第57話

「ア〜〜〜〜」


 と、ベットの上で無気力に声を発しながら天井を見る。今頃他の学生さん達は授業中だ。俺は授業なんてもん当分出る気にはなれない。

 イチカさんと別れたのが二日前。彼女に俺達家族の死を告げられた俺はショックのあまり放心状態になってしまった。イチカさんはそんな俺の痛々しい雰囲気に耐えきれなかったのか「ま、またねー」と、逃げるように帰っていった。放心状態の俺の元にアリスが来てくれたことでやっと俺は動き出すことができた。そのままメリーを背負って三人で寮へと戻った。道中アリスが俺に何かを聞いてくるなんて事はなかった。ただただ無言で歩いていた。

 俺はいつもアリスに迷惑をかけてる気がする。アリスを暗い森の中に一人、置いてきぼりにすると言う仕打ちをしたと言うのに、それでも俺の事を迎えに来てくれて申し訳なさでいっぱいだ。これ以上俺の事で迷惑をかけたくない。だからきっぱりと言おう。

 俺はベットから下り学校に行く準備をする。制服を着てボタンをかける。未だにネクタイの仕方は分からないのでポケットの中に忍ばせドアノブに手をかける。

 ガチャリと扉を開くとそこには握り拳を作ったアリスがいた。


「ナツ君!今から学校ですか?」


 制服姿のアリスが扉をノックしようとした握り拳をサッと引っ込める。


「いやアリスに会いに行こうとしてた」


「私にですか?…何か理由が?」


「取り敢えず中に入る?それとも学校にでも行こうか?」


 「お邪魔してもいいですか?」とアリスが言うので「どうぞどうぞ」と俺はアリスを部屋に招き入れた。

 よっこいしょっと俺がベットに座るとアリスは使われてない方のベットに腰をかけた。


「昨日訪ねた時は何も反応がなかったのでとても心配しました。今日は会えてよかったです」


 昨日も会いに来てたのか。全然気づかなかった。


「いつも心配かけてごめんね」


 謝罪する。アリスが困ったように「いえ…」と言った。そして沈黙が訪れる。

 俺はベットの上で仰向けになる。天井をぼーっと何も考えず眺める。


「アリス、もう俺を守らなくていいよ。あの時の脅しあれは無かったことにしよう」


 俺とアリスが初めて会った時の脅し、悪魔だとバラされたく無かったら俺を守ってくれこの脅しを、この関係をなかったことにする。


「どうしていきなりそんな事言うですか」


 アリスが震える声でそう尋ねてくる。


「あぁ、別にアリスの秘密を誰かに喋ったりはしないから安心していいよ。ただこれからはあまり関わらないようにしよう」


 天井を眺め心を無にして言う。


「嫌です。そんなの自分勝手すぎます」


 間髪入れずに否定される。俺は「いつも振り回してごめん」とつぶやくように謝った。それを聞いたアリスがガバッと立ち上がる。


「謝らないで下さい。謝って誤魔化そうとしないで下さい。脅されてるとか守るとかそんなの関係なく私はナツ君の側にいます。もし私が嫌いならそう言って下さい。そうしたら必要な時以外はナツ君に近づきませんから」


 嫌いじゃない。嫌いじゃないが言って未練を断ち切ろう。

 俺は寝転がるのをやめてベットの上に座りアリスを見据える。


「アリス、金輪際俺には関わらないでくれ。俺はアリスが嫌いだ」


 アリスの表情は変わらない。表情が変わらないまま真っ直ぐと俺を見つめ


「私は好きですよ」


と、言った。徐々にアリスの顔に感情がこもる。その表情は今にも泣きそうだ。


「私はナツ君の事が好きです。どうしようもないくらい好きです。ナツ君がリアさんやメリーさんと話してるだけで嫌な気持ちになります。私は化け物だからナツ君を好きになったらいけないのに、ナツ君がリアさんやメリーさんを好きだと言うなら一線引いて見守ってあげないといけないのに、それもできないぐらいあなたの事が好きです。気持ち悪いですよね。化け物が何言ってんだーって感じですよね」


 アリスはあははと自虐を誤魔化すように涙を拭いながら笑った。

 アリスからの告白、正直今一番聞きたくなかった。この世界から心置きなく去りたかった。なんの未練もなく、なんの憂いもなく。アリスがこんなに俺の事を好いてるとは思わなかった。心が揺らぐ。俺はどうすればいいんだ、父さん母さん。

 俺はベットの上で体を丸める。今にも泣き出しそうな顔を見られたく無かった。

 コツコツとアリスが近づいてくるのが分かる。ベットの上で体を丸める俺をアリスがそっと抱きしめた。


「嫌…ですか?」


 むしろ心地が良い。


「嫌じゃないよ」


 震える声でそう返した。アリスが「良かったです」と囁くように言った。それ以上は何も言わず泣きそうになる俺に寄り添い続けてくれた。だから俺は


「アリス俺はヤーナツじゃないんだ」


 この子に全てを話すことにした。


「はい」


 と、動揺することなく言った。まるで聞く準備ができてるかのように優しい声音だった。


「俺は別世界の人間なんだ。急にヤーナツとして生きていくことになった別世界の人間。帰る方法は無いと諦めていながらもいつかは帰れたらいいなと心のどこかでずっと願ってた。その願いがついに叶うんだ。この前の女の人がいただろ、その人が帰る方法を知ってたんだ。でもそれと同時に俺が、俺の家族が死んでいると聞かされたんだ。めちゃくちゃショックを受けたよ。もう家族と会えないんだって。だけどさ、それでもさ俺は帰りたいって思ったんだ。俺は家族が大好きなんだ。もし魂ってものがあるなら…その魂だけでも家族と共にありたいってそう思ったんだ。だからアリスに好きって言って欲しく無かった。アリスとの関係を断ち切ってなんの憂いもなくこの世界を去りたかった。好きって言われて心揺らぐ俺がいる。家族とアリスを天秤にかけてるようでたまらなく自分が嫌になる。家族と天秤にかけるぐらい俺はアリスが…」


 途中で我慢できず俺は泣いてしまった。この先の言葉を吐けば帰れなくなる気がしたから俺は口をつぐんだ。


「本当の名前はなんて言うんですか?」


「タケル」


 ズズっと俺は鼻をすすった。


「私もタケル君が帰れるようにサポートします。だから…その時が来るまで側に居させて下さい」


 うんうん、と体を丸めながらも首を何度も縦に振った。

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