奴隷と主人

「ふふっ、大漁♪ 大漁♪ ――です♪」


 輜重隊から配給された食材を手に、急ぎ足でご主人様の元に帰ります。

 バスケットには、卵が八個(明日の朝とお昼の分も含めて)に、鶏肉の燻製が一塊。

 黒パンがやはり一塊。

 他にも山羊のチーズとバターを少しもらえました。

 新鮮なお野菜がないのが残念ですが、旅空の下、贅沢を言えば罰が当たります。

 それに流通網が発達していないこの世界の人たちは、元々あまり生鮮野菜を摂らないのです。

 昨夜の配給ではニシンの燻製キッパーがメインディッシュだったので、輜重隊の方でも食材が偏らないように、いろいろと工夫を凝らしているようです。


 ふん、ふん、ふん、ふ~ん♪


 急ぎ足はやがてスキップになり、行き違う近衛騎士や従士の人がポカンとした顔をしていました。


「ご主人様、エバ・ライスライト、ただいま戻りました」


「…………ぉぅ」


「声が小さいですね。わかります。お腹が空いて元気が出ないのですね。まっていてください。すぐに美味しい晩ご飯を作ってあげますから」


「……」


 ご主人様は面倒くさがり屋さんですが、それでも最低限の仕事はやっておいてくれました。

 水を汲んできて、火を熾しておいてくれたのです。

 ご主人様は、わたしの邪魔にならないように焚き火から少し離れた場所に腰を下ろして、蒸留酒の小瓶をチビチビやっています。

 ご主人様はお酒さえ飲んでいれば、睡眠欲・食欲・性欲といった人間の三大欲求をすべて忘れてしまう人なので、少々時間が掛かっても大丈夫だったりします。


 すぐ近くでは “フレンドシップ7” のみんなや “緋色の矢” の皆さんが、やはり焚き火を熾して夕食の準備をしていました。

 ハンナさんは “フレンドシップ7” と一緒です。

 フェルさん共々、先ほどからチラチラと牽制の視線を投げてきますが、今夜はわたしの番なので、そんな恐い顔をしても駄目ですよ。


 ふっ、ふっ、ふっ!


 わたしは不敵な笑いを浮かべて、背嚢から城塞都市で買ってきたを取り出すと、鉄鍋と一緒に近くの小川まで持っていきました。

 小さめの麻袋サックに入ったそれを鉄鍋に移すと、澄んだ小川の水でしゃしゃっとます。


 そうなのです。

 この世界にも “お米” があるのです。

 主に帝国の人たちが南蛮と呼んでいる南方の国々で栽培されていて、少量ですが城塞都市にも輸入されています。

 しかも売られているお米は、驚くことにちゃんと精米された物です。

 なんでも玄米は白米よりも炊くのに時間が掛かる分、余分に燃料代が必要になり、平野部にある城塞都市では売れないのだそうです。

(山野が遠い城塞都市では、燃料代は夏でも割高なのです)

 支給された黒パンは明日の朝ごはんにして、今夜はこれでお母さんから教わった、わたしのを作ってあげましょう。


 わたしは鉄鍋に研いだお米と水を入れて蓋をし、焚き火にかけました。

 しばらくお水に浸しておいた方が美味しく炊けるのですが、野営中にそこまで贅沢はできません。

 お鍋でご飯を炊くのは、火加減などいろいろと難しいのですが、大丈夫です。

 出立するまでに何度も(こっそり)練習してきたので、コツはつかめています。

 数えきらないほどの焼きお握りとお粥が、わたしを叩き上げたのです。

 今のわたしは “飯ごう炊さん” ならぬ、“鉄鍋炊さん” の達人なのです。


 さて、ご飯を炊いている間に他の準備をしましょう。

 鶏肉の燻製を短刀ダガーで適当な大きさに切り、何日か前の配給で取っておいたオニオンをみじん切りにします。

 さらに、フライパン(フライパンは探索者・冒険者の必需品です。お料理はもちろんのこと、いざという時には盾にもなれば矛にもなります。ホビットの勇士 “サムワイズ・ギャムジー” は、これ一本で “オークゴブリン” を何匹もしてみせたのです)の準備をします。

 さあ、あとはご飯が炊けるのを待つとしましょう。

 待つことしばし。


 ――そろそろ、いいでしょう!


