第27話 激闘! 最悪の中の最悪!★

 増尾照男は息も絶え絶え。失神寸前の朦朧とする頭で、後生大事に持ち続けていたスマホの電源を入れた。

 生け贄の所持品はすべて神への供物だと思っていたのか。あるいは単にこの板状の機器が何なんのかわからなかったのか。狂信者たちが取り上げることはなかった。

 だから電源を入れた。

 明確な意図があったわけではない。

 それでどうにかなると思ったわけでもない。

 ただ自分たちを助けるために命を懸ける少年の背中で、をしてしまったのが、申し訳なかったからだ。 

 だから増尾照男は、型落ちのらくらくスマホの残り少ない電源を入れた。

 それが照男にできる、唯一のことだった。


◆◇◆


「“邪僧ファング・プリースト” 、遭遇エンカウント !」


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669707509209


 レ・ミリアが叫び、魔剣の切っ先を二〇人以上の “邪僧” たちに向ける!

 そして正門を抜ければ、“警報” で誘き出した “邪僧” たちが当然待ち構えている!

 重ねられる “呪死”の祝詞!

 一〇〇〇〇パーセント正念場!

 ここが生き死にのきわ――生と灰の分岐点!


「レ・ミリア!」


 僕はふたつ残っていた “聖職者殺しプリーストブラスター” の片方を、左手でレ・ミリアにトスする!

 そして直後に反対の利き手に握るもうひとつを “邪僧” たちに向けて振りかぶる!

 敏捷性に優れる軽戦士ライトファイターのレ・ミリアが投擲体勢をとったのは、ほぼ同時!

 残りふたつの “とっておき” !

 でも――


(今使わなくて、いつ使うの!!!)


 レ・ミリアのは野球のフォーシームのような軌道で最前列に!

 僕のは放物線を描いて、中・後列に!

 “呪死デス” の長大な祝詞しゅくし没頭トランスしている “邪僧” らは、避けることもはたき落とすこともできない!

 やはり生粋の武装集団ではないということか!

 二〇人もの人数がいながら、前衛は後衛を守る壁という迷宮戦術タクティクスの初歩の初歩すら理解していない!


「目を閉じろ!」


 レ・ミリアの鋭声が戦場に響いた直後、ふたつの閃光が僅かの差で炸裂した!

 目蓋を通して瞳を灼くあの熱圧が、再び顔面を覆う!

 僕は盾を掲げて、その後ろに自分と照男さんの頭を隠した!

 一秒、二秒! 大量のマグネシウムを焚いたような眩さが続く!

 三秒、四秒! その光が収まったとき!

  

「―― “呪死” !」 


 林立する大量の石像の最奥から、石化を免れた “邪僧” が僕たちを指差し、最後の韻を踏んだ!

 レ・ミリアが振り返ることなく突進!

 石の立像と化した “邪僧” をにして跳躍! 遅まきながら壁となった前列・中列を飛び越える!

 宙空で魔剣を大上段に振りかぶって、唯ひとり即死の加護を嘆願した “邪僧” を、頭の先から股下まで一刀両断にした!


「誰!?」


 返り血に塗れた、文字どおりの血相で振り返るレ・ミリア!


「僕じゃない!」


 僕は生きている! 僕は “呪死” を喰らってない!

 当然、最後の邪僧を屠ったレ・ミリアでもない!

 僕とレ・ミリアは、申し合わせたように背中を振り返った!


「増尾さん!?」「お婆ちゃん!?」


「……い、生きてるよ」


 彼の鳴くような声が、背中から返った。

 増尾さんじゃない!

 それじゃ――!


「お婆ちゃん!」


 レミーの狼狽した声が石像たちに反響する!


「……」


 レミーの背中で弱々しく差し出される『Vサイン』

 最後の “邪僧” が唱えた、唯一の “呪死” は……不発だった。


「――追っ手が来る前に離れよう!」


直通縄梯子ショートカットへ!」


 間髪入れずに僕は叫び、レ・ミリアが答える!

 一階の “孤島” に垂らされている直通縄梯子は、何者かにいたが、プランBを実行する前に “寄り道” して蹴落としてある!

