第6話 予想外は想定内?★
玄室に入るなり、目の前の光景に戸惑う僕。
目をパチクリさせて、普通なら玄室の中央に垂れてるはずのそれを視界内に探す。
ない。
そうか、ここは普通じゃないんだ。
きっと北・東・南の壁際に(西には僕たちが入ってきた扉がある)あるんだ。
(『普通なら』『普通は』――は、若者相手には禁句だ。普通の定義は人それぞれ。迷宮だって同じ。固定観念は迷宮の内外で有害だ)
僕はにこやかに、左右の壁を見た。
あっれーーーーー????
玄室の真ん中にも、
「……どうして、こうなった?」
呆然と呟く僕の隣で、レ・ミリアはずっと冷静だった。
「見て。何が見える?」
床に向かって、尖り気味の顎をしゃくる。
「何って……何も見えないけど?」
巨大な岩塊である孤島の一部を粗削りに
「あんた馬鹿? 何も見えないってことは、縄梯子は自然に切れたわけじゃなくて、上に引き上げられたってことでしょ――
「――あ!」
そうだ! レ・ミリアの言うとおりだ!
経年劣化で千切れたんだったら、床に縄梯子の残骸があるはず!
それがないってことは――。
「ど、どういうこと? 誰がやったんだろ?」
僕は、頭上はるかに続く漆黒の空間を見上げた。
五階にいる何者かが、僕たちの――探索者の邪魔をしているのだ。
「さあね、今わかるわけないじゃない。それよりここにいても仕方ない。戻るわよ」
レ・ミリアは素っ気なく肩を竦めると、さっさと玄室から出て行ってしまった。
慌てて追いかける。
再び扉を開けて孤島に出ると、
「あなたたちもでしたか」
別れたばかりのふたりがいて、エバさんが納得してみせた。
「どうやら、わたしたちを上に行かせたくない存在がいるようです」
エバさんたちもなのか。
偶然じゃない。やはり妨害工作なんだ。
「見当は付きますか? その、縄梯子を引き上げた奴に?」
レ・ミリアとケイコさんが口をつぐんでいるので、代わりに訊ねる。
おかしなもので、最も相性が悪いとされるハト派とタカ派の
「知能を持った存在なのは間違いないでしょう。ですが何者かを特定するには情報が不足しています。目的を推論するにはなおのことです」
「どうする? “
ケイコさんが訊ねた。
リーンガミル政府の支援で僕たちは全員が、一度だけ “転移” の呪文を行使できる “転移の冠” を装備している。
使い潰す気なら『行き』と『帰り』の分がある。
遭難しているお爺さんたちを見つけしだい連れ帰るために、帰りの分は是が非でも温存しなければならない。
『行き』で使ってしまうと、不測の事態に “転移” が使えなくなる……。
「これがその不測の事態か……」
僕は肩を落とした。
のっけから予想外の展開だ。
「それではわたしの冠を、タスクさんたちにお渡しましょう。わたしには “転移” が何度でも使える
打開策はまとまった。
タカ派のパーティは、エバさんから譲られた冠で。
ハト派のパーティは、エバさんの護符の力で。
お爺さんお婆さんがいる二階と三階に、直接跳ぶことにした。
魔力が干渉しないように距離を取り、エバさんと僕が
量子光が爆ぜ、視界がぐにゃりと歪み、そして――。
パーティは出発点に戻ってきてしまった!
魔力は確かに解放された。
その証拠にエバさんから渡された高価な魔法の冠が、鉛色の “
「どうなってるわけ?」
訳が分からない――といった顔のケイコさん。
「“転移” が封じられてるってことでしょ。そんなこともわからないの?」
「レ・ミリア!」
ケイコさんに蔑んだ視線を向けるレ・ミリアを、鋭くたしなめる。
迷宮で仲間割れは、御法度中の御法度だ。
「“転移” が封じられているのは、結果に過ぎません。考えるべきは原因の方です。 最上層以外での “転移” が認められていたこの迷宮で、なぜ今回は跳べないのか?