 “鉄鍋炊さんマイスター” の勘が、頃合いヨシ! と告げました。

 ミトンをつけて、鉄鍋を焚き火から下ろします。

 そして、ここからが忍耐の時間です。

 ふっくらとしたご飯に仕上げるための、蒸らしの時間です。

 何があっても、蓋をとってはいけません。


(赤子泣いても蓋とるな。赤子泣いても蓋とるな)


 胸の内側で、念仏のように唱えながら一〇分ほど待ちます。

 ここまでですでに四〇分ほど時間が経っていて、他の焚き火では食事の真っ最中だったりしますが、キニシナイ。

 さらに待つことしばし。


(ライスライト、鷹よ! 獲物を捕らえる鷹の目よ!)


 キランッ!


(今です!)


 刹那のタイミングも見誤らずに、サッ! と蓋をとります!

 途端に噎せ返るような熱い匂いが、辺りに広がりました。

 う~ん、この芳醇な香り、デリィシャス――です!

 わたしは炊きたてのご飯の匂いを大きく吸い込んで、大満足の表情を浮かべました。


(よくやりました、ライスライト。お米がとても喜んでいますよ)


「…………」


 ご主人様が、口元にやった蒸留酒の小瓶を止めて、こちらを見ています。

 炊きたてご飯の官能的な香りは、ノンベのご主人様の琴線にすら触れたようです。

 わたしは “うんうん” とうなずくと、掌をご主人様に向けました。


 Wait! Wait! A-OK! A-OK! Don't Worry! Don't Worry! Don't koi!


 わかっています。

 わかっていますとも。

 すべて、このわたしに任かせてくださいませ。

 さあ、ご飯も炊けて、一口コンロならぬ一口焚き火も空きました。

 いよいよ、ここからが本番です!





「――上手にできましたーーーー!」


 エバ・ライスライト特製、オムライスです!

 見事です! お見事です、わたし!

 この黄金色に輝く完璧な紡錘型といい、ふっくらふわふわ感といい、家にいたときでも、これほどの物は作れませんでしたよ!

 パーティのみんなに隠れて、こっそり練習してきた甲斐があるというものです!

 ご主人様、長らくお待たせしたしました!

 さあ、お腹いっぱい、


「「――突撃、となりの晩ご飯!!」」


 呼んでもいないのに、フェルさんとハンナさんがじゃじゃじゃじゃーん……。


「……なんですか、それは」


「「――突撃、となりの晩ご飯!!」」


「ああ、もう! の日ですよ、邪魔しないでください! 勝負は正々堂々すると約束したではありませんか!」


「そうよ、今夜はあなたがよ」


「そのとおり。つまりそれ以外はわ」


「な、なにを言っているのか、頭の先から尻尾の先までまるでわかりませんが」


「「――そのお料理に書かれている文字はなに!」」


 フェルさんとハンナさんがドーンと、わたしが手にしているオムライスに、トマトケチャップ(城塞都市で作って持ってきたんです。意外と日持ちがするんですよ)で書かれた文字を指差します。


「うっ、こ、これは……」


「「LOVE――なにっ、この文字の意味するところはっ!?」


「こ、これは……」


「「これは!?」」


「これは……」


「「これは!?」」


「長寿と繁栄を――わたしのいた世界の文字で、そういう意味です」


 中指と人差し指、薬指と小指を合せた掌をおふたりに向けて、重々しく答えます。

 バルカン星人、ウソツカナイ。


「「ぜーーーったい、嘘!!」」


「ほんとですよ~」


 視線を逸らして、口笛ピ~プ~♪ 吹いている~♪


「とにかく、これはそういう意味です。おふたりが考えているような意味は、まーーーーったく、これっぽぉーーーっちもありません!」


 証拠があるなら、出してくださーーーい。


「「ぐぬぬぬぬっ!」」


 真っ赤な顔で歯ぎしりをする、フェルさんとハンナさん。

 と、ふたりでなにやらヒソヒソと談合を始めます。


「な、なんです? まだなにかあるのですか?」


「「そのまま待ってて! 今、“リードマジック” か “リードランゲージ” を使える魔術師メイジを探してくるから!」」


「ええっ!? そこまでしますか、普通っ!?」


「「するのよ! いい、待ってるのよ!」」


 ふたりはそういうと、決死の形相で二手に別れて野営地に散っていきました。


「……わたしも大概ですが、あのふたりも大概です」


 こうしてはいられません!


