四階・五階

第16話 上層の洗礼★

https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669708512166


「「――ひええぇぇぇえええええ!!! “動き回る蔓草ストラングラー・ヴァイン” ッッッッッ!!!」 


 神宮じんぐうタマ(79)と増尾照男ますだ てるお(82)は、固く抱き合った。

 バリバリのタカ派と中道やや右派のふたりは、たわわに実った果実をユッサユッサ揺らして巨大な植物を見て震えおののく。


 ストラングラーとは『絞殺犯、絞殺魔』を意味し、ヴァインは『ワイン=葡萄ぶどう』を意味する。

 獲物がいそうな場所にこっそり移動し、甘い実の香りでおびき寄せ、自在な蔓草つるくさで首をくくって養分とする、なんとも冗句ジョークのような魔物だ。

 それもそのはずこの歩く葡萄、迷宮に住み着いていたとある葡萄酒好きの魔術師が創り出した魔法生物なのだ。

 きっと、迷宮で醸造したかったのだろう。


「「高く吊されるのは嫌じゃーーーーっっっ!!!」」


 通常の待ち伏せではなく、回廊の先からズルズルと大量に連なってきたところに、明確な殺意を感じる。

 ひたすら勤勉に慎ましく生きてきたのに、最期が故郷を遠く離れた異国のそのまた薄暗い地の底でのだなんて、神も仏もないものか。


『奴らを高く吊せ!』


 そういえば……半世紀前、お互いの伴侶に内緒でこっそり上野で観た映画の題名だった。

  

 ボトボトボトボトッ!!!


 同時にかつての記憶を思い起こしたタマと照男の前に、何かが大量に降ってきた。

 恐る恐る目を開けると、ふたりの頭ほどもある巨大な葡萄の実が山となっていた。


「「……へ?」」


 再び、ユッサユッサと引き返していく蔓草の群れを、呆然と見送るタマと照男。


「……な、なんなんじゃいったい?」


「……た、助かった?」


 ひしと抱き合ったままの幼馴染みたちの目の前で、ふたりをここまで案内してきたフェアリーやピクシーやレプラコーンが舞い踊る。

 葡萄の山にピョンと跳び乗り、あるいはその周りをキラキラと飛び回る。


「た、食べろって言ってるのかね?」


「う、うむ、きっとそうだ」


 ふたりは空腹だった。

 喉もカラカラだった。

 たっぷりと水分を含んでいるように見える果実は、干天ならぬ迷宮の慈雨だ。 

 

「ええい、ここまできたら “毒を食らわば皿” までじゃ!」


「タ、タマちゃん!」


「なんだい、照男! あんたあたしに毒味をさせる気かい!?」


 毒を食らわばと言った側から、毒味うんぬんはないだろう……と照男は思ったが、それが神宮タマという女だ。


「食べる、食べるよ――ああ、でも血糖値が心配だなぁ」


 照男は糖尿で持参してきた薬が、もう心許なかった。

 しかし飢渇きかつの苦しみは耐えがたい。

 ふたりはひとつずつ、巨大な葡萄の実を手に取った。

 皮を剥くなり果汁が溢れ出し、瑞々しい果肉が露わになる。


 粘ついていた口内に大量の唾が湧いて溢れ、ふたりはゴクリと飲み込んだ。

 武者振りつきたくなる本能をなけなしの理性で抑え、慎重に口をつける……。

 一口含んだだけで糖度の高い果汁がいっぱいに広がり、『糖尿などクソ喰らえ』と言わんばかりに美味い。

 なけなしの理性は吹き飛び、ふたりは武者振りついた。


「こ、こりゃ美味い! あたしゃこんな美味い葡萄を食べたのは初めてだよ!」


「五臓六腑に染み渡る! これを食えただけでこの迷宮にきた甲斐はあった!」


 妖精たちが祝福するように、ふたりの周りをはしゃぎ回る。


 ごうっ!


 迷宮を震わす咆哮に、タマと照男は飛び上がった。

 果汁でベタベタの顔を雄叫びのした方向に向け、縮み上がる。


「な、なんだい今のは!? まるで龍神さまの癇癪かんしゃくだよ!」


「タマちゃん、逃げよう! 今度こそ僕らが餌にされる!」


「言われるまでもないね――葡萄を持てるだけ持つんだよ!」 


 妖精たちが逃げ出すふたりを賑やかに先導する。

 迷宮の深部へ、タマと照男はさらに入り込んでいく。


◆◇◆


 マイクを破壊するような大咆哮が轟いた次の瞬間、画面がホワイトアウトした。

 Dチューブの故障では断じてない。

 スマホを通してさえ伝わってきそうな、この極寒の色、音、空気。

 以前まえにも経験がある。


「タスク! レ・ミリア!」


「ケイコさん?」


「タスクたちが、冷気を浴びた!」 


 “凍波ブリザード” か “氷嵐アイス・ストーム” か、あるいは氷息ブレスか?

 とにかく尋常でない寒さに強襲されたのは確かだ。


「第五層に、魔術師系第四位階の呪文を操る魔物は出現しません」


 エバが厳しい表情で言う。


 “凍破” は魔術師系第四位階。

 “氷嵐” は魔術師系第五位階。


 また最上層の魔物が下りてきてない限り、残るは氷息。


「そうだとするなら――」

 

 あたしはスマホを凝視した。

 白い画面が盛り上がり、長大なシルエットが浮かび上がる。


「やっぱり “東方龍マンダ” !」


 “ニューヨーク・ダンジョン” 最強の竜属ドラゴン

 ただし竜属は竜属でも、竜ではなく龍。

 すなわち世界蛇 “真龍ラージブレス” の正統なる眷属。


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669766039464


 極寒のもやの中に見え隠れする荘厳な姿に、あたしは畏怖に打たれた。

 しかもそれが――。


「三匹もいる!」


 靄の中でうねっているのは複数匹。

 最大出現数での襲撃だった。


 “東方龍” は主である “真龍” の意思によって、その力を大幅に制限されている。

 生命力ヒットポイントは最大で32で、氷息の威力はその半分だから16×3で、最大48ダメージ。

 ふたりならギリギリ耐えられるけど、タスクの回復力じゃ、あっという間に加護が底を突いてしまう。


(“聖水ホーリーウォーター” で回復して、また汲みに戻る!? でもこれ以上時間をロスしたら、お爺ちゃんやお婆ちゃんが!)


 古強者が足を踏み入れるような上層階を、探索者でもなんでもないただの高齢者がいつまでも彷徨うろついてられるわけがない。


(駄目! もう一秒だって無駄にはできない!)


「なんとかしなさいよ、お爺ちゃんたちの命が懸かってるのよ! あんたたちだって今は迷宮保険員でしょう!」


 スマホに向かって叫ぶ。

 叫ぶしか――叫ぶしかないじゃない!


 白い画面の奥で、大量にぶちまけられる音がした。

 “東方龍” の咆哮と、硬質の鱗が擦れ合う金属音がピタリと止む。

 冷気が散じ、ミルクのような靄が徐々に薄れ、シルエットが浮かび上がってくる。

 龍たちじゃない。

 もっとずっと矮小で、か弱い存在。


 意識を失ったタスクを抱きかかえ魔法の指輪の嵌まった彼の左手を、“東方龍” の舞っていた宙空へ向けたレ・ミリアがいた。


「年寄りなんて知ったことじゃない。でも――迷宮だろうと魔物だろうと負けるのはまっぴらなのよ」


 全身に霜をまとい重い凍傷を負いながら、その瞳は爛々と輝いていた。



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エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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第二回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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