第72話
「どうだ。圧巻だろ」
木の杖を持ったオウミがバッと腕を広げ、まるで降り注ぐ雨を浴びるように湧き上がる歓声をその身で堪能していた。
「まぁ想像してたより本格的だね。もっとこじんまりとした感じで行うと思ってたよ」
「どうせやるからには派手にやりたいだろ」
今までの丁寧は話し方とは違う。これが素なんだろうか?それにこんな大舞台まで用意しちゃって。
「目立ちたがり屋なんだね」
俺が言った瞬間、オウミが額に青筋をたてる。
「目立ちたいとかそういうことじゃないだろ。お前には分かんないかなぁ。そんなんだからヤーナツに転生するんだよ」
転生者ってバレてたか。
何やら意味不明ないちゃもんをつけられた気がするが、そんな事よりも話し方が気になる。今まで演技していたのか聞きたい気持ちもあったが、これから殴り合いをしようと言う相手である。変に馴れ合って殴り辛くなるのもアレだしここは精神を研ぎ澄ましとくか。精神の研ぎ澄まし方なんて知らんけど。
俺が目を閉じてそれっぽい事をしていると「おい、おい」と、オウミが話しかけてくる。
「何無視してんの?お前向こうでも休み時間中そんな風に寝たふりしてやり過ごしてたんだろ。なぁどうなんだよ」
なんかめっちゃ小馬鹿にしてくる感じで話しかけてくる。試合が始まるまで無視をしよう。そうこうしている内に入場口から一人の教師がアリーナに入ってくる。よく俺を小馬鹿にしていたおじいちゃん教師ロドリゲスだ。
「両者準備はいいかい」
「はい」
と、オウミが短く返事をしてのでそれに倣って俺も首を縦に振りながら返事をする。
「特に細かいルールなどはありはしない。強いて言うならば相手を故意に殺さない事、それとこれは神聖な決闘の場。ダンジョンアイテムの持ち込みも禁止となっている。お互い大丈夫なようなのでこのまま決闘を始めさせていただく。それでは、始め」
すんなりと始まったな。
オウミに動きはない。余裕そうに突っ立ている。魔法で遠距離からちくちくされたらキツイよな。距離を詰めるべきか?そんな事を考えていると
「観衆には悪いけど魔法を使わずお前に勝つわ」
と、オウミが俺に告げてくる。言い終わるや否やダンっと地面を蹴り俺の目の前まで迫ると木の杖で殴りかかってきた。なんとか腕立てでガードしたものの、めちゃくちゃいてー。
「ヤーナツといえど流石に転生者かぁ?!ほらほらこれならどうだ!」
ブンブンと木の杖を引っ切りなしに振り回してくる。一振り一振りに勢いがあるが、振り方は出鱈目だ。リアに比べると隙が大きい。
木の杖を振り上げた瞬間、ガラ空きになった腹目掛けて靴底で蹴りを入れる。木の杖を振り上げた勢いも余ってか、オウミは情けなく後ろに尻餅をついた。どあっはっはっと観衆から笑い声が響き渡り、みるみる内にオウミが顔が赤くなっていく。
「おま…この俺に恥をかかせたな。手加減してやってたのに─────」
何やらぶつくさ言い始めたが今が好機と思った俺はすぐさまマウントを取る。
「何すんだよ、離れろ。この!」
オウミがマウントから逃れようとジタバタ体をうねらせる。逃すまいと俺は抑える力を強めて右手で握り拳を作った。これで降参してくれないだろうか。
しかしオウミはグッと目を見開き
「バーインド!」
と、唱えた。
体が固まって動かない。観衆の「ガキの喧嘩かよ」「しょうもねーもん見せんなー」という野次が聞こえてくる。
「お前のせいでとんだ笑い物だ!」
怒りの表情でオウミが俺を払い除けようとする。が、すぐさま俺のチート能力を発動させバーインドによる拘束を解き、再びオウミを強く抑えつける。
「は?どうやってバーインドを解いたんだよ!」
尚も俺から逃れようともがくオウミに握り拳を見せつけ振り上げる。
「降参してくれ」
今にも振り落とすぞと言わんばかりに何度か拳を震わせた。
「やれるもんならやってみろ、ディクション」
聞き覚えのない魔法をオウミが唱えると、オウミの体を黄色いオーラのようなものが覆った。
どんな魔法かわからないが、取り敢えず殴っとくか。人を殴る事に抵抗はあったが、よくよく考えると俺は人の首を切ったことがある。今更殴るくらいで躊躇するな俺。覚悟を決め一発二発とオウミの頬を殴っていく。
見栄えの悪い戦いに客席からブーイングが起こる。でもそんな事は知らん。勝てば正義なのだ。
「ちょっ…ま…いてっ。やめろ…やめろって」
待ったをかけるオウミをひたすら殴る。降参と言わない限り止める気はない。
「降参って言ってくれ」
殴りながら降参を促す。
「言う、言うからもうやめて」
