一階
第5話 聖女の帰還
「――Attention!」
ザッ、
整列した兵士たちが
「Good luck, St.Evasan and Explorers」
迷宮に向かう僕たちに、前進基地の司令官が手向けの言葉を告げる。
「サンキュー、サー」
エバさんは微笑み、頭を下げた。
そして司令官以下アメリカ陸軍の精鋭に敬礼で見送られ、迷宮の入口に向かった。
その足取りは軽く、とても軽く、まるで憩いの我が家に帰るように軽やかだった。
残された
垂直な平面。
それが “
ニューヨークのど真ん中に突如出現した、大地を押さえる巨大な分銅型の
異世界からきた岩壁に挑むために世界各地から集まってくるクライマーと、周囲をパトロールする
クライマーたち曰く、
“探索者は岩山の内側を、俺たちは外を登ってる。なぜ俺たちだけ排除されなければいけないんだ”
そんな彼らを惹きつけて止まない垂直の岩壁に、大きな亀裂が一筋走っている。
岩盤を粗削りにして形作られた階段を上るとそこは、
“
二×二
“新宿ダンジョン” とは明らかに違う霊気に近い気配に、武者振いが走る。
世界蛇 “
エバさんが、スゥ……と静かに息を吸う。
細胞の隅々へと空気を染み渡らせるような、深い呼吸。
感慨の表情を浮べるエバさん。
彼女は世界三大迷宮のすべてを踏破したレジェンド。
この “龍の文鎮” もまた、彼女の一部なのだ。
「古巣に戻ってきました」
僕たちの視線に気付き、少しき恥ずかしげにエバさんが微笑した。
「それでは始めましょう」
エバさんの言葉に僕たちはそれぞれ装着しているヘッドカメラをオンにし、映像をオルソンさんが撮してくれていたカメラから切り替える。
隠密行動なので、目立つカメラドローンは飛ばさない。
「エバ・ライスライトです。わたしたちは今アメリカのニューヨークに来ています。これから “ニューヨーク・ダンジョン” で遭難した “所沢迷宮愛好会” の方々の救出ミッションを行ないます」
それからエバさんは、パーティのメンバーを紹介した。
パートナーとして認知され、人気も高いケイコさんは別として、僕とレ・ミリアが紹介されたときは驚きのコメントが溢れた。
特にレ・ミリアは酷い書かれようだった。
本人は素知らぬ顔をしてるけど、パーティが分かれたらコメント禁止にしようと、僕は憤怒しながら決めた。
「北西・北の扉を抜ければ、南東
南東・東の扉を抜ければ、北東の要塞区域に。
北東・北と北東・西の扉を抜ければ、地底湖に、それぞれ出ます」
エバさんが線画の玄室に見える四つの扉をそれぞれ指差し、説明した。
北西の扉が南東に。
南東の扉が北東に。
のっけから
地図はアナログとデジタルの両方で携帯し、頭にも叩き込んであるので、問題なく理解できた。
“灰の道迷宮保険” にも “リーンガミル政府” にも、情報は蓄積されているのだ。
「早く行こう。地底湖――迷宮湖を見てみたい」
ケイコさんが急かす。
とは言う物の声は冷静で、浮ついた気配はない。
ケイコさんのレベルは9.
エバさんを除けば、僕たちの中で一番の
レ・ミリアはもうすぐレベル9に認定される、レベル8.
