第17話 追憶の毛糸玉★

「ひぃ、ふぅ、まだついてきてるかい?」


「ぜぇ、ぜぇ、ああ、ついてきてる。付かず離れずの送りじゃよ」


「ひぃ、ふぅ、なんだってが縄梯子を上れるんだい?」


「ぜぇ、ぜぇ、あ、ありゃ二階にいた “人食い虎ベンガルタイガー” じゃないよ。あいつはこの階からついてきてる “虎男ワータイガー” だ。良く見てみい、身体や尾っぽの向きが違うじゃろ?」


「な、なんだい! そりゃ反転の使い回しじゃないかい! そんな手抜きが許されていいもんかね! ひぃ、ふぅ!」


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16818023212989152979


 今川伍吉(87)のメタな説明に、金田よし(92)がメタな文句を返す。

 付かず離れずヒタヒタと後をつけてくる “送り狼” ならぬ “送り大虎” は、二階から四階へ移動を境にシレッと上位互換へと交代していた。

 卒寿そつじゅ傘寿さんじゅの年寄りが、ひぃふぅぜぇぜぇ、気息奄々と歩いてるのに、自分たちの一〇〇倍も一〇〇〇倍も魔物が交代だなんて、不公平が過ぎる。


「しかし、わしらもまだまだまだ捨てたもんじゃないわな、葦さん。なんのかんのとこんなところまで来てもうた」


「火事場の馬鹿力ってやつさ。でも――そうさね、九〇のばばあにしては上出来だよ」


 空元気も元気のうち。

 しかし葦も伍吉もわかっていた。

 いくら矍鑠かくしゃくを気取ってるからといって、こんなはずがあるわけない。

 九〇を越えた婆と八〇を越えた爺が、屈強な探索者のパーティですら退ける迷宮の深層階に入り込めるわけがない。


 自分たちので、何かが起こっているのだ。

 自分たちを、何かが企てられているのだ。

 そうでなければこんな年寄り、とっくに魔物の餌どころか排泄物になっている。

 それ以上はわからない。

 わからない以上に……考えるのが億劫おっくうだった。


「……あなた、わたし、もう歩けない……」


「そうか――金田さん、今川さん、妻が苦しいみたいです。休憩をお願いします」


「あいよ。そんじゃ、その扉の先でキャンプを張ろうか」


「ああ、いいね。あたしもヘトヘトだよ」


 岡博(65)の頼みに、伍吉と葦が気軽くうなずく。

 キャンプを張るための魔除けの聖水も、残りわずか。

 本音をいえば節約したかった。

 だが妻である寛美の土気色の顔を見れば口には出せない。

 肉が落ち、骨と皮だけの骸骨のような姿スケルトン・フィギュアは、傍らで彼女を支える夫と同じ歳には、とても見えなかった。


 四人は開きっぱなしになってる扉の隙間を抜けて、中に入った。

 玄室が複雑に組み合った毛糸玉のような区域エリアだったが、行く手に現れる鉄扉は常に開いていて、先住者の姿もない。


「どれ、すぐにキャンプを張るから葦さんと寛美さんは休んでてくれ」


「手伝います」


 伍吉と博が、手分けして魔除けの魔方陣を描く。

 聖水が残り少ないとはいっても、先住の魔物がいないとはいっても、すぐ後ろから いかにもな “虎男” がつけてくるのである。キャンプなしでは休めない。


 先住者は確かにいなかった。

 なんの気配も感じなかった。

 それなのに、いつの間にか目の前に、頭にターバンを巻いたが立っていた。

 真っ黒に日焼けした顔に黒い髭。

 装束にしても、風体にしても、アラブ系に見えた。

 男はニコニコと人のよさげな、見方によってはうさん臭い笑顔を浮かべて、スッと北の壁を指差す。


「な、なんだい、あんたは!?」


「あ、あたしらになんか用かい!?」


 飛び上がるように驚いた伍吉と葦が、抱き合って罵った。


 アラビアンナイト風の男は、気を悪くした素振りは見せず、ニコニコと北を指差し続ける。

 やがて男は姿は徐々に薄れていき、蜃気楼のように消え去った。

 間際に、


“……奥方によろしく”


 と言い残して。


◆◇◆


《“聖水ホーリーウォーター” は飲むよりも、凍傷を負った箇所に振りかけてください》


「ぎゃあ!」


 スマホの奧のエバさんが言うなり、僕がうなずくよりも速く、レ・ミリアが水袋の中身をぶっかけた。

 皮膚が再生されるこれまた焼けるような痛みに、悲鳴と一緒に飛び上がる。


「なによ、心の準備をする前でよかったでしょ」


「ぐぐぐぐ……! そ、それは確かに……!」


 注射は打たれる前が一番怖いからね!

 でも不意打ちは怖くないけど、覚悟ができてないから余計に痛いよね!

