第66話

 小走りで駆けていくナツ君の後ろ姿を見送る。すっかり姿が見えなくなっても私は学校に戻る気になれずストンとその場でへたり込んだ。

 もしこのままナツ君がいなくなったらどうしよう。そんな考えばかりが浮かび自然と涙が溢れてくる。

 一人でいるのが嫌だ。そう思った時思い出したのがお父様とお母様の顔だった。今すぐ会いたい。お母様の部屋を思い浮かべ


「ルードラ」


 と、転移魔法の呪文を唱えた。

 綺麗に設られた部屋。大きな天蓋付きのベットを覗く。ちょうどお母様が寝ぼけ眼を擦っていた。


「アリス?私寝ぼけてるのかしら」


起きたばかりで勘違いをしていらっしゃる。


「いえお母様。会いたくなったので会いきました」


「あら泣いてたの?」


 お母様が私の頬に手を当て目の下を親指で擦った。


「はい。泣いていました」


「いらっしゃい。慰めてあげるわ」


 スッと両腕を広げお母様が私を向かい入れてくれる。私は遠慮することなく飛びつき、声を上げない様にヒソヒソと泣いた。

 お母様がゆっくりと私の頭を撫でながら


「何かあったの?」


 と、聞いてきた。


「とってもいいことです。だけど私にはそれが悲しくて悲しくて…」


 お母様は「そう」とだけ言って何度も私の頭を撫でてくれた。

 それから小一時間程泣き、お母様、お父様と食事をして私は寮へと帰った。ナツ君が帰ってきてくれる事を信じてナツ君の部屋で待つ。すると部屋の扉がコンコンとノックされた。

 ドキンッと体が跳ね上がり、嬉しさ全開で扉を開けた。だけどそこにいたのはナツ君ではなくオウミさんだった。


「ここはヤーナツの部屋では?」


「そうですよ」


「随分と仲がいいのですね」


 そう言うなり私を払い除け部屋にズカズカと入ってきた。


「勝手に入らないでください」


 反射的にそんな言葉を言ってしまったが言いきった後で、私の部屋じゃないのに何を言っているとだろう、と冷静になってしまう。

 そんな私を無視してオウミさんは部屋をキョロキョロと見回す。


「ヤーナツはどこですか?」


 どうやらナツ君を探している様だ。


「分かりません」


「逃げたか。そんな事だろうとは思ってましたが…」


 フーッと怒りを隠せない様子でオウミさんが大きく息を吐いた後、部屋から去っていく。

 去り際オウミさんが


「ヤーナツと仲がいいのですよね」


 と、聞いてきたので私は素直に「はい」と首肯した。


「よく分かりましたよ」


 含み笑いをしたままオウミさんは部屋から完全に出て行った。開けっ放しのドアを閉め私は再びナツ君をジッと待つ。

 ナツ君が帰ってくる気配は無く、日が沈み心配と、もしかしたらと言う焦燥感から私はナツ君と別れた場所まだルードラで飛んでいた。

 人の気配はない。目を閉じて集中をする。ナツ君の魔力量は少なく集中しても魔力を捉えることはできない。イチカさんと言う方の魔力量もさほど大きくはない。

 でも何もせずには居られなかった。深く集中し探知の範囲を広げる。

 いる、誰かがいる。ここからかなり距離がある。ウツツさんでも、ウツツさんから姫さんと呼ばれていた方でもない。もしかしたら師匠という人かも知れない。居てもたっても居られず私は走り出していた。数十分程走り、遺跡跡地の様な場所に着く。まだまだでかい魔力の場所は遠い。

 石階段を降り向こう側に行こうとした時ぬるんッと足元が滑り転げ落ちそうになった。が、なんとか踏みとどまった。なんでここだけこんなに滑るのだろう。苔が他の場所よりも水分を含んでいる様な気がする。それでいてどこか踏み心地があるというかパリパリ?してる様なまるで苔にかかった何かが乾燥している様な。

 目を堪えて見ると石階段が赤く染まっていた。ゾッとする感覚を覚える。

 私は必死に願いながら血を辿って進んだ。血の道が薄くなっていく。でもこの人は這う様にして移動しているからどこに行ったかはわかりやすかった。

 引きずられた様な後を追って走り出す。その先には微動だにしないナツ君がいた。

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