第11話 大蛇の迷宮★

「ひぃ、ふぅ、まだついてきてるかい?」


「ぜぇ、ぜぇ、ああ、ついてきてる。つかず離れずの送り狼じゃよ」


「魔物のくせに、なにモタモタしてるんだろうね。年寄り相手にそいうのは慎重じゃなくて臆病っていうんだよ、ひぃ、ふぅ」


 “所沢迷宮愛好会” の中で最年長の、金田よし(92)と今川伍吉(87)は、ひぃふぅ、ぜぇぜぇ、言いながら、ひたひたと後をつけてくる魔物に文句を垂れた。

 後をつけてくるのは送り狼ならぬ “人食い虎ベンガルタイガー” で、葦と伍吉があと七〇才若くても勝てる相手ではない。

 なので喰われたくなければ、ひぃふぅぜぇぜぇ、文句を垂れつつ、老骨に鞭打って歩くしかない。

 

https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16818023212990148178


「寛美、大丈夫かい?」


「……ええ」


 岡博(65)が、妻の寛美(65)を支えながら気遣う。

 ふたりは愛好会で唯一の夫婦で、最年少の会員である。


「……いっそひと思いに食い殺してくれればいいのに」


「そんなことを言ってはいけないよ。希望を捨ててはいけない。僕らは生きるためにここにきたんじゃないか。あと少しだけ頑張ってみよう」


「………………ええ」


「テルタマはどうしておるかのぅ。心配じゃのぅ」


 伍吉がはぐれてしまった、増尾照男(82)と神宮タマ(79)をおもんぱかった。

 

