第61話

 教室中がにわかに騒つく。

 オウミの発言を聞いたアリスがその場でピタッと止まる。


「…何を言ってるのかよく分からないです」


 そう言うアリスの体は小刻みに震えていた。

 俺は飛び出したくなる逸るきもちを抑えアリスにこっちにくる様に手で促す。しかしアリスは俺に目もくれない。


「今の私があなたより弱いなどにわかに信じ難いですが、くさってもボスという事ですか」


 何やら考えを巡らす様にオウミがつぶやいた後


「で、あの女はどうなったのですか」


 と、アリスに問う。


「わからないです」


 震える声でアリスは答える。


「惚けたって無駄です」


「本当に分からないです」


 オウミが面倒くさいと言わんばかりのため息混じりの息を吐き、デコに青筋を立て鋭い目つきでアリスを睨んだ。


「これ以上しらを切ろうとするのであればあなたとあなたの母君─────」


 これ以上は良くない。そう思った俺は「待てい!」と、大きな声を出し注目を浴びながらAクラスの教室へと入っていった。


「アリスが悪魔なんて言うのは絶対に有り得ませーん。その理由、優秀な君達Aクラスの生徒なら分かるよね?」


 言いながら俺はオウミの追及から守る様にアリスの前に立つ。

 俺の登場に再度オウミが大きく息を吐く。


「そこを退きなさいヤーナツ。今あなたの相手をしてる暇はありません」


「あれれもしかして分からない?君達もわからないのかなー?」


 大仰な手振りでわざと教室全体を煽る。ちょっとでもアリスが奇異の目に晒されない様に努める。


「正解は回復魔法がつかえるからでしたー。君達が悪魔と称する奴らはなんと回復魔法が使えないんですよ。この学校の無能教師からじゃ知り得ないお得情報だ。ヤーナツ先生に感謝感謝」


 俺は両手を合わせわざとらしく一礼をする。このままアリスを連れて教室から出ようそう思った矢先、途端に気分が悪くなる。グラっと立ちくらみがし片膝をつく。


「ナツ君!大丈夫ですか!」


 と、アリスが叫び俺の体を支える。

 そんな俺たちを見下ろしながらオウミが近づいてくる。


「何度も何度も本当に目障りな男だ。いい加減メリーに付き纏うのはよしたらどうですか?」


「付き纏ってないけど…」


 俺が顔面蒼白になりながらもそう返すと、オウミは口を窄めゆっくりと息を吐いた。その瞬間、頭の中がぐちゃぐちゃになる感覚に陥る。頭を抱え苦悶の声を漏らす。

 何だこれは何も考えられない。

 そんな俺の背中にポンとアリスが手を置く。すると気分の悪さも、頭のぐちゃぐちゃもまるで掃除でもされたかの様に何処かへ消えていく。どうやら俺は魔法をかけられていた様だ。


「授業中でもないのに校内で、しかも人に向けて魔法を使うなんて。少し冷静になるべきですオウミさん」


 フッとオウミが鼻で笑い「悪魔が偉そうに」と、呟いた。

 今までのオウミとはまるで違った口調。吐き捨てる様に、見下す様に、そして嘲笑うかの様に、今の一言にオウミと言う人間の本性がギュッと詰まっている様なそんな気がした。


「アリスさんこれ以上の追及が嫌ならばあの夜何があったか話しなさい。そうすればそこの男共々見逃してあげます」


 これ以上オウミとアリスを喋らせるのは危険だ。周りの奴等にアリスが悪魔だと認定されかねない。何よりアリスに悲しんでほしくない。俺がアリスを巻き込んだから、今アリスは追い詰められているんだ。なら俺がどうにかしなくては。

 腹を括り立ち上がる。一応さっきみたいに魔法をかけられない様、能力を発動しておく。

 

「もうアリスに変な言いがかりをつけるのはやめないか。女に負けてイライラしてるからって他人に当たり散らすのはダサイよ、オウミ君」


 ピクピクっと微かにオウミの眉毛が動く。


「これは警告です。二度とメリーに近づかないと誓い今すぐこの場から去りなさい。さもなくば先程とは比にならないほどの魔法をあなたにかけます」


 俺を守ろうと前に出ようとするアリスを手で制す。


「いやいや俺が去ったら誰から忍び装束の女について聞くの?」


 ピクッと一瞬オウミの体が跳ね、怪訝の表情で俺を見た。そう、イチカさんの格好は当事者しか知り得ない情報だ。


「何故あなたがそれを?」


「単純明快だよ。俺が忍び装束の女を退けてメリーを寮まで運んだからだよ」


 言いながらチラッとメリーの方を見る。メリーは暗い表情のままずっと俯いている。


「ありえない、絶対にありえない。ヤーナツがそんな事出来るわけがない」


「事実だよ。メリーを連れ去ろうとする女をグーパン一発でのしてそのままメリーを寮まで送り届けた」


 嘘をおり混ぜ適当に答える。


「じゃあ何故アリスさんがあの女の事を知っているのですか」


「メリーに忠告しようと思ってさ。オウミ君がいるから俺じゃ角が立つと思ってアリスにお願いしたんだ。だからアリスは断片的な事以外何も知らないよ。んじゃ忠告も済んだし俺たちはもういくよ」


 立ち去ろうとする俺たちにオウミが待ったをかける。


「あの女に一発で勝ったと言うのなら、それを証明して下さい。端的に言ってしまえば私と決闘です」


 え、嫌だ。

 人に付き纏うなって言う癖に自分は粘着質な奴だなぁ。


「いいよ今から十二日後な。それ以外の日は無理だから」


 俺はすっぽかす気満々で適当に答え、今度こそAクラスの教室から退室した。

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