第4話 峻嶺の下に集う★

「……さて」


 執務室に入ると、先に入室したエルミナーゼが背中越しに呟いた。


「……さて」


 と、エバも応じる。


「どーしてオジサマ伯父様が一緒じゃないのですか、エバ!」


「こーしてあなたと会わせたくないからです、エルミナーゼ!」


 バッ! と “食人鬼オーガ” の形相で振り向いたエルミナーゼに、クワッ! と “毒巨人ポイゾンジャイアント” の形相で即答するエバ。


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669534203120

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 テッテテレレレ、テレッテー♪ テレレレ、テレレレ、テッテケテッテ♪

 テッテテレレレ、テレッテー♪ テレレレ、テレレレ、テッテケテッテ♪

 テッテテレレレ、テレッテー♪ テレレレ、テレレレ、テッテケテッテ♪

 テッテテレレレ、テレッテー♪ テレレレ、テレレレ、テッテケテッテ♪


 ふたりの周囲に突然流れ始める、コミカルな幻聴にして幻曲。

 さっきまでの真面目で、節度ある、尊敬に満ちた態度と会話はどこへやら。

 他人の視線がなくなれば、生死を共にした旧知の戦友にして、恋のライバル。

 誰に遠慮がいるものか。


「それは意地悪というものです! !」


「オバサマ言うなー! わたしはあたなより年下です!」


「それでもあなたはわたしの伯母様です!」


「「ぐぬぬぬぬぬっ!!!」」


 ……説明しなければなるまい。

 エルミナーゼ・リーンガミルは、エバ・ライスライトの旦那の弟の娘なのである。

 つまりリーンガミル女王マグダラの王配良人は、アッシュロードの双子の弟なのだ。

 しかもエルミナーゼは、自他共に認める強烈ファザコン娘のエバを上回る、超絶ファザコン娘なのである。

 幼少期から父親に対する愛憎もつれる負の感情に支配されてきたエルミナーゼは、代償行為として伯父であるアッシュロードを憎み続けてきた。

 そしてあの運命の事件で、迷宮保険屋の伯父に命と心を救われた。

 長年の呪縛から解き放たれたとき、伯父への憎悪は一転し、エルミナーゼは新たな呪縛に囚われた。

 薔薇色の呪縛に。

 

「勝負はすでに着いていま~す! 人の物を欲しがってはいけませ~~ん! 素直に負けを認めなさい、!」


「諦めたときこそ決着のときです! 負けを認めない限り負けではないのです!」


「お姫様がオジサマと呼ぶ恋は、叶わないと相場は決まっているのです!」


「“SLAM DUNK” は好きですが “カリオストロ”は好きではありません! もちろん“ローマの休日” もです!」


「だいたい姪と伯父でどうこうなれると思っているのですか、卑猥です!」


「王家での近親婚は別に不思議なことではありません!」


「血が濁ります! 遺伝病の元です! 回復役ヒーラーとして、まったく、これっぱかしも、微塵粉にされたミジンコほどもお勧め出来ません!」


「そんなものは “神癒ゴッド・ヒール” で、即時一発解決です! 問題にもなりません!」


「「ぐぬぬぬぬぬっ!!!」」

 

 テッテテレレレ、テレッテー♪ テレレレ、テレレレ、テッテケテッテ♪

 テッテテレレレ、テレッテー♪ テレレレ、テレレレ、テッテケテッテ♪

 テッテテレレレ、テレッテー♪ テレレレ、テレレレ、テッテケテッテ♪

 テッテテレレレ、テレッテー♪ テレレレ、テレレレ、テッテケテッテ♪


「……あなた、まさかこの話をするために二人きりになったのですか?」


 エバが臨戦態勢な声のまま訊ねる。


「……もちろん、違います」


 大きな溜息と共に、エルミナーゼに憑依していた “食人鬼” が去った。


「…… “僭称者役立たず” のことです」


 王女の表情で、エルミナーゼが訊ねる。


「復活は本当なのですか?」


「はい、本当です」


 聖女の表情で、エバがうなずく。


「“僭称者” は三度復活を果たしました。現在は “ローマ・ダンジョン” と名を変えた 古巣に――自身の迷宮 “呪いの大穴” に帰還していることでしょう」


「確かですか?」


「彼自身が言っていました」


「……そうですか」


 エルミナーゼは今一度、重い溜息を漏らした。


「ローマ市の安全のため、またどうにか保っているバチカンとの友交を保つために、王国騎士の精鋭はすべて彼の地の守りに就かせています。今回わざわざあなたたちにニューヨークまできてもらったのは、そういう理由があるからなのです」