「照男はともかく、タマは跳ねっ返りだからね。きっとタカ派の階層フロアにいるんだよ。金魚の糞の照男も一緒にね」


「ピカッと光ったと思ったら、離ればなれになってしもうた……いったい、あの光はなんだったんじゃろ……わしら、いったいどうなってしまうんじゃろ……」


「そんなこと、あたしが知るもんかね! そもそも助けは本当に来てるのかい!? そのエバとかいう小娘はどこにいるんだい!?」


「……中継器がないから、ここではスマホがつながりません。エバさんが……救助が来てくれているかはわかりません」


 文句ぶぅぶぅの葦に、岡博が消沈して言った。


「まったくあのでみんな狂っちまったよ! ああ、もうあたしゃ頭にきたよ! 責任者でてこーい!」


 葦たちは当初、全員がまとまっていた。

 一階の先住の魔物がいない玄室で息を潜めて、エバ・ライスライトが現れるのを待っていたのだ。

 しかし突然眩い光が葦ら六人を包み込んで、気がついたときには立て籠もっていた玄室から移動していた。

 そればかりか、照男とタマの姿が見えなくなっていた。


 途方に暮れていると、弱り目に祟り目、泣きっ面に蜂とばかりに、見るからに凶暴そうな虎まで現れた。

 ただの虎は腹が減ってないのか、後をつけてくるだけで襲い掛かってはこない。

 なので四人は虎に追い立てられるように、ひたすらに歩き続けている……。


「こ、こりゃ、本当に迷宮探索じゃわい」


 伍吉が息も絶え絶え、述懐した。


◆◇◆


「お喋りはそこまで――徘徊する魔物ワンダリングモンスター遭遇エンカウント!」


 実況に夢中になっていた僕に、レ・ミリアの鋭い声が飛んだ。

 ハッと顔を、彼女の視線の先に向ける。

 “永光コンティニュアル・ライト” に照らされる広大な階層フロアに現れたのは、ざっと見て二〇人余りの薄汚れた、顔、顔、顔。


 “略奪者ルーター” ×6

 “魔女ウイッチ” ×7

 “戦士(のなり損ない)メン ・アット・アームズ” ×6


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669650051947

https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669650620598

https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669651436450


 “認知アイデンティファイ” の加護の効果で即座に、 みすぼらしい姿が “怪物百科モンスターズ・マニュアル” の知識と結び付く。

 事前にエバさんから受けていた説明では、この階層では頻繁に遭遇する魔群だ。


「魔物です! 魔物と遭遇しました! 僕たちはこれから戦闘に突入します!」


「数が多い――指輪を使って!」


 レ・ミリアが間髪入れずに指示を出す。

 “略奪者” にしろ “魔女” にしろ “戦士(……のなりそこない)” にしろ、個々の力は大したことない。

 でもこれだけの数になると話は変わってくる。 

 モンスターレベル2の “魔女” の “火弓サラマンデル・ミサイル” や “昏睡ディープ・スリープ” だって、七重にも唱えられたら甚大な被害を及ぼす。


 数は脅威だ。


 “魔女” は全員が “昏睡ディープ・スリープ” の呪文を唱えていた。

 “略奪者” も “戦士” も呪文が効果を発揮するまで、“魔女” を守って動かない。

 闇に呑まれ狂気に憑かれた連中だけど、灰と隣り合わせの迷宮で生存してきただけあって、決して馬鹿じゃない。

 分厚い肉の壁に守られて “魔女” たちは、悠々と呪文を紡いでいく。

 第一位階の魔法である “昏睡” の詠唱は短く、“魔女” は瞬く間に最後の韻を踏み、印を結ぶ――。

 

彼の敵マカ滅せよニト!」


 僕の発した真言トゥルーワードが、魔女たちの詠唱を一瞬で追い抜く。

 魔法の指輪に封じられた死滅の呪力が解放され、一九人の盗魔戦混成部隊の動きがピタリと固まった。

 そしてまばたきの間を置いて、ドシャッ!と盛大に塵の山となった。


「……ふぅ」


 僕は大きく息を吐き、左手のリストバンドに装着したスマホに顔を向けた。


「終わりました。やっぱりに出会うなら迷宮ではなく学校がいいですね」


 僕にしては会心の冗句ジョークのつもりだったんだけど、反応はナッシング。

 視聴者リスナーたちはもうひとつの画面に映し出される、荘厳な光景に目を奪われていた。

 全身に包帯を巻いた余りにも有名な不死属アンデッドたちが、清浄な光に包まれてサラサラと崩れ去っていく。

 “滅消ディストラクション” の無慈悲な塵化とは対照的な、尊厳に満ちた鎮魂の情景。


《灰は灰に、塵は塵に……どうか安らかにお眠りください》


 六体の“木乃伊マミー” に安らぎを与えたエバさんの、慈愛の祈りが画面から響いた。

 どうやらハト派向こう遭遇エンカウント していたらしい。


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16818093073833748473


《――終わりました。進みましょう》


 聖印を切るとエバさんが、ケイコさんのヘッドカメラに告げた。


《この “ニューヨーク・ダンジョン” の二階は、無数の蛇が絡みついて一匹の大蛇になったような構造をしています》


 エバさんが真っ直ぐに伸びる回廊を進みながら説明する。


《――ええ、そうです、ひとつひとつの回廊が蛇です。その蛇が無数に絡みついて、階層フロアの北西の角を頭、南東の角を尾にした、一匹の巨大な蛇に見立てられるのです》


 視聴者は海外の地図サイトを開いて、『確かに』『もっともだ』と同意している。


《四階に到達するには、この大蛇の尻尾の末端から頭の先端まで、階層を対角線上に踏破しなければなりません。さらにこの蛇は、南東⇒南西⇒北東⇒北西と文字どおり蛇行していて、始点縄梯子から終点縄梯子までの距離は、すべての迷宮のすべての階層の中でも、最長レベルでしょう》


 やがてエバさんとケイコさんは、南北に扉がある回廊の西端に到達した。

 ケイコさんが扉の安全を確認し、ふたりは南の扉を潜る。

 そこもまた一匹の小蛇――長く続く小蛇で、しかも今歩いてきた東に伸びていた。

 こうやって行ったり来たりを繰り返しながら、徐々に進んでいくのが二階なのだ。


(一面に壁がなく、一区画ブロック進むごとに後方が遮断される三階とは本当に対照的だ) 