「ご主人様っ!」


「な、なんだ?」


「慌てず、急いで、心の底から味わって、カッ喰らってください!」



「ど、どうですか?」


 ドキドキドキ……!


「うん……美味ぇ」


「本当ですか!?」


「うん……本当に美味ぇ」


 ご主人様は焚き火の側に腰を下ろして、ボソボソとわたしの作ったオムライスを頬張っています。

 いつもの仏頂面でもなく、憎まれ口を叩くでもなく、その表情はどこか狐に摘まれたような、呆然としいているような、美味しい物を食べているときに浮かべるには似つかわしくないものでした。


「……変だな」


「? なにがですか?」


「……初めて食べる料理なのに、前にも食ったことがあるような気がする」


 ご主人様は燃える焚き火を見つめながら、木製のスプーンと口だけを動かしています。


「……前にも」


「……?」


「……前にも何度か作ってあげたことがあるんです。好きだった男の子に」


「……」


 ご主人様のスプーンと口が止まりました。

 焚き火に向いていた顔が動いて、わたしを見ました


「意外ですか? わたしにもいたんですよ、好きだった男の子が」


「……ハヤトくんか?」


 わたしは静かに顔を横に振りました。


「……違います。別の男の子です」


 見つめる焚き火の中に浮かんでいるのは、幼馴染みの男の子の顔ではありません。

 この焚き火の炎よりも、もっとずっと激しい炎に灼かれて消えた、わたしの……。


「……」


 ご主人様が再び焚き火に向き直って、オムライスを食べ始めました。

 わたしも自分の分のオムライスを頬張ります。

 フェルさんとハンナさんが、遠巻きにわたしたちを見ています。

 何だかんだいって “女の仁義” は守ってくれているのです。

 やがてご主人様が食べ終わり、だいぶ遅れてわたしも食べ終わりました。


 食器を洗ってきます――。


 わたしはそういって、汚れた鉄鍋に木皿やフライパンを入れて小川に向かいました。

 流れの淵にしゃがみ込み、ガシャガシャと汚れ物を洗います。

 流れに映り込んでいた美しい月が、滲みます。

 食器を洗うのをやめても、まだ滲み歪んでいます。

 水面の月が乱れているのは涙のせいだと気づき、捲っていたローブの袖で拭いました。

 不意に人の気配がして、わたしのすぐ横に同じようにしゃがみ込みました。


「どうしました?」


 グスッと鼻を啜って、隣にしゃがみ込んだご主人様に訊ねました。

 ご主人様はわたしの横に置かれている、まだ洗っていない食器に手を伸ばして、自分も洗い始めました。

 わたしもそれ以上は何も言わず、黙って食器を洗います。


「……」


「……」


「……」


「……」


「……ライスライト」


「……はい」


「……おまえが、俺の奴隷になりたいっていうのなら……それでおまえの気がすむってのなら、俺ぁ別にそれでも構わねぇ」


「……」


「……だけど、俺はおまえを奴隷だとは思わねえし、思いたくねぇんだ。おまえはなんというか、もう俺のだし、っていうのは、奴隷にしたり、されたりしちゃいけねえもんだと思ってる……だから」


 ご主人様の手が止まり、月が穏やかになりました。

 わたしの手はとっくに止まっています。


「……だから?」


「……だから、俺のことはもうご主人様と呼ぶな」


 わたしの手が再び動き始め、川面の月が乱れました。


「……それじゃ、なんて呼べばよいのですか? 奴隷でいていいって言っておいて、それじゃ矛盾してます」


 今までになく月が激しく乱れます。


「……俺ぁ、気づいたんだ。おまえにご主人様と呼ばれるようになって……おまえにその……アッシュロードさんって呼ばれるのが嫌いじゃなかったっていうか……気に入ってた……ことに」