 退路は確認・確保済み!

 僕たちだって迷宮に適応しているんだ!


「もう少し行ったら休ませてあげるから! それまで我慢して!」


 駆けながらレ・ミリアが気遣う!

 彼女の背中の神宮タマさんは、今や蚊ような声も上げられない!

 でも――それでも――!

 僕たちは全員生きて、“邪神の神殿” を脱出した!





 ――生き残った。


 貪るよう最後の “聖水” を飲むタマさんと照男さん見ながら、肺が空になるほどの吐息を漏らす。


 生き残った。

 生き延びた。

 それは取りも直さず、僕たちが今回のミッションをやり遂げたということだ。

 僕は高校中退の、日銭稼ぎの肉体労働者。

 日々迷宮から生還した際に、強い “生” の実感は覚えている。

 でも、ひとつの仕事をやり遂げたという充足感はなかった。


(そうか、これが)


 迷宮探索者にならず普通の仕事に就けば、いつか経験していた喜びだろう。

  

(いや、違うな。普通の仕事に就けたって充足感が得られるとは限らない――結局、僕は探索者無頼漢に向いてたんだ)


「もう少し休んだら、またおんぶするから。辛いでしょうけど我慢して」


 用心深く抜き身の魔剣を握り、玄室の扉に視線を向けたレ・ミリアが告げる。

 ここは一×一区画ブロックの玄室で、一階の地底湖孤島に通じる直通縄梯子は指呼の間だ。

 照男さんとタマさんだけでなく、レ・ミリアも僕も疲労困憊で、あの長い縄梯子を一気に下りるのは不可能だった。

 魔除けの魔方陣キャンプを張って照男さんとタマさんを背中から下ろすと、ふたりに三階で汲んだ “聖水” の入った革袋を手渡した。レ・ミリアと僕は普通の水袋で喉を潤す。


「すまないねぇ」


「ありがとう」


 “中癒ミドル・キュア” と同程度の回復効果がある水を飲み、タマさんと照男さんの顔に生気が甦った。

 ただ背負われているだけというのも、体力を消耗する。

 それが迷宮で最悪の中の最悪ワースト・オブ・ワースト区域エリアを強行突破する探索者の背ともなれば、喜寿を越えた高齢者では、誇張でなく心臓が止まってしまっても不思議じゃない。

 このふたり、もっとずっと若ければ、もしかしたら凄い古強者ネームドになってたかも。


「僕はタスク。彼女はレ・ミリア。ここまでくればもう一息です。“邪僧ファング・プリースト” は自分たちの領域神殿から出てこないので。あとの魔物はこの指輪で全部消し去れます」


 僕は笑って、左手に嵌めた “滅消の指輪ディストラクションリング” を見せた。

 この階層フロアに出現する魔物は、すべて頭に入ってる。

 縄梯子に着くまで “東方龍マンダ” のような竜息ブレス持ちに驚かされない限り、危険はないはずだった。


「その竜息持ちがヤバいんじゃない。身を以て知ったでしょ」


「わかってる」


 絶対なまでにストイックなレ・ミリアの横顔に、僕は素直にうなずいた。


「……あんたのこと知ってるよ。あたしゃ、これでも所沢迷宮愛好会だからね」


 タマさんが扉を監視するレ・ミリアの横顔に言った。

 どこか憐憫れんびんたたえた声に、レ・ミリアがようやく顔を向ける。


「そう。ならわたしが、自分のためなら平気で人を犠牲にするって知ってるわよね? 足手まといになるようなら捨てて行くから」


 魔方陣の中に緊張が走ったその時、照男さんが頓狂な声を上げた!


「おい! 岡さんたちがエバさんと一緒にいるぞ! よしさんと伍吉さんも一緒だ! みんなピンピンしてる! それに寛美さんが笑ってる! やったぞ! 病気を治してもらえたんだ!」 


「病気? それってどういう――」


 ドンンッ!!!!!!!


 真下から激震が突き上げて、迷宮が轟音と共に割れた!

 巨大な亀裂がレ・ミリアと僕、タマさんと照男さんを分断する!



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エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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第二回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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