第24話 贄ふたり

「ふたりの周りに闇は見える?」


「いや……念視した限りじゃ見えない……見えるのはおどろおどろしい建物だ」


「なら決まり――どういう経緯でかは知らないけど、爺さんたちは “邪教の神殿” にいる」


 そこは一歩でも踏み入れば、邪教の聖職者たちが現れて、即死の加護 “呪死デス” を機関銃のように唱えてくる、狂気のエリア。

 広大な “暗黒広間” もお釣りがくるほど厄介だけど、更に輪を掛けて危険極まる、この “ニューヨーク・ダンジョン” で最も近づきたくない最悪の中の最悪ワースト・オブ・ワーストな場所。


 もはや、暗澹どころの話じゃない……。


「第一の関門は、どうやって神殿に入るかね……」


 レ・ミリアが整った小作りの額に眉根を寄せる。

 諦めて引き返す――といった、この状況では至極もっともな選択肢オプション は、思い浮かばなかったようだ。


「“邪神の神殿” の入口は、三×一区画ブロックの短い通廊の先にある正門ただひとつだけ。身を隠す場所なんてない上に、“永光コンティニュアル・ライト”が煌々と点されて見張りも超厳重……ははは、これぞまさしく “難関”」


 上手いことを言ったつもりだったけど、引きつった笑いしか浮かばない。

 

「“転移テレポート” をもう一度試してみる? もしかしたら結界が解かれてて、跳べるようになってるかも」


「希望的観測どころか願望ね。それで貴重な “転移の冠” を無駄にしたくない」


「ごもっともです……」


 一階に張られていた “転移封じの結界” がこの階層フロアに張られていない保証はない。むしろ張られていると考えた方が無難だ。

 “転移の冠” に封じられた魔力は一回こっきり。

 使えば貴重な魔法の冠ダイアデムは、ただの輪っかリングになってしまう。

 

「でも、どっちみち “転移” が封じられてる以上、“転移の冠” も品質の良い兜でしかないんだよね」


 レ・ミリアはそれに対しては何も言わず、視線を上げて僕を見た。


しゃくだけど、あのの策で行きましょう。プランBよ」


 プランB.

 姿隠しの “光学透過の水薬グラス・ポーション” と、物音を消す “静寂サイレンス” の加護の合わせ技。

 これに、けたたましいサイレンで付近の魔物を呼び寄せる “警報アラーム” の罠を加えた、警戒厳重な区域エリアへの潜入方法だ。

 その効果はすでに、一階の “海賊要塞” への侵入で実証されている。


「レ・ミリア、お爺さんたち捜索を諦めて、引き返す手も……」


「ない」


 ……ですよねー。


「嫌ならあんたひとりで還っていいわよ」


『ご冗談を。ここでひとりで戻るくらいなら、君とパーティなんて組まないよ』


 僕はそう答える代わりに、


「プランBを実行する前に、ちょっと寄り道させてよ」


 と意味ありげに笑った。


◆◇◆


 それまでどんなに欺瞞に満ちた生涯を歩んでこようと、人生は最後の最後で帳尻が合う――合わされる。

 

 因果応報。


 神宮タマ(79)はその四文字と共に、自分が置かれている状況を受け入れた。

 八〇年に近い歳月を過ごした故郷を遠く離れた、アメリカ東海岸はニューヨーク。

 そのど真ん中に聳える、異世界から現れた峨々ががたる “岩山”

 龍の住処といわれる峻嶺しゅんれいの内には人跡未踏の巨大な迷宮があり、自分は今そこで残酷で無残な最期を迎えようとしている。

 

「こんな年寄り、供え物にしても神様は喜ばんじゃろうなぁ」


 増尾照男(82)が柱にくくりつけられたまま、諦観ていかんと呟いた。

 もともと物事に執着しない恬淡てんたんとした性格だったが、よわいを重ねるごとにますます我欲が薄まって、今では仙人のようになってしまっている。

 真逆の性格と価値感の持ち主であるタマは、そんな幼なじみを事あるごとに歯痒く思い、生涯に渡って発破をかけてきたのだが……執着ともいえる想いは完全に折れていた。


 遭難したふたりの前に現れた、一見可愛らしい “妖精” たち。

 導かれるように辿り着いたのが、この狂人の群れの直中だった。

 餓鬼のように痩せ衰えた身体に、元は法衣ローブだったと思われる真紅の襤褸ボロをまとう、邪教の信徒たち。

 タマと照男はその狂信者たちにあっさりと捕まった挙げ句、彼らが信仰する “神” へのにえにされてしまった。

 ふたりは今、禍々しい神殿の中央にある祭壇の上にいた。

 打ち立てられたくいに縛り付けられ、足下には狂信者たちによって薪が積み上げられている。

 どうやら供物は “年寄りのロースト” らしい。


「でも僕は満足だよ。最後の最後にずっと会いたかった “妖精” に会えたんだから。あの宮崎さんだって本物には会えてないと思うし」


 満ち足りげに語る照男。

 幼い頃から憧れていた “妖精” に会えたことで、すっかり人生に満足してしまったようだ。


「これで岡さんたちが、エバさんに病気を治してもらえてればなぁ――何も思い残すことはないんだけど」


「……何いってるんだい……」


「え?」


「何いってるんだい、この薄らトンカチのメルヘンジジイ! あんたはまた妙な宗教に好きなようにされるのかい! 女房と娘を取られただけじゃ飽き足らないっていうかい!」


「……タマちゃん」


 強気の言葉とは裏腹に涙を吹き零す幼なじみの姿に、照男は言葉を失った。


「仕方ないよ……静枝も知恵も自分で選んだんだから。夫だからって父親だからって彼女たちの決断を否定はできない」


「あんたは――あんたは何もわかっちゃいないんだよ! あのふたりがなんであんな宗教に嵌まっちまったのか! なんで家を出ていっちまったのか!」


「だからそれは、僕が情けない夫で父だったから――」


「違う! 違う! そうじゃない、そうじゃないんじゃ!」


 タマは狂ったように顔を振った。

 そうではない。そうではないのだ。

 照男の愛妻と愛娘が家を出たのは、あの教団に絡め取られるように入信したのは、そんな通り一遍の事情では断じてない。

 もっと醜悪で、ドス黒い悪意があったのだ。


「照男、静枝さんと知恵ちゃんがあの宗教に嵌まっちまったのは、全部――」


 涙と鼻水でグショグショになった顔で、タマが言いかけたとき――。


 ジリリリリリリリリリリッッッッ!!!


 耳をつんざく“警報アラーム” が、信者たちの口ずさむ無数の経文を打ち消した。

 緋色の襤褸をまとった邪教徒たちがむくりと顔を上げて、神殿の入口に向かう。



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https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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第一回の配信はこちら

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