 月がまた静かになりました。

 わたしは洗い終わった自分の食器を、一番最初に清めた鉄鍋の中に入れました。

 そしてご主人様の手から、水の中でガチャガチャしているだけで、少しも奇麗になってない木皿をとりあげます。

 わたしは黙って食器を洗い直し、月がまた不機嫌になりました。


「……」


「……」


「……」


「……邪魔したな」


 流れの淵から、わたしの所有者が立ち上がります。


「まって」


 ……まって。

 今、伝えるから。

 ちゃんと、伝えるから。


 わたしも立ち上がり、自分の所有者である男の人に向き直ろうとしました。

 向き直って、向き合って、何かを伝えようとしました。

 何を伝えようとしたのかは、自分でもわかりません。

 ただそれが、奴隷という本来悲しむべき立場に拘泥する、歪んだ気持ちの延長線上にある言葉だということはわかりました。


 奴隷でいいから、この人の近くにいたい。

 奴隷でいいから、この人の物になりたい。

 奴隷でいいから、少しでもあの時の自分を取り戻したい。

 まるで小川に映る月のように、常に揺れて波立つ、歪んだ渇望。


 しかし……向き直る途中で、視線はあの人の背中ではなく、遙か夜空に吸い寄せられていました。

 揺れる水面ではなく、流れる川面でもなく、静逸な蒼い夜空に浮かぶ真実の姿に吸い寄せられてたのです。


 そして……そして……。

 そして――。

 わたしは、伝えました。


「月がきれいですね……アッシュロードさん」


「ああ、そうだな」


 わたしたちはそれから少しの間、同じ夜空に浮かぶ同じ月を見つめていました。


◆◇◆


 リーンガミル聖王国への旅は、長く、楽しく、時に悲しく。

 大小の冒険を含む、波乱に富んだものでした。

 それらのエピソードについては、いずれお話することもあるでしょう。

 でも、今は旅の終わりの先にあった話をさせてください。


 わたしたち “リーンガミル聖王国親善訪問団” の数ヶ月にわたる旅も、ようやく終わりに近づいてきました。

 なぜなら、“それ” が見え始めたからです。

 男神と女神が創り賜ふた魔法世界アカシニア。

 その最大の大陸である “ルタリウス” を東西に貫く大陸公路から “それ” が見え始めたときこそ、聖王都 “城塞都市リーンガミル” が間近になった証なのです。


「……あれが “龍の文鎮”」


 馬車の窓から視界に入ってきた巨大な岩山を見て、わたしは畏怖に打たれました。

 荒野に天を穿つように聳える、孤山。

 西部劇でよくみる “モニュメント・バレー” や、有名なSF映画にも登場した “デビルスタワー” に似た形をしていますが、それよりももっとずっと、遙かに大きいです。

 周囲に比較するものが何もない状態で、しかもまだかなりの距離があるのに大きさを実感できるのは、相当な規模なのです。


「……文鎮とはよくもいったものね」


 やはりわたしと同じように岩山に釘付けになっているフェルさんが、ポツリともらしました。


「……ええ、そうですね」


 まるで大地を圧し、抑えつけているような形状は、まさしく文鎮――分銅型の文鎮です。


ふもとからの頂上までの高さは一〇〇〇メートル以上あるそうよ。しかもその内部には――」


「……世界三大迷宮のひとつ、“真龍ラージ・ブレスの迷宮” があるのですね」


 ハンナさんの説明を引き継ぐ形で、わたしは頷きました。

 迷宮無頼漢探索者たちの常識にして、語り草。

 世界に三つの大迷宮あり。


 ひとつ、紫衣の魔女大魔女アンドリーナの造りし、“狂王の試練場”

 ひとつ、僭称者役立たずの置き土産たる、“呪いの大穴”

 ひとつ、世界蛇が生み出せし、“真龍の迷宮”


 わたしたちが今目にしている岩山の内部には、全六層にも及ぶ巨大な迷宮が存在しているのです。

 その時、不意にアッシュロードさんが座席から立ち上がり、窓から顔を出して “龍の文鎮” を睨みました。


「……」


 眉を顰めて食い入るように見つめています。

 まるで、必死に記憶の中の風景を探しているような……そんな表情です。


「アッシュロードさん?」


、どうしたの?」


「閣下?」


「……あの岩山に見覚えでもあるのか?」


 わたしとフェルさん、そしてハンナさんに続き、開いた書物から目を上げないままトリニティさんが訊ねました。

 トリニティさんはリーンガミルの生まれだと聞きます。

 だから “龍の文鎮” にも見慣れていて、興味が湧かないのでしょうか?

