第12話 ターニング・ポイント★

 ガシャン!


 ガシャン!


 ガシャン!


 タスクとレ・ミリアが一区画ブロック(一〇メートル)を進む度に、背後を一方通行の壁シャッターが封鎖していく。

 茫漠ぼうばくと果てなく続くように見えた階層フロアが、徐々に狭まっていく。


《――現在の座標は、“2、11” 。半分ほど来ました》


 タスクたちは階層の北端にある、エバから教えられた “聖水ホーリーウォーター” が湧き出る泉を目指している。

 回復効果のある水を汲み、付近にいるはずの増尾照男(82)と神宮タマ(79)のふたりの遭難者を捜すのだ。


《もう少し北上すると内壁が見えてくるはずです――あ、見えてきました。ようやくシャッター区域エリアを抜けられそうです》


 なんの情報もないまま探索を強いられた以前のエバに比べて、今回のあたしらには当のエバを含めた完全な攻略情報が揃ってる。

 各階層の構造、特徴、罠の位置、転移地点テレポイント再出現テレアウトの場所、生息する魔物の種類。

 すべてチャーター機の機内や米軍の前進基地で、短いながらも入念な説明を受け、想定できるあらゆる事態に対応した救出プランを、エバ自身が立てていた。

 

 上層への直通縄梯子ショートカットが消えてなくなり、“転移テレポート” による移動も封じられているのが判ったとき、即座に “要塞区域エリア” を抜ける計画に切り替えられたのも、事前の情報と経験があったればこそだ。


「? どうかしましたか、ケイコさん?」


 地図を確認していたエバが、あたしに見つめられてることに気付いた。


「あんたはあたしら全員の命綱なんだから、絶対に無理は駄目だかんね」


 それだけですべてを察したんだろう。

 微笑み、うなずくエバ。


「タスクたちはもうすぐ “聖水” の泉に着きそう」


「三階は玄室が少なくハクスラ強襲&強奪 には向きませんが、ねぐらにしている魔物がいない分、移動ははかどります」


 エバが言った側から、スマホからタスクの歓声が弾けた。


《――着きました、“聖水の泉” です! エバさんが言ったとおり、奇麗な水が湧き出ています!》


 そこは二×二区画の玄室で、“聖水” は南東の角に滾々こんこんと湧いていた。


《早速飲んでみましょう――んぐっ、んぐっ! ――ぷはーっ! これは五臓六腑に染み渡ります!》

 

《ちょっと、あんた馬鹿!? 毒味もしないでなにやってるのよ!》

 

《平気だって。だってエバさんが平気だって言ってたから》


《なによ、その頭の悪い構文》


《いいからレ・ミリアも飲んでみなよ! こうみなぎってくるからさ!》


「彼のあのキャラクターは迷宮ではとても貴重ですね。良いパーティには必ずひとりタスクさんのようなムードメーカーがいるものです」


「ただ脳天気なだけっしょ」


 不本意ながら画面のレ・ミリアと同じ表情を浮べたとき、そのレ・ミリアの顔色がサッと変わった。


《――タスク、これ見て!》


 タカ派の女戦士が泉の淵を指差す。

 彼女のカメラの先、半ば乾き半ば湿ったの埃だらけの床にあったのは――。


《足跡だね。それもごく最近の。なによりとても小さい。 “人間型の生き物スモールヒューマノイド” ?》


 タスクが試すように聞き返す。

 “人間型の生き物” とは、“犬面の獣人コボルド” や “小鬼オーク” といった獣人種の不確定名称だ。


《この迷宮に生息する獣人は “オークゴブリン” だけど、


《だとするなら増尾さんと神宮さんだね。数も合う》


 我が意を得たり、とばかりにタスクがうなずく。

 カメラを通して確認できる足跡はふたり分。

 子供のように小さな足跡だ。


《変》


《うん、変だ》


《《遭難者が水場から離れるのは変》》


 レ・ミリアとタスクがユニゾンする。


《他の魔物が飲みにくるから離れたのかな?》


《魔物は “聖水” は飲まないでしょ。これそのまま魔除けの魔方陣キャンプが描けるくらいな清らかさよ》


 整合性の無さに、タカ派のふたりが首をひねる。

 目前に湧き出ているのがただの甘泉かんせんならまだしも、高位の聖職者が清めた魔除けの “聖水” に匹敵するなのだ。

 魔物が飲めば逆に喉が焼けただれ、味わうのは筆舌に尽くしがたい苦痛のはず。

 言うなればこの泉の淵は、天然の魔除けの魔方陣キャンプなのだ。


《仮にも迷宮愛好会の人が、“魔除けの聖水” を知らないとも思えないし……変だ》


《考えてても仕方ない。水筒を満たしたら跡を追うわよ。手がかりを得られたのに、ウダウダしてるのは馬鹿のすること》


 レ・ミリアは “水袋ウォータースキン” に汲めるだけの “水” を汲むと、もう用はないとばかりに泉に背を向けた。

 タスクも慌てて水を詰めて、後に続く。

 小さな足跡は玄室を出ると、まっすぐに北に向かっていた。


《迷いがない。迷宮を、魔物を恐れていない……どういうこと?》


《まるで何かに導かれてるみたいだ》


 二区画進んだ先で足跡は左に折れて、西側の壁にある扉の奥に消えていた。


《……あの先には》


《……転移地点テレポイントね。五階への縄梯子に跳ぶ》


《……絶対に変だ。おかしすぎる。遭難者がどうしてんだ?》


 張り詰めた声で囁き合う、レ・ミリアとタスク。

 異常を告げる探索者のセンサーがそこかしこで警報を発していて、自然と声が低くならざるを得ない。


《……縄梯子のある玄室に転移しただけで、五階には上ってないのかも。お年寄りがあの長い縄梯子を上れるとも思えないし》


《……それを言ったら、一階からの縄梯子だって二階をスルーしてるんだから、同じ長さじゃない。そもそも年寄りがあの要塞を抜けられたこと事態、異常よ》


《……それは》


 レ・ミリアの正論に、タスクが言い淀む。

 この “ニューヨーク・ダンジョン” は最下層の一階から最上層の六階までの、六層構造。

 最初のタカ派の階層である三階へは、ハト派の二階を抜けて、二階層分の縄梯子を上らなければならない。

 縄梯子は普通の梯子を上るよりも、コツと体力がいる。

 素人の高齢者が上り切れるもんじゃない。


《……と、とにかく扉の奥を調べてみようよ。そこにお爺さんたちがいれば、それですべては解決――》


 ズンッ!


「……ヤバい」


 カメラを揺るがす地響きに、タスクたちが反応するよりも早く震える声が漏れた。


「どうしたのです、ケイコさん?」


「ヤバいよ、エバ……またあれだよ」


「え?」


「迷宮が……殺しにきてる」


 西の扉が吹き飛ぶような勢いで開き、真っ青な肌をした単眼の巨人が現れた。

  

https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669761032854



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エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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第二回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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