第67話

「ナツ君!」


 アリスの声が聞こえる。これは死に際に聞こえる幻聴だろうか。


「ナツ君!ナツ君!」


 いや違う。抱き抱えあげられ揺さぶられている。アリスが泣きながら俺の名前を呼ぶのがしっかりと聞こえる。


「アリス…」


 掠れる声で力なく名前を呼ぶ。助かるかもというか希望に気力がほんのりの湧き上がる。


「!!今、回復魔法をかけます」


 視界が微かに緑色に輝いている気がする。回復魔法をかけられているのだろうか?でも回復している様な気がしない。


「回復魔法が効きません!どうして!なんで!」


 より一層緑の輝きが強くなる。アリスはうわ言の様に何度も、どうしてとなんでを繰り返していた。

 魔法が効かないか。俺の能力が関係しているのだろうか?無意識の内に発動してしまったのだろうか?

 発動してしまったかも知れない能力を解く為、頭の中のスイッチを思い描きオンからオフにする。

 やばい。急激に意識が遠のいていく。泣いて俺の名前を呼ぶアリスの声が聞こえる。一人じゃない事に少しだけ安心感を覚えながら、意識は完全になくなった。




 ゆっくりと目を開く。視界が霞んでここがどこだか分からない。なんだか柔らかいものが体中に当たっているのだけは分かる。なんだろうこの柔らかいものは?頭がフワーッとして考えることができない。これはかなり寝た時に起きる現象だ。どのくらい寝たのだろうか?というか俺、確か死にかけてなかったっけ?ここは天国か?

 徐々に視界がクリアになっていく。目の前には青い何か。それに体に重みを感じる。誰かが俺の上に乗っているか?


「どこだここ?」


 おれが言葉を発した瞬間、俺の上に覆い被さっていた人が少しだけ体を起こし俺の顔を見た。鼻先と鼻先がもう少しで触れ合うぐらいの近い距離にアリスの顔がある。

 目と目が合う。


「良かった。ホントによかった」


 アリスが泣きながら俺を強く抱きしめ、首元に顔を埋めた。


「アリス…。ここは?」


 俺とアリスの周りを何かが覆っている。まるで繭の中にいる様な感じがして心地がいい。


「ここはナツ君が倒れてた場所です」


「この俺たちを覆ってるものは?」


「わ…私の髪です」


 アリスは恥ずかしそうに答えた。

 アリスがなりふり構わず俺を助けようとした事だけは分かる。


「アリスのお陰で助かったよ。ありがとう」


「はい」


 おれの首元に顔を埋めるアリスを抱きしめ返した。


「何があったか聞いてもいいですか?」


「師匠って奴が悪い奴だったよ。そいつに横腹刺されちゃった」


 師匠こと、キョウは向こうの世界への帰り方を知らないと言っていた。もしかしたらイチカさんもいい様に使われてるのかも知れない。それともグルだったのだろうか?


「じゃあもしかして!」


 と、弾む声でアリスが言った後


「いえ…ごめんなさい。ナツ君が酷い目にあったというのに私は…」


 すぐに気分を落として口をゴモゴモし始めた。そんなアリスを見てクスッと笑い声が漏れてしまう。


「向こうの世界に帰るなんて出鱈目だったよ。だからこれからもよろしくなアリス」


「私…喜んでしまいました。わたしは…最低です」


「俺は喜んでくれて嬉しいよ」


 こんなに可愛い子にこれだけ思ってもらえるなんて男として誇らしい。


「ナツ君が元の世界に帰れる方法を私も一緒に見つけます」


 うん、と俺は小さく頷いた。

 もし元の世界に帰れる方法が見つかったとして、その時俺は帰るという選択をできるだろうか。多分できない。理由は単純だ。

 ギュッとアリスを抱きしめる。そこで俺はある事に気づく。


「俺もアリスも服着てなくね」


 肌と肌で触れ合う感触が体全体に伝わる。俺の血だらけで小便臭い服はどこに行ったのだ?


「あの…直接触れ合った方がよく回復できる気がして」


 俺の為を思ってのことか。嬉しい限りだが


「俺臭いよね?実は俺、小便漏らしちゃったんだよね。離れた方がいいかも」


 致し方がなかった事だし隠しても意味ないよね。アリスも気づいてるだろうし。


「じゃあまずは移動しましょう。ルードラ」


 アリスの転移魔法によって一瞬で移動する。シュルシュルっと繭の様に俺たちを囲っていた髪が解かれ、青い空が俺の目に映る。


「ちょっと起き上がっていい?」


 俺の上に寝転がる様にして乗るアリスに聞く。


「あ、そうですよね。ごめんなさい、こんな体でいつまでも上に乗っちゃって」


 ガバッと焦った様子でアリスが起き上がった。急に起き上がったものだから俺は目を隠す事も逸らすことも出来ず、しっかりとアリスの裸を目撃してしまう。

 プルンプルンに揺れる規則的に並んだいくつもの柔らかい物体。下の方に行くにつれ僅かに小さくなっている。一度見てしまったらまるで催眠術にかかったかの様に目を逸らすことができない。いや実際に催眠術にかけられてるのかも知れない。だって吊るされたコインが左右に揺れる様にそれも左右にプルンプルン揺れていたから。


「あ…あの」


 アリスはそれら全てを隠す様に膝を曲げ体を丸めた。


「ご、ごめん」


 バッと顔を逸らす。ありのままに言ってしまうと複乳だったのだが、別に物珍しさで見ていたわけでなくただえっちだったから見惚れてしまっていたのだ。


「きもち悪いですよね。このまま人の形すら失ってしまうのでしょうか」


「いや気持ち悪くない。普通にえっ」


 言いそうになった言葉をごくりと唾と一緒に飲み込む。もうちょっとでセクハラするところだった。


「普通に…なんですか?」


 だけどアリスはその先の言葉を聞きたい様だった。


「ふ、普通にえっちだよ」


 アリスの顔が真っ赤になり髪が赤く輝き出す。

 

「わ、わたしお風呂と着替えの準備をしてきます」


 逃げる様にアリスはこの場から去って行った。

 アリスの成長と共にモン娘化にも変化が起こるという事なんだろうか。にしてもえっちだった。

 目の前に広がる海の景色を見て心を鎮める。その景色に既視感を覚え辺りをキョロキョロ見渡し、ここがどこだか分かる。ここはアリスの家が所持している別荘だ。

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