第20話 深奥にて待つ狂気

 階層フロアのボスともいえる “陶器の悪魔像デルフト” は、強化煉瓦の内壁に激突して蒙塵もうじんの中に砕けた。

 圧倒的な力量で醜悪な悪魔像を一蹴したエバが、進発を指示する。

 タカ派のふたりの状況がわからなくなってしまった以上、こっちはこっちの仕事をするしかない。

 あたしは斥候スカウト としてエバの先に立ち、迷爺婆めじいば階層の中央部を目指す。


 “探霊ディティクト・ソウル” で絞り込める居場所は実にアバウト。

 北西・北東・南西・南東の大まかな区分でしか示されない。

 お爺ちゃんたちの反応があったのは、北東区域エリア

 それは玄室が複雑に絡み合う中央部、通称 “毛糸玉” の四分の一を含む。


 六区画ブロックほど北上したところで、あたしたちは “毛糸玉” の入口である巨大な鉄扉に行き着いた。


「中央区域の北東部は、“毛糸玉” の最奥でもあります。わたしたちはこれから都合一八室の玄室を突破しなければなりません」


「まったく、高齢者を餌にするなんてゆるせない」


 “僭称者” の介入は確定だ。

 そうでなければいくら迷宮好きで知識があるとはいえ、古強者ネームドの探索者でなければ足を踏み入れられない迷宮中層、それも一八もの玄室の先に到達できるわけがない。


(お願いだからジッとして、それ以上動かないでよ)


 心の中で願わずにはいられない。

 “僭称者役立たず” に、エバを釣る餌にされているお爺ちゃんとお婆ちゃんだ。

 釣り役プラーとして、迷宮の深みへとさらに移動してしまうかもしれない。


(どちらにせよ、最終局面になれば、あの老醜の魔術師と対決することになる)


 今さら尻尾を巻くわけにはいかない。

 エバのことだ。

 あたしが少しでも怯んだ気配を見せれば、自分だけで最終決戦に臨むだろう。


(そんなの絶対ノーグッドだよ)


 覚悟を決めて、ひとつ目の扉を調べる。

 罠も、魔物の気配もなし。

 A-OKのハンドサインを出して、扉を蹴破る。

 蝶番ちょうつがい魔法マグネット・コーティングを施されている扉は一切の摩擦なく、勢いよく開いた。

 抜き身を手に、玄室に雪崩れ込む。


「――クリア!」

「――クリア!」


 最初の玄室に、先住者はなし。

 これをあと一七回繰り返す。


 連続する扉の確認は、ジワジワとあたしを消耗させた。

 ほぼ三室の一室の割合で、玄室をねぐらにしている魔物との戦闘も強いられる。

 あたしたちは進んでは調べ、調べては戦い、時に休んでは――また進んだ。

 “魔女の護符アミュレット・オブ・アンドリーナ” の範囲回復も、精神的疲労までは拭いきれない。

 ジワジワと減殺されていく集中力を必死に繋ぎ止めながら、ふたりは “毛糸玉” の深部へと分け入っていった。


 そして――。


 一七の玄室を突破し、六回の戦闘に勝利したあたしたちは、“毛糸玉” の最奥に立っていた。

 誰もいない、二×二区画の玄室に。


「……結局、骨折り損か」


 お爺ちゃんとお婆ちゃんは、にはいなかった。

 のどこかにいるのだろう。


「いえ、これをみてください」


 ゲンナリと呟いたあたしに、エバが床を見つめながら言った。

 視線の先、塵埃じんあいが堆積するそこにあったのは――。


「足跡! それも四人!」


「ええ、この大きさからして “人間型の生き物スモールヒューマノイド” でしょう」


「“ゴブリンオーク” か “ドワーフ戦士ファイター” か。あるいは……」


 この階に出現する “人間型の生き物” は、その二種族。

 それ以外に、この大きさの足跡を残す者はいない。

 もしいるとするなら、それは――。


「――誰!?」


 不意に肌を撫でた空気の揺らぎに、あたしは短剣ショートソード を逆手に身構えた。

 忽然と現れたのは、アラブ系の衣装をまとった浅黒い肌の男だった。


“年寄りたちは、奥方に会いに行ったよ”