 アカシニア三大地下迷宮のひとつにして、最も危険なダンジョン “呪いの大穴”

 そこで鍛られた王国騎士――すなわち冒険者出身の騎士――はすべて不測の事態に備えて、“ローマ・ダンジョン” の出入り口を固めていた。

 六人の遭難者に避ける戦力はなかった。


「正しい判断を重荷に感じることはありませんよ。“真龍ラージブレス” と “僭称者” 。どちらを脅威と見なすかは火を見るよりも明らかです。安んじて “龍の文鎮岩山の迷宮” はわたしたちにお任せください、殿下」


「あなたには力を借りてばかりですね、エバ」


「戦いはいつも自分のため。誰かを傷つけるためではなく、誰かを守ることになると信じて――わたしも古巣に還ります、エルミナーゼ」


◆◇◆


「動いたら、その細い首が飛ぶから」

 

 レ・ミリアの背後を取ったケイコさんが、彼女の首筋に手刀を当てて告げる。

 指に鈍く光る魔法の指輪トロール・リング

 奇しくもそれは、かつてレ・ミリア自身がエバさんの首に剣を当てて言ったセリフだった。


「ケイコさんっ!?」


「あたしのはよく斬れるんだよ」


「……ふんっ、それで? すぐにクリティカルするの?」


「あたしはあのほどお人好しでも強くもないから、あんたもあんたの相棒も信用はしない――ハッキリ警告しとく。もしエバに毛一筋ほどでも傷を付けたら、その時は本当に首を飛ばす」


「……あんたたち、そういう関係なの?」


「レ・ミリア!」


 なんで君はそう、露悪的なんだ!


「あんたと違って、あの娘は薄汚れてないってことよ」


「……わかってないわね。それとも敢えて見えないフリをしてる? あいつのに比べたら、わたしなんて雨上がりの水溜まりにもならない……あの深さはまるで」


 ギチッ、


 レ・ミリアの最後の言葉に、ケイコさんの奥歯が鳴った。

 首に添えられた手刀が、わずかに動く。


「やめろ!」


「……警告はしたから」


 ケイコさんは一瞬でレ・ミリアから離れると、身を翻して応接室から出て行った。





 僕たちは、峻嶺の下に集った。

 眼前にはニューヨークを睥睨へいげいする、峨々ががたる岩山 “龍の文鎮”

 周囲を二〇メートルを越える堅牢無比な防壁に囲まれてなお、そんな物は歯牙にも掛けない圧倒的存在感。


 標高、約一〇〇〇メートル。

 直径、約三二〇〇メートル。

 全周、約一〇〇〇〇メートル。


 直径と全周はオーストラリアの “エアーズロック” と同程度。

 だけど高さは文字どおりだ。

 この岩山の内部にこれから潜る地下迷宮、“ニューヨーク・ダンジョン” がある。


 僕たちは迷宮の入口を警備する、アメリカ陸軍の前進基地に入った。

 迷宮の内側はリーンガミル、外側はアメリカが管理することになっているのだ。

 “新宿ダンジョン” の警衛所をはるかに上回る規模と設備には、超大国アメリカの国力を見せつけられた。

 日本から持ってきた装備類はすでに運び込まれていて、案内された清潔な更衣室で着替える。

 身体に馴染んだ愛用の品を身につけると、自分でも驚くほどに安堵した。


「ミストレス・レ・ミリア。これがお約束の品です」


 着替えが済み別室ブリーフィング・ルームに通されると、先に入室していた調整官のオルソン・ハーグさんが、レ・ミリアに一振りの剣を差し出した。


「魔剣 “真っ二つにするものSlashing” 。 今回の探索でお役立てください」


 レ・ミリアは受け取ると、一息に鞘を払った。

 光芒が走る。

 未だ世界のDチューバーダンジョン配信者の間で発見報告がされていない、+2相当の魔法の長剣。

 ふたりパーティのレ・ミリアと僕が手に入れるのは、困難と思われていた品。


 ビュッ!


 と横一文字に一薙ぎすると、レ・ミリアが魔剣を青眼に構えた。

 そこからゆっくりと、上段にかざしていく。

 やがて息を止めていた彼女の口から、大きな呼気が漏れた。


「報酬の前渡し、確かに受け取ったわ」


 どうやら気に入ったようだ。


「――では最終確認ブリーフィングを始めましょう」


 エバさんが一同を見渡していった。



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週末の金・土・日に、3話ずつ公開

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エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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第二回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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