第7話 プランB★

『四階と五階への直通縄梯子ショートカットが使えないとは想定外だ』

『一階 ⇒ 直通縄梯子 ⇒ 四階 ⇒ 二階に下りるほうが、一階 ⇒ 二階に行くよりも、全然楽ってこと?』

『そういうこと。一階から三階に行くのも同じ。一階の “要塞” 区域エリアが鬼門らしい』

『ちょっとよく分からない。一階⇒二階⇒三階って順番じゃないの、この迷宮?』

『ハト派は一階 ⇒ 二階 ⇒ 四階 ⇒ 六階最上層。タカ派は一階 ⇒ 三階 ⇒ 五階 ⇒ 六階』

『だからタカ派の縄梯子はハト派に比べて長いとか。出発前にエバさんが言ってた』

『どっかの馬鹿が直通縄梯子を使えなくしたから、面倒な “要塞” を突破しなければならなくなった』

『不謹慎だけど、そっちの方が燃える』

『↑そういうコメは5ちゃんでやった方がいい。ここは遭難者の家族も見てる』

『それを言うなら、殺人者のレ・ミリアが参加してるのはどうなんだよ? あいつがポッポたちにしたこと忘れたなんて言わせないぞ』

『レ・ミリアは死ぬべき』

『一度死んだだろ』

『だからそういう話は5ちゃんでやれ。コメ欄汚すな』

『俺はレ・ミリアを許さない。あいつは絶対に罰せられるべきだ』


「集中力が足りない」


 スマートウォッチでDチューブを見ていると、前を行くレ・ミリアから冷めた声を掛けられた。


「そんなんで殿しんがりをするなんて、?」


 あまりにタイムリーな言葉に、全身の毛穴が拡がった。


「ご、ごめん」


「レ・ミリアさんの言うとおりです。ここからは大気の微細な揺らぎすらも感じ取る鋭敏な感覚が必要になります。集中していきましょう」


 一×一区画ブロックの玄室。

 その西側にある扉の前で立ち止まると、エバさんが全員を見渡した。


「プランBを実行します――Anseilenアンザイレンを」


 背嚢リュックに収められていたザイルで互いの身体を結ぶと、雑嚢ポーチから水薬ポーションの小瓶を取り出す。


 “光学透過の水薬グラス・ポーション


 その名のとおり身体に振りかけることで光を透過し、透明になれる薬だ。

 パーティプレイが基本の迷宮で姿が見えなくなるのは混乱の元でしかなく、水薬の中では最も使い道のない薬と言われている。

 でも単独行ソロならその価値は、一八〇度逆転する。

 魔物に発見される危険は激減し、隠密時の安全は飛躍的に高まる。

 エバさんも常に一瓶は携帯しているという。

 

(……だけど四人とはいえ、パーティはパーティ。いくらザイルで繋いだからって、上手く動けるかどうか)


 僕たちは促成編成な上に、性格属性も違う。

 年期の入ったパーティの以心伝心のコンビネーションなんて望むべくもなく……。


「それでは水薬を振りかけてください」


 そういうとエバさんは率先して、呪文の封じられた水を身体に振りかけた。

 驚くほどムラ無く、エバさんの姿が掻き消える。

 ケイコさんとレ・ミリアも、躊躇することなく水薬を身体に掛けた。

 腹をくくって、僕も小瓶の栓を抜く。

 全員の姿が迷宮から消え去る。


「では物音を消します」


 周りには誰もいないのに、すぐ近くから “静寂サイレンス” の祝詞しゅくしが聞こえるのは、不思議な感覚だった。

 嘆願が聞き届けられ加護が効果を発揮すると、僕たちの気配は完全に消えた。


 おそらくはエバさんが合図を送ったのだろう。

 そしておそらくはその合図を受けた、ケイコさんが開けたのだろう。

 西側の扉が開いた。

 ザイルが引かれ、僕は扉を潜った。

 

 声に鳴らない叫びが漏れた。

 “静寂” の加護が掛かっていなければ、位置を暴露してしまったかもしれない。

 眼前に突然現れた、巨大な建造物メガストラクチャー


(これが海賊たちの “要塞” )


 話に聞き想像していたよりも、遙かに規模が大きい。

 まさに聞くと見るとじゃ大違いだ。

 ザイルが引かれ、まごつく足で進み出す。

 すぐ目の前の壁に粗末な木板が打ち付けられていて、


ほりの番犬に喰われるな!”


