第63話
イチカさんとの待ち合わせの日の前日。その日の夜もアリスが遊びに来たのだが、夜が更けていってもなかなか部屋に帰らなかった。もしかしてこのままこの部屋に泊まるのではないだろうか、そんな考えすらよぎる。
「あの今日、この部屋に泊まっていいですか?」
本当に泊まる気だった。
「いいよ。空いてるベット使いなよ」
俺の寮部屋は二人用だったが、もう一人の人はどこかに行ってしまったのでここは遠慮なく使わせてもらう。
ポフンッとアリスがベットに横になる。
「明日帰っちゃうんですか?」
「師匠って人に会うだけだと思うよ」
「本当ですか?」
アリスは震える声で小さく呟いた。
「うん。もし急に帰るって事になったらお願いしてみるよ、アリスにだけは挨拶させてくれって」
「はい」
と、涙声でアリスが返事をした。
お互い無言になり時が過ぎていく。時折偶に俺がズズッと鼻を啜る。
しばらく経った頃アリスがスッと起き上がり下を向きながら俺に顔を見せない様に
「やっぱり部屋で寝ます」
と、言って俺の寮部屋を去っていった。
アリスはどんな顔をしていたのだろうか?想像するだけで苦しい気持ちになる。
そして待ち合わせ当日。実はオウミとの決闘の日でもあるのだが、それは普通に行く気などない。
待ち合わせの時間を決めていなかったので朝早くから準備をしいざ出発しようとした所、コンコンとドアが鳴る。大体察しはつく。
ガチャリと扉を開くと案の定アリスがいた。ほんのりと目元が浮腫んでいた。
「もういくんですか?」
「うん」
首を縦に振る。
「私も一緒にいいですか?」
「うん。待ち合わせの場所まで一緒に行こっか」
「あのじゃあ手を…」
スッとアリスが俺に手を差し出してくる。
ルードラで飛ぶ訳だ、ここはじゃあお言葉に甘えて、ギュッとアリスの手を握る。その瞬間、俺たちは森の中に転移する。しかも目の前には既にイチカさんの姿があった。相変わらず忍び装束だ。
「うわ!なんかいきなり現れた。しかも二人」
イチカさんが大袈裟なリアクションで驚く。
「おはようございます、イチカさん。待ち合わせ時間が分からなかったんで早めに来たつもりだったんですけど…もしかして待たせてしまいました?」
「全然待ってないよ!そんな事よりなんで急に現れたの?もしかしてどっちかが気配遮断のスキルを持ってるの?」
「あーまぁそんな所です」
改良版ルードラの事は話さないほうがいいか。ウツツ怖いし。アリスの母にも確か口止めされてた筈。
「へー、よく私を欺けたね。同業者としてちょっと悔しい」
イチカさんは眉間に皺を寄せ唇を噛みわざとらしく悔しそうな顔をした。
「師匠という方はどこにいるんですか」
そんな事はさておきと言わんばかりに俺は師匠の所在を尋ねた。
「師匠なら別の場所で待ってるよ。ここから少し歩くけど…この子前いた子だよね?この子も転生者?」
イチカさんがジッとアリスを見つめる。
「いえ違います」
アリスが萎縮気味で答えた。
「お!色々事情を知ってそうだねー。でも転生者じゃないなら君はここでお留守番だね。それじゃあ師匠も待ってるから早速行こうかー」
そう言ってイチカさんは大股で進み出した。
俺はアリスと向かい合う。
「行ってくるよ」
「気をつけてくださいね」
「うん。アリスの方も気をつけてね。風邪とかひかないようね…」
一時の別れだと言うのに、惜しんでしまい余計な会話をしてしまう。この言い方じゃまるで当分会えないみたいな言い方じゃないか。
「…今回は帰らないんですよね?」
俺が首を縦に振って何か言おうとした瞬間
「こらー早くしなさーい」
とイチカさんの怒り気のない怒声が響いてくる。俺はアリスに再び「行ってくるよ」と言いイチカさんの背中を追いかけた。
後ろでアリスが小さく何か呟いた気がしたが、俺は振り向かなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます