第56話

「ここまで来れば話し声も聞こえないでしょ」


 そう言って忍び装束の女は倒木に腰を下ろした。「重たかったー」と言いながら担いでいたメリーを地面に寝かす。


「それで?何か聞きたい事はある?実はお姉さん早めに帰らないと行けないんだ。ちゃっちゃっと終わらせよー」


 どこか能天気な忍び装束の女。そのせいか警戒心が薄らいでいく。


「元の世界に帰るみたいな事言ってましたけどそれは事実ですか?」


「おぉいきなりだねー。事実かどうかだけで言うと事実だよ」


「方法をきいても?」


 メリーが関係しているようだが、大人しくしていて欲しいとはどう言う事だろうか?


「なんでもね、私もよく分からないんだけど、ダンジョンの向こうに別の世界があるらしいの」


「別の世界…。つまり地球と繋がってるって事ですか」


「そーそー!でもねこの女の子がいるじゃん」と言ってアリス忍び装束の女はアリスを見る。


「この子を放置しておくと別世界に繋がる扉を閉められちゃうらしいの。だからねこの子には悪いけどちょっと連れ去っちゃおうかな、なんて」


 「なるほど」と呟き顎に手を当てる。つまりリアの言うダンジョンの暴走というのは、その扉が完全に決壊した事を言うのだろう。扉が決壊すれば向こうの世界のモンスターが溢れ出してくる、多分そんな感じなんだろう。

 けどこの人の言っている事はこの世界をめちゃくちゃにしてでも帰るって事だ。俺はこの世界の人と少なからず関係を持った。だからその判断はなんとも心苦しい。


「いくつか質問していいですか?」


 早く帰りたいと言っていたから一応確認をとる。


「うんいいよー」


 と快諾。


「地球と繋がってるダンジョンはわかってるんですか?」


 この世界にはいくつかのダンジョンがある。そのダンジョンの数だけ別世界があると解釈しているが、実際のところは何も分からない。適当に質問して引き出せるだけ引き出そう。


「いくつかに候補は絞ってるよ」


「ダンジョンの暴走はどうするんですか?」


「ダンジョンの暴走?あぁ!モンスターパニックの事ね。大丈夫大丈夫。師匠がどうにかできるって言ってたから」


 どうにかできるってそんな曖昧な。その方法をこの人は知らないんだろうか?聞かされてないなんて事はないよな。


「その師匠って方は?もしかして転生者?」


 まずは師匠って人について聞いてみる。

 

「そうだよー。師匠なんて言っても五歳差の兄のような人だけどね。私にこの世界の生き方を教えてくれた人なの」


 そりゃ信頼が厚いわけだ。俺とリアのような関係ってことか。


「その師匠って人が帰る方法を?」


「そうだよー」


 この師匠って人はまず間違えなくこの世界の元となったゲームの事を知っている。そのゲーム知識のおかげて向こうの世界に帰る方法がわかったのか?でも確か俺がこの世界に来た時リアが言っていたはずだ。帰り方は分からないと。

 ゲームの進行具合の差か?それか、師匠って人はこの世界に来てから帰る方法を知ったのかもしれない。

 俺が頭を悩ませていると忍び装束の女がスッと顔を覗き込んでくる。


「君はどうする?私達に協力して一緒に向こうの世界に帰る?」


「ダンジョンの暴走はどうにかなるんですよね?」


 「勿論」と忍び装束の女が強く頷いた。

 決断の時だ。


「なら、帰りたいです」


 もしかしたら向こうの俺は死んでるかもしれない。それでも望みは捨てたくない。もう一度家族と会いたい。


「じゃあこれからお仲間だ。よろしくね」


「あ、よろしくお願いします」


 俺はペコリと頭を下げた。


「あ、そうだ。師匠にも会わせてあげるよ。今から二週間後またここで会おう!その時は師匠も連れてくるよ」


 そう言うと忍び装束の女はメリーを再び担ぎ上げた。


「私もう行くね。早く帰ってあげないと行けないから」


 去ろうとする忍び装束の女に待ったの声をかける。


「その子は俺が預かりますよ。ダンジョンに行かせなければいいんですよね?」


「ホントに!こんな犯罪紛いな事、気が引けるからねー。任せちゃお。私達帰りたい同盟の一員としての初仕事だね!頑張りたまえ」


 忍び装束の女が俺の背中にメリーを乗せた後、ポンポンと俺の肩を叩いた。その後「あ、そうだ」と両手をパチンと合わせた。


「自己紹介がまだだったね。私はカトウイチカ。顔に見合った可愛い名前でしょ」


 そう言われても顔が隠れているから判断のしようがない。取り敢えず俺も自己紹介返ししとくか。


「俺はハチノジタケルです。こっちではヤーナツと名乗ってます」


 俺の名前を聞いたイチカが何度も俺の名前を呟き始めた。


「タケルくんはもしかして六人家族?」


「そうですよ。何で知ってるんですか」


 何故知ってるのだろうか?まさか知人の知人か?それとも俺が忘れてるだけで知り合い?気になる。


「あーそうなんだ。やったーあってたー…なんて…ハハ」


 分かりやすい作り笑い、と言うよりはもう苦笑いだ。何故そんな変な誤魔化し方をするのだろうか。明らかに何かを隠している。


「俺と俺の家族のことについて何か知ってるなら教えて下さい」


「知らない方がいいかも」


 その言葉を聞いた瞬間、嫌な予感で体に鳥肌が立つ。家族はどうなったんだ?知らない方が幸せか?いや考えすぎかもしれない。聞いてみよう。そうだ、聞いてみるんだ。


「教えて下さい家族はどうなったんですか」


 短い沈黙の後


「君達家族はみんな死んでる…ぽいかな」


 そう告げられた。

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