第19話 ブラックアウト

『“天使エンジェル” が現れたんだ。一翼ひとり

『タスクが “静寂サイレンス” の加護で魔法を封じた』

『詠唱の速さで負けそうになったけど、レ・ミリアが “天使” の左腕を斬り落として妨害した』

『そしたら、加護を封じられた “天使” が仲間を呼んだ』

『その仲間もまた仲間を呼んで』

『召喚された “天使” も加護を封じられていて、剣で斬りかかってきた』

『そんでレ・ミリアのカメラもタスクのカメラも、ブラックアウトした』


 書き込まれたメンターや視聴者リスナーのコメントを抜粋・要約すると、おおよそこういうことらしい。

 “天使” は五階のフロアボスともいえる存在。

 あたしたちが四階に到達した直後、陶器の悪魔像デルフト” に遭遇したように、タカ派のふたりもボスのお出迎えを受けたのだ。


「今、確認しました――ふたりは生きています」


 “探霊ディティクト・ソウル” の嘆願を終えたエバが、目を開けた。

 湧き起こった安堵に、自分でも意外に思った。

 コメント欄にも喜びの声が書き込まれる。

 嫌悪の情は別として、死地に足を踏み入れた人間の無事を願うのは、人の本能なのかもしれない。


「“天使” の武器は太陽の力を宿しています。それはいかずちの力に他なりません。金色こんじきの神剣に触れられれば人体は麻痺パラライズし、電子機器ならショートは免れないでしょう」


「……もうあのふたりと、スマホを通したやりとりはできなくなったってわけね」


 反論の余地のないエバの説明に、暗澹あんたんとした吐息が漏れる。

 こっちは向こうの、向こうはこっちの状況がわからなくなった。

 “探霊” の加護には限りがあり、何度も唱えてはいられない。


「通常の迷宮探索に戻っただけのことです。それに “天使エンジェル” は五階最強の存在です。彼ら彼女たちを撃退できたのですから、タスクさんとレ・ミリアさんはあの階層フロアにもきっと対応できるでしょう」


「そうね」


 うなずいてみせるも、納得したわけじゃない。

 こっちには迷宮踏破者のエバがいて、知識と経験を活用できる。

 向こうはもう何かあっても、このに相談することはできない。

 このハンデキャップは、初見の迷宮ではあまりにも大きすぎる。


「進発しましょう。ここでいくら心配していても事態は好転しません」


 あたしはもう一度うなずき、斥候スカウト としてエバの前に立った。


「ケイコさん、先に一階孤島への縄梯子を様子を見に行きましょう」


 玄室を出てすぐに、エバが言った。

 言われて、ハッとした。

 二階からの縄梯子階層始点と、一階の孤島から上ってこられる直通縄梯子ショートカットは、指呼の間だ。

 直通縄梯子が今も使えないままなのかまず確認するのが当然だったが、スッポリと頭から抜け落ちていた。

 

 直通縄梯子の前まで辿り着くと、果たして縄梯子は巻き上げられたままだった。

 やはり何者かが悪意を持って、一階孤島からの経路を遮断したのだ。

 床にポッカリと口を開けるたてあなに、あたしは縄梯子を蹴落とした。

 ガラン! ガラン! という騒々しい音が、あっという間に遠ざかっていく。

 

(エバがいなかったら、あたしは気づかないまま進んでた……あのふたりは気づけたかしら)


 坑は哲学者のいう深淵のように、あたしを見つめ返している。

 

◆◇◆


 麻痺したレ・ミリアを癒やした直後、衝撃が全身を貫いた。

 痺れというよりも痛み……痛みよりも衝撃。

 自由を取り戻したレ・ミリアと入れ替わるように、横倒しに倒れる。


「タスク!」


 呻き声ひとつ、瞬きひとつできない。

 眼球すら動かすことができない。

 僕は瞳にすべての言葉を宿す。


“逃げろ、レ・ミリア!”


 ――と。


 “天使” は次々に仲間を呼び、数を増やしていく。

 その数、すでに六。

 六翼六人の “天使” が、雷光をまとう黄金の剣を手に頭上を圧している。

 レ・ミリアが僕を庇って、魔剣を構える。


 こんな時になんだけど、やっぱりとても嬉しい。

 とても嬉しくて……とても悲しい。

 いくらレ・ミリアでも、六翼もの “天使” の攻撃を躱しきることは不可能だ。

 今度彼女が麻痺したらその瞬間に、僕たちの全滅が決まってしまう。

 たとえ望外の幸運が訪れ “天使たちエンジェルズ” が見逃してくれたとしても、自然回復しない麻痺を受けた以上、いずれ他の魔物が現れて餌食にする。

 

(……嗚呼……男神 “カドルトス” 様。

 僕はあなたを心から信じているとは言えません。

 ただ技術スキルとして、あなたとの接続能力を持っているに過ぎません。

 でも、もし僕の声が届いているのなら彼女を……レミーを助けてください。

 彼女は良いです。

 罪は犯したけど、彼女は良い娘なんです。

 どうか御慈悲を。

 彼女を……レ・ミリアを助けてください)


 僕は心から祈った。

 加護の嘆願ではなく、魔法の行使ではなく、ただ祈った。

 それは僕が初めて捧げた、純粋な祈りだった。


 奇跡が起こった。


 レ・ミリアと向き合った “天使たち” に、不意に戸惑いの表情が浮かんだ。

 顔を見合わせ、“ダイレクトヴォイス” で何事かを囁き合う。

 もう一度僕たちを見下ろしたとき、その顔には明らかな畏れの色が浮かんでいた。

 そして一翼、また一翼と昇天していく。

 完全に “天使” の気配が消えてから、レ・ミリアが魔剣を鞘に戻し振り返った。

 腰の雑嚢に手を突っ込み、“痺治の護符” を取り出す。


 理由はわからない。

 理由はわからないけど、僕たちは助かった。


◆◇◆


 それを奇跡と呼ぶなら、まさしく奇跡だっただろう。

 もちろん六翼の “天使たち” は、不埒な人間たちを見逃す気などなかった。

 幼児が無邪気に虫の足をもぎるように、 二匹の人間をつもりだった。


 聖職者風の男が神剣の一撃を受けて倒れた。

 男に癒やされたばかりの女が剣を構えて男を庇う。

 強い魔力を帯びた剣だが、たかが一匹。こちらは六翼。問題にもならない。

 だが――。


 “天使たち” は、女にまつわりついている気配に気づく。

 よく知る存在の気配。

 もしかしてこの女は、なのか?

 彼女は変わり者だが、自分たち兄弟姉妹の中で最も純粋であり、純粋であるが故に最も強く、強いが故に決して寛容ではない。

 もし万が一を壊してしまったら、彼女の怒りは天界を引き裂く。

 自分たちなど弁解の機会すら与えられず、素粒子に分解されてしまうだろう。


 “天使たち” は想像し、畏れおののいた。


 怯え、狼狽え、我先に天界へと逃げ帰る。

 それを奇跡と呼ぶなら、まさしく奇跡だっただろう。

 運命のあの日。

 息絶えたレ・ミリアの上に舞った純白の羽根の残り香が、ふたりを救ったのだ。


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669171688786



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https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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