僕に至っては、ようやくレベル7に認定されたばかりだ。
エバさんはうなずき、“
「では行きましょう」
僕たちは事前の取り決めどおり、
ケイコさん
エバさん
レ・ミリア
タスク(僕)
この一列縦隊で進発した。
レ・ミリアまでが前衛で、僕だけが後衛だ。
場合によっては、ケイコさん&エバさん。レ・ミリア&僕の
促成パーティの僕たちには、その方が取り回しがいい。
ケイコさんが北東・北側の扉を慎重に開けると、驚くべき光景が広がっていた。
視界いっぱいに、広大な湖が満々とした水を湛えていたのだ。
誰もが……エバさんさえ、言葉を失っていた。
迷宮内は風がないため湖面は鏡のように凪いでいたけど、微かな潮騒が聞こえる。
そう潮騒なんだ。
エバさんの話では、この湖は遙か異世界の海と繋がっているらしい。
(……異世界……アカシニアの海……)
万感胸に迫る僕の視線の先に、何かが映った。
目を凝らすと沖合に、小島らしき影が浮かんでるのがわかった。
「わたしたちは、孤島と呼んでいました。あの島にそれぞれ四階と五階に繋がる
エバさんの瞳が、遠くを見つめる。
「大アカシニアからリーンガミルへ向かっていたわたしたち一〇〇〇人の外交団は、王都を目前に “真龍” に召喚され、この地底湖の畔で生活することになったのです」
「一〇〇〇人も?」
「ええ、一〇〇〇人もです」
僕の言葉に、エバさんはニッコリした。
「孤島への道すがら案内しましょう。こっちです」
そういうとエバさんは水打ち際ではなく、敢えて北に向かった。
「小川がある?」
すぐに目の前に現れた小さな川を見て、ケイコさんが呟いた。
「用水路です。地底湖は汽水湖で淡水域から引き込んで生活用水に使っていました」
「プールがあるじゃないの。湖がすぐそこなのにこんな物まで掘ったの?」
「それは浴場の跡です。冷たい水では風邪を引いてしまいますから」
「お湯を沸かしてたの? どうやって?」
レ・ミリアが怪訝な顔をして訊ねた。
「鍛冶に長けた熟練ドワーフが
エバさんから語られる、驚きのサバイバルストーリー。
食料、燃料、その他あらゆる物が不足する迷宮で、一〇〇〇人の人間が智恵と力を結集して生き抜いた話は、僕に少なくない興奮と感動を与えた。
「なに目を輝かせてるのよ」
「僕もできることならご一緒したかったと思って」
ジト目のレ・ミリアに、後頭部に手を当てて『いやぁ!』と答える。
「馬鹿っぽい笑い――そこデカい穴が開いてるわよ。落ちても助けないから」
「おっと! ――ここはなんの跡です? ゴミ捨て場かな?」
「いえ、トイレの跡です。落ちたらわたしも助けたくないので気をつけてください」
慌てて飛び退った僕の耳に、エバさんの囁きが届いた。
「迷宮や兵どもが夢の跡……ただいま、わたしたちの “
・
・
・
僕たちは “
エバさんが雑嚢から、小さめの洋酒のボトルを取り出す。
“
一見すると精緻な工芸品にしか見えないが “
四階、五階への直通縄梯子を使うための
同様の物を僕も渡されていて、状況によってはタカ派のパーティだけでも湖を渡ることができた。
僕たちはこの
お爺さんとお婆さんがいるのは二階と三階だけど、いったん四階と五階に上って、そこから下りた方が断然に早かった。
四階・五階とも、小島からの直通縄梯子と階下である二階・三階に下りる縄梯子は指呼の間であり、なによりあの “要塞区域” を通らなくてすむ。
水の上を歩く――。
子供のころに夢想した体験に胸躍らせながら、僕たちは “孤島” に向かった。
島は二×二区画ほどの広さがあり、半分ほどをふたつ並んだ扉が閉めていた。
この扉の奥がそれぞれ一×一の最少の玄室になっていて、四階・五階への縄梯子が垂れていた。
左側が、ハト派の四階。
右側が、タカ派の五階。
エバさんとケイコさんは左に。
レ・ミリアと僕は右に。
ここでパーティは分割される。
「ではお気を付けて」
「エバさんたちも」
レ・ミリアとケイコさんが互いにそっぽを向いているので、エバさんと僕で互いの無事を祈り合った。
そしてふたつのパーティは同時に扉を開けた。
「………………」
予想外の……展開。
眼前に垂れているはずの縄梯子が……ない。
あっれーーーーー????
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エバさんが経験した、一〇〇〇人の迷宮サバイバル譚はこちらから読めます
https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742/episodes/16816452221435745916
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第一回の配信はこちら
https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757
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第二回の配信はこちら
https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579
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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!
エバさんの生の声を聞いてみよう!
https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj
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