これなら“呪死” で狙われなくて済む! 文字どおりの煙幕だ!

 だけど問題は――!


 僕は “神璧グレイト・ウォール” を球形状に張って、煙と炎と酸欠からみんなを守った!

 煙も炎も怖いけど、狭い雑居房であの火勢だ! 

 多くが燃焼されて酸素濃度は低く、一酸化炭素も充満してるかもしれない!

 だから障壁で周囲の空気を包み込んで、一気に走り抜ける!


「突っ込むよ!」


「あ、あたしゃ所沢飛行場の近くに住んどった! 空襲だって潜りぬけたんじゃ! 遠慮せずにやっとくれ!」


 レ・ミリアの背中にしがみつきながら、タマさんが気丈に叫ぶ!

 さすがここまできたお年寄りだ! 肝っが据わってる!

 怯む素振りも見せずに神殿から、炎を吹き上げる雑居部屋に飛び込むレ・ミリア!

 遅れじ! と続く僕! 

 室内は炎と煙が充満し、まるで視界が効かなかった!

 “神璧” の守りがなければ、あっという間に巻かれてしまっただろう!

 僕は先行するレ・ミリアの背中――にしがみつくタマさんの背中だけを見て、追随する!


 と、突然、目の前に緋色の襤褸をまとった小柄な人影が現れた!

 ガリガリに痩せた、中学生くらいの女の子!

 両手に粗末な短刀を握り、僕に向けて突き出している!


「どうして放っておいてくれないのっ! どうして静かにしておいてくれないのっ! わたしたちはただ穏やかに祈りを捧げていたいだけなのに!」


 吹き零れる涙の奥に憎悪の炎を燃やして、少女がなじった!

 一瞬の硬直!

 戦棍を握る手が、盾を持つ手が、フリーズする!

 短刀が僕の身体に突き刺さる前に、頬骨の浮いた少女の顔が宙を舞う!


「死にたくなければ殺しなさい!」


 スローモーションのように倒れる少女の身体の奥で、横薙ぎの一閃で僕を救ったレ・ミリアが怒号した!


「ご、ごめん!」


「……ああ、知恵……」


 唇を噛む僕の背中で、照男さんが放心したように呟いた!

 自分を責める暇も、照男さんの漏らした名前の意味を考える余裕もない! 

 気持ちを切り替えろ!

 切り替えろ!

 煙の中から現れる邪僧や信者たちを、一片の躊躇もなく斬り捨て進むレ・ミリア!

 僕が大切なのはただただ、この孤独に剣を振るう背中だけだ!


 数珠つなぎの雑居房はわずかな家財道具が燃え上がり、阿鼻叫喚の様相だった!

 炎は猛り、煙は容赦なく視界を遮る!

 だがその混乱こそが僕たちの唯一の味方だった!


「見えた、正門!」


 噴き出る煙と共に扉を潜り抜けると、目の前に閉ざされた巨大は門扉が出現した!


「後方確保!」


 レ・ミリアが鋭く命じる!

 僕は戦棍と盾を構えて、たった今脱出してきたばかりの雑居部屋の扉を睨んだ!

 激しい噴煙と炎を吐き出す扉!

 追撃でなくても、煙焔えんえんを逃れて信者たちが飛び出してくるかもしれない!

 タマさんと照男さんは気息奄々きそくえんえんで、呻き声すら上げられない! 

 僕に背中を守らせて、レ・ミリア自身は正門の開閉装置に飛びついた!

 巨大なレバーを渾身の力で押し回すと、重々しい音を立てて鉄扉が開き始める!


「脱出する!」


「了解!」


 内側から開かれた扉!

 “邪神の神殿” の大逆走は半分まできた!

 問題はここから!

 雑居部屋から出れば、煙幕は薄れる!

 そして正門を抜ければ――。


「“邪僧ファング・プリースト” 、遭遇エンカウント !」


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669707509209


 レ・ミリアが叫び、魔剣の切っ先を二〇人以上の “邪僧” たちに向ける!

 そして正門を抜ければ、“警報” で誘き出した “邪僧” たちが当然待ち構えている!

 重ねられる “呪死”の祝詞!

 一〇〇〇〇パーセント正念場!

 ここが生き死にのきわ――生と灰の分岐点!



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エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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第二回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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