 歯を食いしばる僕の頭から、さらにバシャバシャと “聖水” を浴びせる

 魔物にも仲間にも、ほんとに容赦ない。

 そこに痺れる、憧れる。


 激痛が、疼痛とうつうに、ビリビリが、ヒリヒリに。

 通常の “癒やしの水薬ヒール・ポーション” の倍の効果がある祝福された水は、紫に変色した僕の肌を見る見る癒やしていく。

 僕がホッと人心地ついたのを見て、レ・ミリアも自分に “聖水” を振りかけた。


「予定外の出費だ……これが上層の洗礼ってやつか」


 いきなり半分以下の軽さになってしまった水袋に、重い溜息を漏らす。

 僕たちがいるのは一×一区画ブロックの玄室で、西の壁に唯一の出入り口である扉がある。

 “11、0” 、三階からの始点縄梯子がある玄室だ。

 僕らはここで “東方龍マンダ” の奇襲を受けた。


「汲みに戻ってはいられない。もう少し休んだら進発するわよ」


 玄室の扉を凝視するレ・ミリアが、ストイックな口調で言った。

 僕はうなずき、Dチューブに映るハト派のふたりに視線を戻した。

 エバさんとケイコさんは、いま四階にいる。

 共に中継器Wi-Fiの子機を設置しながら進んでいるので、電波状況は悪いなりにどうにか連絡を取り合うことができていた。


《この階層フロアの中央部分は無数の玄室が複雑に絡み合った、まるで “毛糸玉” のような構造をしています。最奥には下層へ通じる強制連結路シュートがあり、二階の半分を占める “二重構造の区域” には、その強制連結路を落ちる以外に侵入する術がないのです。金田さんたちが足を踏み入れてなければよいのですが……》


 歩きながら、エバさんが説明する。


 金田よし(92)さん。

 今川伍吉(87)さん。

 岡博(65)さん。

 岡寛美(65)さん


 のハト派の四人は現在、四階の北東区域にいることが “探霊ディティクト・ソウル” による念視で確認されている。

 “探霊” による探知は精度が低く、階層を四分割した北西・北東・南西・南東の、大まかな位置しかわからない。

 中央部のも北東区域に含まれるので、当然調べなければならなかった。


 エバさんのヘッドカメラが、先を行くケイコさんの緊張が漲る背中を撮す。

 斥候スカウト として、周囲の警戒に全神経を集中しているのだ。


 がお年寄りを利用して、エバさんを迷宮の奧に誘い込もうとしている――。


 全員が共有しているこの推理は、まず正しい。

 それ以外に考えようがないからだ。

 であるなら、四階はすでに迷宮の深層階。

 いつそのが仕掛けてきても、おかしくはない。


 扉を前に、ピタリ、とケイコさんが立ち止まる。


《……感じた?》


《……ええ、微かな物音と振動を》


 囁き声で訊ねたケイコさんに、同様の声で答えるエバさん。

 マイクは何の音も拾ってなかったが、ふたりは武器を抜き身構えた。

 古強者の鋭敏な感覚が、機器に先んじて脅威の存在を察知したのだ。

 

 緊張が倍々に高まっていく中、ようやくマイクがその音を捉えた。


 ゴゴ……、


 それは最初、小さな振動音でしかなかった。

 眠れない夜にベッドの中で聞いた、ずっと遠くの道路を走り抜けるトラックの音に似ていた。

 その貨物運搬車が瞬く間に近づき、微音が轟音に取って変わる!


 ゴゴゴゴゴッ!!!


(――来るっ!)


 直後、まるで念動力サイコキネシスで吹っ飛ばしたように、眼前の扉が両開きに開いた!

 なぜそう思ったのかと言えば、は扉に触れてなかったからだ!

 扉からは未だ数メートルも離れていて、押したわけでも、蹴り飛ばしたわけでも、体当たりをしたわけでもない!

 が、ゆっくりと開け放たれた扉を潜ってくる!

 

 背中に二枚のおうぎような翼と、先の尖った蛇のような尻尾を持つ、“悪魔デーモン” の立像!

 全高は二メートルを優に超える石像!

 頭頂部から突き出した無数の角。その下で大きく広がる尖った耳!

 醜悪で狡猾な笑みを浮かべる、人と山羊を掛け合わせたような顔!

 なによりも嫌悪感を催させるのは両の乳房を覆っている、こちらは紛れもない人間の女性の顔だ!

 片方はむせび泣く老婆、もう片方は悲嘆にくれる若い女性!

 さらに下腹部からふたりを見上げ下卑た笑いを浮かべている、獣染みた男の顔!

 足はなく、脛から先で台座と一体化している!

 立像と言うよりも、巨大なという方が、しっくりとくる形状だ!

 いったいどんな狂気を宿せば、こんな姿を想像――創造できるというのか!


《…… “陶器の悪魔像デルフト”》


 エバさんが驚きと侮蔑のないまぜになった呟きを漏らす!

 その名前は知っている!

 本来の出現位置を離れて――いきなりフロアボスの登場だ!


 キィイーーーーーーンンンンンッッッッ!!!


「ぐおっ!!?」


 突然襲った激しい耳鳴りに、僕は両耳を押さえて苦悶した!


「な、なにっ!!?」


 な、なんなんだ、いったい!?

 頭の中に直接に響く、ダイレクトボイス!!!

 

「ど、どうやら、こっちも来たみたいね!」


 レ・ミリアが叫び、魔剣の鞘を払った直後、宙空に “眩い姿Radiant Figure” が現出した!


「“天使エンジェル” !」


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669758117157


 こっちも早々のフロアボス!

 迷宮上層の洗礼はまだまだ続く!



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エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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第二回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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