迷宮の
もちろんエバさんにも、“真龍” の真意は分からない。
わからないままに、こう付け加えた。
「“真龍” は星の意思にして代弁者。決して邪悪な存在ではありません。それがなぜ無害な高齢者の救助を阻むのか……大きな違和感を覚えます」
「それでどうするの? 年寄りを見捨てて、尻尾を巻いて逃げ帰る?」
苛立ちを隠さずに、レ・ミリアがエバさんを睨んだ。
ケイコさんがスッとエバさんの背後に回り、レ・ミリアを牽制する。
「もちろん尻尾は巻きません。わたしたちは徒歩で向かうのです。立ち塞がる障害は踏み倒し、行く手を阻む魔物は斬り伏せて―― “要塞”
この迷宮一階の北東区域には、深い壕に囲まれた巨大な “要塞” があるらしい。
そこにはアカシニアの海を荒らし回る、凶悪な海賊たちが
内部は多数の小部屋に区切られた複雑な構造をしていて、その最奥に二階と三階への縄梯子があるのだ。
足を踏み入れれば海賊との闘争は避けられず、事前の計画では無視が決まっていた区域だった。
「プランBで行きます」
エバさんの言葉に全員が無言でうなずく。
孤島を立ち去る前に、縄梯子の消えた玄室内に
行く先々で設置していかないと、配信が届かなくなる。
そうしてから僕たちは、海賊の根城に向かうべく湖面を引き返した。
最南のy軸0(南北の縦の座標のこと)のはずなのに、
探索者のいうところの “南の南に北がある” ――である。
その
「傷文字がある……バラ……バラ……? すり減っててよく読めないなぁ」
扉に刻まれた文字に気づいて判読を試みたものの、かなりの歳月を経ているらしく読み取ることはできなかった。
「
傷文字を見つめて、エバさんが説明してくれた。
「船の残骸などの腐り木で建てられた粗末な集落ですが、時空の歪みのため完全には朽ちておらず視界が悪いです。海賊の “
全員が表情を引き締める。
ケイコさんが扉を調べ、他の者は武器を手に警戒に当たる。
ケイコさんが親指を立てた。
A-OKのハンドサイン。罠も魔物の気配もなし。
エバさんが目でうながし、ケイコさんは慎重に扉を開けた。
……ギギッ、
錆びた
その耳障りな音に引き寄せられたのか、最初の魔物と
ケイコさんの名誉のために言うけど、決して彼女が聞き漏らしたわけじゃない。
なぜなら魔物は扉を開けた僕たちの気配に、初めて実体を持ったからだ。
床に堆積した塵が吸い寄せられ、人型と言うにはあまりにも不細工な姿を形作る。
「“
“塵人”
迷宮で
それが1、2、3……全部一二体も現れた!
https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669589390837
「
「それが一階から一ダースも出てくるわけ?
エバさんの冷静な言葉に、ケイコさんが呆れる。
「怖じ気づいたなら帰れば――」
「誰が――」
レ・ミリアとケイコさんが弾かれたように “塵人” に突進。
+2相当の
レ・ミリアは袈裟懸けにドラム缶の倍はあるかという身体を両断し、ケイコさんはまるで忍者のような一閃で首のない頭部を斬り飛ばした。
「タスクさんは前列を」
落ち着いていうなり、エバさんが聖鈴のような声音で女神に嘆願する。
次の瞬間、手で触れらるほどの神聖な気配が彼女から溢れ、後列の “塵人” を包み込んだ。
悪霊から解放され、サラサラと崩れ去る六体の “塵人”
「灰は灰に、塵は塵に……どうか安らかにお眠りください」
(ぼ、僕だって!)
「厳父たる男神 “カドルトス” よ――!」
訓練場で教わったままの
(あのエバさんと初めての共闘なんだ! 数が減った
「土に還れ、憐れな彷徨う者たちよ!」
僕は
厳しくも清浄な気配が身体の奥から底から湧き起こり、聖風となって残る四体の “塵人” を包んだ。
「どうだ!」
消え去ったのは1、2――二体だけ!?
「「発っ!」」
重なり合う、鋭い呼気。
再び大小の魔剣が煌めき、解呪に抵抗した残る二体を難なく斬り裂く。
「気負いすぎ。雑念だらけ。いいとこ見せようとするからよ」
レ・ミリアの辛辣な物言いに、ぐうの音も出ない僕。
「エバと張り合おうなんて、見かけよりも根性あるじゃん」
ニヤニヤと笑うケイコさんに、赤面するしかない僕。
「そういうときもあります。次はもっと上手くやれるでしょう」
エバさんまで……。
(こ、これは恥ずかしい)
駆け出しあるある。
エバさんたちとの初めての戦闘は、僕の未熟さだけが強調される結果になった。
この迷宮は何から何まで、予想外の想定外だ……。
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エバさんが経験した掘っ立て小屋エリアの探索は、こちらから読めます
https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742/episodes/16816700426049716129
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第一回の配信はこちら
https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757
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第二回の配信はこちら
https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579
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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!
エバさんの生の声を聞いてみよう!
https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj
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