 いえ、それでしたらなおのこと、長い間離れていた故郷の景色です。

 誰よりも視線を奪われるのが当然だとも思いますが。

 トリニティさんの声は冷静で、聞きようによっては冷たい感じさえしました。


「…………いや」


 アッシュロードさんは夢から醒めたように、再び座席に腰を下ろしました。

 すぐに腕を組んで目を閉じてしまいます。

 うつむきがちの顔は、いつもにも増して疲れた風に見えます。


(……)


「あの迷宮、今は入れなくなっているって本当かしら?」


「本当らしいです。探索者ギルドの方にもそういう報告が来ています」


 アッシュロードさんを気遣ったのでしょう。

 フェルさんとハンナさんが、話題を変えました。


「どういうことですか?」


「迷宮の入口が落盤で埋まってしまったらしいんです。それであの迷宮を稼ぎ場にしていた冒険者たちが困っているとか」


「リーンガミルの王宮は、なにも手を打ってはいないの?」


「復旧作業などは行われていないようです。王宮にしてみれば、冒険者の稼ぎ場がひとつ減った程度ですからね。伝説の “護符” を盗んだ大魔術師が逃げ込んでいるとかなら話も違うのでしょうけど」


「リーンガミルの冒険者ギルドはどうなの? 冒険者たちの稼ぎ場が減れば、ギルドの収入にも響くんじゃない?」


「それがそうでもないの。“龍の文鎮” が閉ざされてすぐ二〇年ぶりに “呪いの大穴” が解放されて、冒険者はみんなより稼ぎのいいそっちに移ってしまったらしくて――」


「――ああ、そういうことだったのですね!」


 わたしはポンッと拳で掌を叩きました。

 今にして、ようやく腑に落ちました。


「どうしたのよ、いきなり」


「“死人占い師の杖ロッド・オブ・ネクロマンシー” ですよ。ドーラさんが少し前に言っていましたよね? ボルザッグさんのお店からあの杖の在庫がなくなって困ってるって。あの杖が発見されるのは “龍の文鎮” の迷宮だけらしいですから……」


「ああ、なるほど」


 フェルさんも合点がいったようです。


「“森でシルフィードが微睡めば、砂漠でベヒモスが猛り狂う” ね」


「あはは……ですね」


 風吹けば桶屋が儲かる。

“龍の文鎮” の入口を塞いだ落盤が、巡り巡ってあの “スタンド・バイ・ミー死体捜しの旅” 事件に発展したのですから、まさしくフェルさんの言うとおりです。


「考えるべきはそこではないよ」


「「「……え?」」」


 相変わらず書物から顔をあげないトリニティさんの言葉に、キョトンとする三人娘。


「それは結果にすぎない。考えるべきは原因の方だ。なぜ、落盤が起きたのか。あの岩山は “真龍” の強大な力によって護られている。本来なら落盤で入口が塞がれるようなことはありえないし、あってはならないのだ。思考を傾けるべきは、なぜ “真龍” がヘソを曲げたのか――その理由だよ」


「“真龍” がヘソを曲げた理由……」


 トリニティさんの言葉を、口の中で反芻します。

 でも、反芻しただけです。


「あはは……わかりませんね、まったく」


「もう降参か?」


僧侶プリーステスの仕事は、考えることではなく感じることですから……」


 そういうのは、あとでパーシャにやってもらいましょう。

 せめて “真龍” さん?の声でも聞こえればよいのでしょうが、それではプリーステスはプリーステスでも、巫女の方になってしまいますし――。



*** 異邦人たちよ、来たれ! ・マピロ・マハマ・ディロマト! ***



 ほら、例えば今みたいな野太くて、いかにもドラゴンな声が聞こえ――。

 次の瞬間、視界がぐにゃりと歪みました。

 こ、これは経験があります。

 アレクサンデル・タグマンさんが、地下二階の玄室で作動させた “強制転移テレポーター” の罠――。


 ええーーーーっっっ!!!?


 長い旅路の果てに――よりにもよって目的地の目前で、わたしは――わたしだけでなく “リーンガミル聖王国親善訪問団” の全員が、まるっとまとめて、世界を支える五匹の蛇の子とも言われ、この星の意思そのものとも言われている “真龍” よって召喚されてしまったのです!


 ちょ、ちょっとまって、まってください!

 いくらなんでも――さすがにその発想はなかったですよーーーーーーーーー!



--------------------------------------------------------------------

次回、エバとアッシュロードが挑むのは、“グッド” と “イビル” の協力が必要なあの迷宮。

迷宮保険、ついにLOL篇に突入!

--------------------------------------------------------------------

迷宮保険、初のスピンオフ

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信~』

連載開始

エバさんが大活躍する、現代ダンジョン配信物!?です。

本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

--------------------------------------------------------------------

迷宮無頼漢たちの生命保険

プロローグを完全オーディオドラマ化

出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

下記のチャンネルにて好評配信中。

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る