 男――狂気の予言者 “アブドゥル” が、ニコニコと邪気のない笑顔で告げた。


◆◇◆


「どう?」


 レ・ミリアが、僕の身体に押しつけていた “痺治の護符 ” を離した。

 “痺治キュア・パラライズ” の加護が封じられた護符アミュレット回復役ヒーラー麻痺パラライズしてしまった状況でこそ価値を発揮する。

 今回のミッションに臨むに当たり、エバさんが特に重要視して持たせてくれた魔道具マジックアイテムだ。

 彼女は役に立つ品をいろいろ持たせてくれたけど、少人数パーティでは間違いなくこの護符が最重要アイテムだろう。


「ありがとう。もう大丈夫」


 “天使エンジェル” から受けた痺れは完全に消え、僕は身体を起こした。


「でも……どうして “天使” たちは見逃してくれたんだろう?」


「さあね。あんたもわたしも食べたら食あたりしそうだからじゃないの」


 釈然としない僕とは対照的に、レ・ミリアは恬淡ていたんだった。

 でも彼女がこういう(いつにも増して)素っ気ない態度を採るときは、お腹の底で怒りが渦巻いているときなので、それ以上は何も言わなかった。


(…… “滅消ディストラクション” が効いた “東方龍マンダ” はともかく、“天使” は見逃してくれなければ “苔むした墓” を建てていた。僕たちはこの階層フロアに対応できてない……)


「それよりも――カメラが死んだわ。スマホも、スマートウォッチも全部駄目」


「え!?」


 憮然とするレ・ミリアに告げられ、僕は慌てて自分の機材を確認した。

 言葉のとおりヘッドカメラもスマホも、電子機器の類いはまとめて起動しない。

 すべてショートしてしまっている。


「あちゃー……」


 “天使” の振るう武器は太陽の――雷の力を宿している。

 訓練を受けた探索者すら麻痺させる電撃の前に、精密機器は一溜まりもなかった。


「衝撃テストはしてるだろうけど、耐電テストはしてないだろうからなぁ……」


 精々が静電気に耐えられる程度だろう。

 是非もない……。


「……これでエバさんたちと連絡は取れなくなった」


「――中継器Wi-Fiの子機は? あれは背負い袋に入れておいたでしょ?」


 暗澹あんたんと呟いた僕に、レ・ミリアがハッと思い出した。


「そうか! 休憩してたから背負い袋は下ろしてたんだ!」


 果たして中継器はすべて無事だった。


「でも中継器があっても、肝心のスマホが壊れちゃってるんじゃ……」


「年寄りも全員持ってるんでしょ? 合流できればそれでまた連絡が取れるわよ」


「そうか!」


 レミーはこういう時、本当に冷静で先を読む!


「無くしてなければだけど。年寄りはよく物を無くすし、こんな状況ならなおさら」


 ……そして冷静すぎて、正論で人のモチベをくじく。


「だ、大丈夫だよ。スマホは現代の迷宮探索の命綱だから……。仮にも迷宮愛好会を名乗ってるなら、何よりも大事に持っているはず……」


「ならそれに期待しましょ」


 素っ気なく答えると彼女は僕に、“死人占い師の杖ロッド・オブ・ネクロマンシー”を使うように指示した。

 合流するにしても、おおよそでも場所が判らなければ捜しようがない。

 僕は背嚢はいのうから短杖ロッドを取り出し、封じられている “探霊ディティクト・ソウル” の加護を解放した。


「増尾照男さんと神宮タマさんは――北西区域エリアにいる!」


 レ・ミリアが苦虫を噛み潰したような顔をした。

 この階層フロアの北西区域は、ふたつの区画に分かれている。

 ひとつは次元連結ループによって繋がれる、一二×一二区画ブロックの広大な “暗黒広間ダークゾーン

 もうひとつは、異端の邪教徒たちが禍々しい神を奉って立て籠もる “邪神の神殿”


「ふたりの周りに闇は見える?」


「いや……念視した限りじゃ見えない……見えるのはおどろおどろしい建物だ」


「なら決まり――どういう経緯でかは知らないけど、爺さんたちは “邪教の神殿” にいる」


 そこは一歩でも踏み入れば、邪教の聖職者たちが現れて、即死の加護 “呪死デス” を機関銃のように唱えてくる、狂気のエリア。

 広大な “暗黒広間” もお釣りがくるほど厄介だけど、更に輪を掛けて危険極まる、この “ニューヨーク・ダンジョン” で最も近づきたくない最悪の中の最悪ワースト・オブ・ワーストな場所。


 もはや、暗澹どころの話じゃない……。



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エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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第二回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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