 と警告じみた言葉が彫り込まれていた。


(……言われなくても )


 要塞の周囲には深い壕が掘られていて、濁水には海賊が放した “番犬” が侵入者を捕食しようと潜んでいるそうだ。

 気付かずに近づくと、いきなり水の中からパックンチョ!らしい。


(それにしてもわざわざ警告するなんて……脅して追っ払おうって魂胆? それともこうして書いておかないと、海賊自身が忘れて食べられちゃうの?)


 冗談ではなく、迷宮に居続けると正常な判断力を失い、やがて狂気に囚われる。

 自分たちで放した “番犬” の存在を忘れて餌食になってしまうことだって、充分に考えられるのだ。


 要塞唯一の出入り口である正門は、ここからぐるりと回り込んだ西側にある。

 腰に結びつけたザイルは僕を北へと引っ張った。

 反時計回りで、正門に向かうらしい。

 先導するケイコさんは壕から可能な限り離れて進むつもりらしく、僕らは外壁に引っ付くように進んだ。


(……はぁ、はぁ……)


 仲間の姿が確認できないのは……なにより自分自身の姿が見えないのは、想像以上に消耗する。

 まるで溺れているような感覚に陥る。


 コツン!


(痛て)


 不意に立ち止まったレ・ミリアにぶつかってしまった。

 魔法で強化された背当てバックプレートの硬い感触に弾かれる。


(ど、どうしたの?)


 姿も音もないので、戸惑うしかない。

 誰かが僕の手を取った。

 エバさんだ、匂いでわかる(別に嫌らしい意味じゃないよ!)。


(……わ……な……を……し……か……け……ま……す……)


 罠を仕掛けます――。


(了解!)


 見えない顔で気張ってうなずく。

 これもプランBの一画で事前に、綿密なすり合わせをしてある。

 エバさんはこの迷宮の踏破者。

 当然、要塞の攻略法も熟知している。

 仕掛けの担当はケイコさんで、彼女が作業を終わるまで他の者は待機する。

 姿も音も消していて通常よりもよっぽど安全なはずなのに、裸で立っているような心細さを感じる。


(自分の身体がそこに見えて存在を確認できることが、精神の安定にどれほど重要だったか……身に染みてわかる)


 時間の流れがとてもとても遅く感じる……。


 ザパァ!!!


 突然目の前の壕が盛り上がり、濁水の中から巨大な怪物が現れた!

 海賊たちが番犬代わりに壕に放した、海竜シーサーペント


 “壕の怪物モートモンスター” !

 

https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669590777556


 飛び上がって、咄嗟に戦棍メイスを持ち上げた僕の手を、レ・ミリアが抑えた。

 力の入れ具合で、すぐに彼女だとわかる。

 掌を通じて彼女の言葉が伝わってくる。


“殺気を漏らすな”


 そうだ、海竜は竜属ドラゴンとはいえ、知性はない。

 本能で生きいている分、周囲の気配には敏感。

 る気を見せたら、感づかれる。

 僕は呼吸を楽にして、身体の力を抜いた。


 “壕の怪物” はしばらく目の前を悠々と遊弋ゆうよくしていたが、やがて再び濁り水の中に姿を消した。

 ドッと全身から汗が噴き出た。

 手首を掴んでいたレ・ミリアの力が緩み、気配が離れる。

 ケイコさんが罠を仕掛け終わったんだろう。

 ザイルが引かれて、パーティは動き出した。


(そ、それがいい。早くこんな場所からは離れよう!)


 絶えず壕に意識を向けながら、僕(たち)は西へ西へと進んだ。

 かなりの距離を歩くと、南に長く続く内壁に行き着いた。

 そこからは壁に沿ってさらに進む。

 見えない姿と響かない足音に、いい加減集中力が途切れかけたとき、左手にふたつ並んだ巨大な門が見えてきた。


(あれが要塞の正門!)


 外敵の襲撃に備える城門だけあって、見るからに堅牢無比。

 そして当然ながら閉まっている。

 そりゃそうだ。

 余程の僥倖ぎょうこうに恵まれない限り、簡単に入れるわけがない。


 ジリリリリリリリリリリッッッッ!!!


 と、僕たちがやってきた北の方からけたたましい警報アラームが響いた。 

 途端に要塞内が色めき立ち、すぐに巨大な門扉が開く。

 大挙して湧き出てくる、諸肌を脱いだ褐色の巨漢や、ターバンを巻いた船員風の男たち。

 手にした曲刀カットラスが、凶悪な光を放っている。


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669607562899

https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669589963121



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エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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第二回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj 

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