殴るのをやめオウミが降参するのを待つ。
「なんで防御バフかけてるのにこんないてーの?お前ズルしてるだろ。じゃないと有り得ない。だってたかがヤーナツだろ?」
降参する気がないようなので拳を振り上げる。
「待てやめろ降参だ。降参するからもうぶたないで」
振り上げた拳を見て慌てた様子でオウミが降参した。
これで俺の勝ちだ。舐めプしてくれたおかげですんなりと勝つことができた。
マウントを取るのをやめ立ち上がる。もう帰ってもいいのだろうか?まぁいいや帰っちゃお。
もと来た入場口へと足を運ぶ。
「待ちなさい。試合はまだ終わっていない。どこに行く気だ」
いきなりロドリゲスが入場口から顔を出しそう言ってくる。
「いやオウミ君が降参って言ったの聞いてましたよね」
「そんなもん誰も聞いとらんよ。言っていたとしても降参したら試合終了なんてルールはない。わかったら続けたまえ」
マジか。
俺は再度オウミと相対する。オウミの体は俺に対する怒りでプルプルと震えている。
「こんな大勢の前で、メリーとワードも見てるのにこの俺に恥をかかせやがって。お前も同じ目に合わせてやる。ウィンド」
風の刃が俺目掛けて飛んでくる。速くて避けれそうもない。なんとか首だけは守らねばと、両腕を顔の前に突き出す形でガードする。その瞬間凄まじい突風をその身で受ける。だけど突風を受けただけでそれ以上の事は起こらない。
「お…お前、なんで俺の魔法が効かない?」
明らかに動揺しているオウミ。ちなみに俺自身なんでオウミの魔法が効かなかったのか分かっていないが
「まぁ風で人の体を切るなんて普通あり得ないからね」
と、取り敢えず適当な事を言っといた。
「じゃあ炎だ!ファイア」
今度は火の玉が俺に襲い掛かってくる。トラウマで体が竦みそうになったが、アリスのためにも負けるわけにはいかないと、なんとか自分を奮い立たせ火の玉を躱す。
「おいおい炎は躱すんだな。ほら、ファイア、ファイア、ファイア」
何十発と言う火の玉が弾幕になって俺に飛んでくる。これは躱せない。ならば食らってでも距離を詰めてやる。どうせ近距離戦じゃないと勝てないんだ。
息を止め顔の前で腕をクロスに組みながら勢いよく走り出す。俺の体に一つ火の玉が着弾する。それを拍子に無数とも言える火の玉が俺の体に降り注いだ。
熱い。あの時を、この世界に来る直前の時を思い出して心が挫けそうになる。でもアリスの顔を思い浮かべたら不思議の力が湧く。あの時は足を取られて火の海に飲み込まれたけど、今度こそは。
着実に前進する。
オウミが俺から逃げるようにどんどんどんどん後ずさっていく。
「俺の魔法を食らったらその辺のザコなら体が弾け飛んでもおかしくないのに、お前一体何レベなんだよ!ファイアラーガ!」
オウミが呪文を叫ぶと一匹の炎の龍が宙を舞い、そして俺に襲い掛かってくる。さっきの火の玉とは比べ物にならないレベルの火の大きさだ。躱そうにも俺を追従してくるようにくねくねと首を動かす。剣を構えるか?いや、やる事は変わらない。オウミのもとまで一直線に向かうだけだ。覚悟を決め走り出したと同時に炎の龍に飲み込まれる。
足を取られ火に焼かれた時、一瞬で死ねたらどれだけ良かったか。でも、火に焼かれるというのはそんなに甘くない。どんなに熱くて痛い思いをしても、一瞬で死ぬなんて事はよっぽど高温じゃない限りあり得ない。じっくりのその身を焦がされ無限とも思える苦痛を味わってから死んでしまうのだ。
だからこそ今俺は火の中を進んでいる。立ち止まったらアリスが消えるようなきがして、今度こそは、今度こそはと、心の中で何度も唱えあの日できなかった事をやり遂げようとしている。
やがて無限の苦痛が終わり視界が開ける。目の前にいる顔面蒼白のオウミを思いっきりぶん殴る。
殴られた勢いで大きく後ろに吹っ飛んだオウミが頬に手を当てながら恐怖の眼差しで俺を見てくる。
「ありえない!こんなのあり得ない!お前みたいな雑魚キャラにこのおれが!負けるはずがないんだ!召喚魔法イフリート!シルフ!」
突然現れる炎の巨人と風の巨人。先程の龍よりも何倍もでかい。これがリアの言っていたオウミというキャラの固有魔法。
腰に下げていた木剣を手に取ってみる。所々黒ずんで炭化しているが数振りなら耐えれそうだ。
木剣を構え目を閉じる。この決闘が始まる前リアに言われた事を思い出す。
『こんなのオウミとの決闘には使えないわ。だって殺しちゃうもの』
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