 エバさんの話ではこの “ニューヨーク・ダンジョン” の基本概念は、対照と対称、そしてそれらの調和らしい。

 ハト派とタカ派が協力しなければならないところなんて、その最たるものだ。

 このふたつはまさに、対照であって対称。

 どちらかが欠けても、調和には至らない。


 パッと、エバさんたちの配信が暗くなった。


《大丈夫です。魔法の光を打ち消す罠です。それ以外の害はありません》


 慌てるコメント欄に、エバさんが落ち着いた声で語りかける。


《ここで慌てて “永光” をかけ直すと再び打ち消されてしまって、精神力マジックポイントを無駄に消耗してしまいます。“魔法封じの間アンチ・マジック・エリア” ではないので罠さえ抜ければ、また明かりは灯せます。それまでは線画の迷宮を楽しみましょう》


 悠然たるエバさんに、『確かに』『もっともだ』とまたも同意する視聴者たち。


(明かりの消えた迷宮を楽しむって……おさすがでございます)


 Dチューバーとしての実力と素養の差を見せつけられた僕であった……。


 エバさんとケイコさんは、光蘚ヒカリゴケが浮かび上がらせる線画の迷宮を行く。

 数区画進んだところで、北と西に扉が現れた。


《この西側の扉を抜けると、南東区域から南西区域になります。北の扉は帰路です。縄梯子始点に戻るときにはこちらを開けますが、一方通行なので間違って開けないように注意してください》


 エバさんはケイコさんに目配せし、西の扉を調べさせた。

 罠も魔物の気配もなく、ふたりは扉を開けた。


《ここからがこの階層の本番です》


 エバさんの声のトーンが変わった。

 穏やかさの中に、確かな緊迫感が漂っている。


《ここからは一方通行の扉が数多く出現するようになります。正しい順に扉を開けていかないと帰路を見失い、迷宮を彷徨うことになるのです。かつてわたしが所属してパーティも、初めてこの階層に足を踏み入れたときにその罠にはまり、大変な窮地に陥ってしまいました――そうです、階層の構造そのものが巨大な罠なのです》


 それからエバさんは、かつて体験した彷徨譚 “大長征” について話してくれた。

 

 まさに今いるこの付近で、一方通行の扉を潜ってしまったこと。

 その時はまだ生命力ヒットポイントにも精神力マジックポイントにも余裕があって、帰路を探すよりもマップを埋める作業に意識があったこと。

 そうして次々に一方通行の扉を開けてしまい、あたかも誘い込まれるように階層の奥へ奥へと踏み入ってしまったこと。

 次々に現れる格下の魔物と戦いで、徐々に消耗していったこと。

 パーティは帰路を見つけられないまま、逆に上層への縄梯子を発見したこと。

 疲労したパーティは魔物から逃れるために一旦、上層の四階に避難したこと。

 そこでさらなる魔物と遭遇したこと。

 その際の混乱で “示位コーディネイト” の呪文が使えず、始点縄梯子の座標を確認できなかったこと。

 そして魔物から逃走するうちに、縄梯子の位置を完全に見失ってしまったこと。


《最終的には、地底湖の岸辺に築かれた “湖岸拠点レイクサイド・キャンプ” に生還できました。結果だけ見れば初見の探索で二階と四階のほぼすべてを踏破できたわけですが、一歩間違えば確実に “苔むした墓” が建っていただろう、非常に危険な迷宮行だったのです》


 情報をまったく持たない初見の探索で、ふたつの階層のほぼ全域を踏破する。

 それがどれだけ困難で危険な道程だったか……同じ探索者になった僕には痛いほど理解できた。

 ここは彼女ほどの才能を持った探索者でも危機に陥る場所なんだ。


 バチン!


 僕は両のほっぺを、これでもかと叩いた!

 初めてのダンジョン配信で、どこか浮ついていた気持ちを吹き飛ばす!


 ――よし!


「目が覚めたみたいね――わたしたちも、そろそろ行くわよ」


 一見すると意味不明な動作だったけど、レ・ミリアはすべてお見通しだった。

 僕は再び緊張感に満ちた精神で、茫漠ぼうばくとした三階シャッター・フロアを北に向かう。



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エバさんがかつて体験した危機一髪の一大生還劇、“大長征” はこちらから

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742/episodes/16816700426848483173

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第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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第二回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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