第62話

 それから連日、俺とアリスはのほほんとゆったりとした日々を二人で過ごしていた。授業にも出ず、街で買い食いをしたりアリスの手料理を食べたり、時には俺が振る舞ったり、ルードラで思い出の地を見て回ったりと残り少ないかもしれない二人の時間を楽しく過ごした。

 オウミに悪魔だとバレされた事をアリスはそんなに気にしてない様子だった。それとも俺の前だから気丈に振る舞っているだけだろうか?聞いてみたい気もしたが、楽しい時間に水を差すような気がしたので黙っておいた。

 そんな俺達の前にリアが訪れ、俺に


「聞きたい事がありますので明日学校に来てください」


 と、言ってきた。

 リアには世話になっているので了承。そして次の日俺はリアとの待ち合わせ場所に向かう。勿論アリスも一緒だ。

 校舎内に設けられた室内訓練所、この前フレードとリアが一緒に特訓していた場所だ。

 よーっす、とおれは片手を挙げ元気よくリアに挨拶をする。するとリアはアリスを見てポカンと口を開けた。どうやらアリスには聞かせられない話のようだ。


「話とは何ぞ?リアさんや」


 そんな事お構いなく俺はリアに用件を聞く。


「え、いや、あなた、え、困るんだけど」


 リアは口をパクパクさせている。


「あの、私席を外しましょうか?」


 リアの焦りっぷりを見たアリスが気を利かせる。

 その時ここに呼ばれていない三人目の訪問客が訓練所に入ってくる。


「ヤーナツ様に話があります。お時間よろしいでしょうか?」


 ワードだ。


「どうしたん?」


 と、俺は尋ねる。


「オウミとの決闘、辞退するよう勧告に来ました」


「分かった。じゃあワードの方でオウミに言っといてくれ」


 俺の言葉を聞いたワードがわなわなと震えだす。どうやら逆鱗に触れたようだ。


「つくづくあなたと言う人は…。子供の頃から何も変わっていない。芯のない軟弱者。あなたは何がしたいのですか?」


「いやワードこそ何がしたいだよ。決闘を辞退しろと言うからしたんじゃないか。なのに突っかかってきて」


 面倒臭いと思ってしまったので語気が強めになってしまう。


「ちょっとは食い下がると思っていましたよ。そのくらいの気概を見せてくると勝手に期待した私が馬鹿でした」


「良かったじゃん。話がスムーズに終わって」


 あっけからんとした感じで俺は言った。その態度が良くなかったのかワード


「いえ気が変わりました。私があなたと決闘をし、オウミにヤーナツは戦うに値しないゴミだと報告してきます」


 と、話を一変させてきた。

 というかワードが勝つ前提なのね。


「俺の負けって事でいいからもうあっち行ってよ」


「あなたも私に負けたら潔くオウミが知りたがっている事を教えなさい」


「この前全部話しただろ。信じてくれないならもう話す事はないよ。ほらあっち行った」


 俺はしっしっと手を払う。

 こういった行動がワードの神経を逆撫でする事はなんとなく理解できていたが、俺は俺で正直面倒くさくてたまらなかった。


「では、剣を取ってきます」


 全く俺の話聞かないし。

 ワードが剣を取りに行こうとしたその時「剣ならここにあります」と、リアが声を上げた。手に持っていた二本の木剣の内一本を俺に渡し、もう一本をワードに渡した。


「いや、リア、俺戦う気な────」


「剣の師匠としてヤーナツ様に言います。ワード様と決闘をなさってください。これは命令です。駄々を捏ねないでくださいね」


 俺の発言を遮ってリアがそう言う。俺が異論を唱える事を先読みまでして言ってくる。

 観念し俺は剣を構えた。痛いのは嫌だから頑張ってガードに徹しよう。


「リア先輩、感謝します」


 ワードもリアに頭を下げ礼を言うなり剣を構えた。「では私が」と、リアが俺とワードの間に立ち


「始め!」


 と、リアが試合開始の合図出した。

 瞬間、ワードが距離を詰めてくる。剣を左斜め上に持ち上げ大ぶりな袈裟斬りを放ってくる。その瞬間カウンターを狙えると思ったが人に剣を振るうのが嫌だったので、大人しくワードの攻撃を防ぐ。軽い、手応えがないと思えるくらいワードの剣は軽い。その後もワードからの猛攻が続くがそれら全てを俺は防いでいく。

 

「多連斬、一架星撃!」


 ワードが技名を連呼しているがなんら普通の斬撃と変わんなくね、と思いながら防ぐ。

 多分これはワードが弱いんじゃなくて俺が強くなったんだ。この世界にレベルという概念があるのならば多分あの時、ウツツとダンジョンに潜った時に俺はかなりレベルアップしたんだ。これなら傷付く事なくそして傷つける事なく簡単に勝てるかもしれない。

 疲れの色を見せていたワードの大袈裟な縦ぶりをヒョイっと躱し首元に剣を突きつけた。

 ぜぇぜぇと肩で息をするワードの降参を待つ。顎からは汗が滴り落ちていた。


「なんであの時剣の試験を受けなかったのですか」


 ワードがキッと恨めしそうに俺を睨め付ける。


「入学前の試験のことだよな?それなら剣を忘れたからだよ」


「ずっと才能を隠して、一生懸命努力する私を嘲笑っていたんでしょう?」


「それはただの被害妄想だよ。俺は君を笑ってない。そもそも君の努力を知らない。それと同様に君も俺の努力を知らない」


 俺の言葉を聞いたワードが諦めたように握っていた剣を床に落とした。


「オウミに、人を殺して欲しくなかったからあなたを止めにきましたが、要らぬ心配でしたね。今のあなたなら死ぬことはないでしょう」


「俺を止めるんじゃなくオウミを止めるべきだと思うよ」


 ワードは伏し目がちになりキュッと口を結んだかと思えば、ゆっくりと口を開ける。


「今のオウミはどこかおか…焦ってるように見えます。それこそ人を殺してしまうんじゃないか、と思える程。これも全てあの女が悪いんです」


 ググッとワードが拳を強く握ったように見えた。そして怒りを鎮めるため何度か深呼吸をする。


「今のは聞かなかった事にして下さい。では、私はこれで失礼します」


 ワードはお辞儀をすると訓練所から去っていった。ワードに聞こえないようにリアが「負けましたぐらい言って行きなさいよ」と、小さな声で呟いたのを俺は聞き逃さなかった。やっぱりリアってワードの事が嫌いなのかな?

 ワードが完全に去ったのを見届けると、リアが俺に近づいてきた。


「急に強くなったわね。勝つとは思っていたけどこんなあっさり勝つとは思わなかったわ。もしかしてダンジョンに潜ったの?」


「ま、まさかー」


 俺はバツが悪そうに答えた。リアがふーん、と鼻を鳴らしジト目で俺を見てくる。俺は頬に汗が垂れるのを感じながらサッと目を逸らした。


「まあいいわ。にしても本当にオウミと戦うなんてね。おそらくオウミは転生者よ。だってアリ────」


 なんの警戒心もなく喋ろうとするリアを「ちょっとちょっと」と制し、アリスの方を指差す。アリスは眉を八の字にし、可愛らしい困り顔で笑っていた。


「ぁ」


 と、リアが小さく声を漏らし口に手を当てる。しかし手遅れだと悟ったのか「後は任せた」と俺に言い残し物凄い勢いで訓練所から去っていった。


「大体察しがついてると思うけど…知らないふりをしてあげてやって」


「了解です」


 これで万事解決だな。

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