第3話 特命全権大使 プリンセス・エルミナーゼ
美しい……本当に美しいとしか、表現のしようがない女性だった。
豊かな栗色の髪をすっきりとアップして、こっち側の世界のスーツ姿だったけど、間違いようがない。
無論、もちろん、当然、この人――このお方のことはよく知っている。
リーンガミル聖王国、在
「初めまして。エルミナーゼ・リーンガミルです」
エルミナーゼ王女の黒い瞳が微笑み、母性的な温かさが僕たちを包んだ。
それでいて確かに感じる
「は、初めまして、ケイコです!」
「タ、タスクです」
「……レ・ミリア」
夢から覚めたように、弾けたように、背筋を伸ばして名乗る僕たち。
「お久しぶりです、エバ」
「お久しぶりです、殿下――いえ、大使」
(((――え?)))
ふたりのやり取りに、他の三人がきょとんした。
「彼女とは向こうの世界で共に戦った仲なのです。故国リーンガミルとわたし自身の窮地を救ってくれました」
「わたしひとりの力ではありません。多くの仲間とそれ以上の尊い犠牲があったればこそです」
エバさんの言葉に王女はうなずき、
「長時間のフライト、お疲れでしょう。どうぞ、お座りになってください」
と、勧めてくれた。
大使館は現代的な外観と機能美に溢れていたけど、応接室は近代風だった。
家具はすべて白を基調とした
「し、失礼します」
僕はギクシャクした動きで、ロココ調? ヴィクトリアン調? ――に似た様式のソファーに腰を下ろした。
無論、もちろん、当然、背中を預けるような真似はしないし、出来ないし、考えもしない。
「どうぞ、楽になさって」
しゃちほこばる僕に、エルミナーゼ様が微笑んだ。
「い、いいい、いえ、め、滅相もありません」
グサグサグサ!っと、レ・ミリアから魔剣の切っ先のような視線が突き刺さる。
チリン、チリン、
エルミナーゼ様がテーブルの上の
物凄く整った顔の若い女性だったが、表情はまるでなく、これぞ本物のメイドとも言うべき、プロフェッショナルな流儀がひしひしと感じられた。
そして洗練された
芳醇でかぐわしい香りが拡がり、応接室の空気を和らげた。
「ありがとうメリッサ――さあ、お上がりください。メリッサの淹れるお茶はとても美味しいのですよ」
“午後ティー” 専門の僕にも、このお茶が凄く良い香りで、凄く美味しくて、凄く高価なことは(語彙力)、よくわかった。
一口含むだけで、全身の疲れが吹き飛ぶ気がした。
「リーンガミルのハーブ茶です。精神の高ぶりを抑えて、緊張した心身を解きほぐす効果があります」
自身もティーカップに一口くちをつけて、エルミナーゼ様が説明してくれた。
そして――。
「状況は切迫しています。遭難から今日で三日。六人はまだ命を長らえていますが、高齢であることを考えればすでに限界は超えているでしょう」
メリッサさんがお辞儀をして出て行くと、エルミナーゼ様が茶碗を受け皿に戻し、ズバッと本題に入った。
リラックスしかけていた空気は一気に、臨戦態勢のそれに塗り変った。
「“
「
「ええ。何かの拍子にはぐれてしまったのでしょうね。“
「世界蛇 “
「現在のところ “龍の文鎮” と入れ替えに転移したセントラル・パーク一帯の自治権と引き換えに、“ニューヨーク・ダンジョン” はリーンガミルの管理下にあります。しかしここで一般人に犠牲者を出したとなると世論の風向きが変わって、これまでに積み重ねてきた交渉結果が揺らぎかねません。リーンガミルとしては、絶対にそれは避けたいのです」
エルミナーゼ様――リーンガミル政府の危惧は、僕の中でストンと腑に落ちた。
アカシニアのリーンガミル聖王国と、地球のアメリカ合衆国。
原因不明の現象によって互いの領土がある日突然、入れ替わってしまったのだ。
得体の知れぬ異世界人の国家同士。
適当な落とし所を見つけるのにどれだけの労苦があったかは、想像に難くない。
全面戦争にならなかったのは、むしろ奇跡に近い。
“あちら側” に転移してしまった何万人ものニューヨーク市民を手厚く保護した、リーンガミル聖王国女王 “マグダラ四世” の政治的手腕――人柄のお陰だった。
「ならなんで
レ・ミリア~~~~!!!
「迷宮はすべての願いが叶う場所。その意思がある人間なら誰であろうと、足を踏み入れられなければならない――それが陛下のお考えなのです」
エルミナーゼ様が穏やかながらも、確固として告げる。
僕は確かに、そこに王女の母である女王マグダラ陛下の姿を重ね見た。
「長旅でお疲れでしょうが、あなた方にはすぐに迷宮に潜っていただきます。どうか我々に力をお貸しください」
そういってエルミナーゼ様が、頭を下げた。
「顔をお上げください。わたしたちはそのために来たのです。否やはありません」
「そ、そのとおりです、殿下――大使!」
「そうそう」
「払うものを払ってくれれば文句はないわ」
エバさん、僕、ケイコさん、そしてレ・ミリアが、それぞれの言葉で覚悟を示す。
「ありがとうございます。リーンガミルは出来うる限り、あなた方を支援します――入ってください」
「失礼します」
エルミナーゼ様が呼ばわると、凜々しくも端正な顔立ちをした青年が入ってきた。
「駐在武官のオルソン・ハーグです。迷宮の入口まで同行し、後方との連絡と調整を行ないます」
「オルソン・ハーグです。御見知り置きを」
オルソンという青年は型どおりの挨拶をすると、懐かしげにエバさんを見た。
「お久しぶりです。聖女様」
「ハーグ卿、ご立派になられましたね」
「いえ、依然として修行の身です。出来ることならわたしも迷宮に潜り、あなた方と共に戦いたかったのですが……」
「信頼に足る人間が地上で支援に当たってくれるのは、探索者にとって、千軍万馬の援軍を得たのと同じです。あなたの先生もそうでした」
「ミストレス・バレンタインには多くを学びました。この度はミストレスの代わりに全力を尽くします」
それからエバさんは詰めの打ち合わせのため、エルミナーゼ様と執務室に移った。
ハーグさんも『しばし最後の休息を』と言い残して、応接室を出ていった。
残された僕らはお茶とお菓子のお代わりをもらい、彼の心づくしに感謝した。
僕はティーカップとソーサーを手に立ち上がると、バルコニーに面した大きな窓の側に立った。
世界最大の都市ニューヨークの直中に
神龍の住処―― “龍の文鎮”
全六層にも及ぶ大地下迷宮を内包し、ハト派とタカ派で侵入できる階層が別れる。
これから僕たちが潜る戦場だ。
ガチャン、
陶器の鳴る音がして振り返った。
「動いたら、その細い首が飛ぶから」
レ・ミリアの背後を取ったケイコさんが、彼女の首筋に手刀を当てて告げる。
指に鈍く光る
奇しくもそれは、かつてレ・ミリア自身がエバさんの首に剣を当てて言ったセリフだった。
--------------------------------------------------------------------
エバさんが大活躍する本編はこちら
https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742
--------------------------------------------------------------------
第一回の配信はこちら
https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757
--------------------------------------------------------------------
第二回の配信はこちら
https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579
--------------------------------------------------------------------
実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!
エバさんの生の声を聞いてみよう!
https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます