第35話

「堂々と遅刻しながらも登校なんてさすがヤーナツ様ね」


 久しぶりだというのにいきなりのご挨拶だ。


「色々とね。大変なんだよ。そういうリアは何してんの?」


「私も大変よ。知識があっても思ったより上手くいかないものね」


「そっかー」と呟きながら俺も花壇の縁に座る。


「なんか久しぶりすぎて何から話せばいいか分かんないや」


 話したい事は色々あるのだが、色々ありすぎて逆に混乱してしまう。


「そうねー。ちょっと背伸びたじゃない。でも思ったより体格はがっちりしてないわね。もしかしてサボってた?」


 親戚の叔母さんかよ。


「最近はサボってたよ。でも家にいる時は必死ぶっこいて体鍛えまくってたよ」


 それでも筋肉がなかなかつかないのは、ヤーナツだからかもしれない。


「そう。で、私の制服姿はどう?久しぶりの再会、お姉さんになった私に思うところがあるんじゃない」


 リアは膝に自分の頭を乗せ俺を覗き込むように見る。


「どうと言われてもなぁ。母とか姉がおめかししてさ俺にどう?と聞いてきても知らねーよとしか思わないじゃん。つまり知らねーよ」


 「なんでよ」と言いながら俺の背中を軽く叩いてくる。


「こんなに可愛い私を褒めないなんて、彼女ができるのはまだ先になりそうね」


 誰目線だよ。


「彼女なんて二の次三の次だよ。今は目の前の事と死ぬ運命を回避する事でいっぱいいっぱい」


「本当に大変そうね。男の事でブルーになってたのが申し訳無くなってくるわ」


 兄が言っていた付き合っている男の事だろうか。正直リアの恋愛事情に興味はないんだよなぁ。でも悩んでるようだし聞いてみるか?いやいらぬおせっかいだな。


「男といえばさ母が怒ってたよ。リアが男作って仕事投げ出したことに。もう怒り心頭、目が血走ってたね」


「当然ね。でも私、彼氏ができたとかそういうわけじゃないのよ。パーティーを組んだだけ。それに私の意思で職務を放棄したわけじゃないの。ラウド様に急に切られたのよ。私だってショックだったんだから」


 リアも大変だったんだな。


「なんで兄はそんな事したんだろ?リアと兄は仲がいいように見えたのに」


「主人公に一目惚れしたのよ。だから私と距離を置きたくなった」


「ん?待てよ。その話が本当なら兄、屑じゃね。好きな子ができたからリアを解雇したのに、リアに男ができたって母に報告した兄、屑じゃね」


「幻滅ね。ま、もうラウド様もサンザンベル家も私には関係ないけどね」


 言いながらリアは太ももに肘を置き頬杖をつく。

 兄からも話を聞き母に真実を話そうかな。事実ならリアが可哀想だ。


「そんな事言うなよ。母、リアに会いたがってたよ。久しぶりに顔が見たいーって」


「本当に?それはちょっと嬉しいわね。でも怒ってるんでしょ」


「怒ってた、て言っても当時の話だよ。今はすごく会いたがってる」


「それなら会いに行ってみようかしら。もう一回雇って貰おうかしら」


「それは厚かましすぎるだろ。でも雇ってもらいたいと言うのなら俺も一緒に頭下げてあげるよ」


 「冗談よ」と言ってリアは微笑んだ。リアの笑顔が見れて俺もちょっと嬉しくなってしまった。


「あなたはどうなの?悩みがあるなら聞いてあげるわよ」


「恥ずかしい悩みだよ」


「言いたくない?」


 普通同い年ぐらいの女の子にいじめの相談なんてかっこ悪くてできないよな。でもリアなら躊躇いなく話せる気がした。


「いじめられてるよ。俺が思ってるよりヤーナツは恨まれてるみたいだ」


 ゲームの中のヤーナツはいじめに耐えながら過ごしていたんだろうか。


「過去のヤーナツの行いが今のあなたに返ってきてるわけね。にしても異世界でもそう言うのあるのね」


「いや異世界だからこそだよ。俺のクラスにいる平民の子もいじめられてる」


「主人公以外にも平民がいるって事?どうやって入ったのかしら。それとも主人公の事を話してる?もしかしてあなたAクラス?」


「いや違うけど。何Aクラスって」


 クラスによって優秀か優秀じゃないかとかあるのだろうか。


「冒険者として優秀な子達が集められるクラスよ。私もそのクラスにいるわ。そのクラスにいればいじめなんて起きないわよ。実際私がそうだったし」


「へーそうなんだ」


「普通平民と言えば特待生だろうからこのAクラスに入れられるはずなんだけどね。よっぽど試験でミスしたのね。試験には主人公もいたはずだけど何か目立った動きはあった?」


「試験って冒険者志望の子が受ける奴だよな」


「そうよ。もしかして受けてない?」


「いや、受けたよ」と言い俺は額に手を当てる。あまり思い出したくない。


「目立った動きがあったかどうかは分からない。俺は途中で帰ったから」


「何かあったみたいね。私でよかったら聞くわよ」


 話してしまおうリアに。そうする事で気持ちが楽になるかもしれない。


「試験官というか先生というべきか。そいつに笑い物にされたんだよ。大衆の面前で。で、そいつが帰れって言うから帰った。それだけだよ」


 一番辛かったのはその姿をアリスに見られていた事。これは言わないでおいた。


「それはもしかしたら私のせいかもしれないわね」


 「なんで?」と俺は聞き返した。


「あなたに魔法を覚えさせるべきだったのよ。なのに私の興味本位で覚えるはずのない剣術スキルをあなたに覚えるよう言ってしまった。その結果あなたは試験で何もできず恥をかいた。でしょ?ごめんなさい。もしかしてこの出来事がいじめを助長させてる?なら私がなんとかしてみせるわ。私、この学校でも一位、二位を争う実力者なの。任せて」


 そう言ってくれるだけでも嬉しいよ。リアはやっぱりいい奴だ。


「リアのせいじゃないよ。完全に俺が悪かったんだ。むしろリアには感謝してる。剣がこの場に有ればその感謝を体で示すことができるよ」


 リアが「あなたまさか…」と言うと腰に隠していた巾着袋から鉄の剣を取り出した。どうやって鉄の剣が収まっていたのか気になる。四次元ポケットみたいな感じだろうか。

それを俺にくれる。


「私への感謝見せてみてよ」


「全力の感謝、みせてやるよ」


 俺は剣を構え、地面を擦るようにして剣を振り上げる。


「ジバシリ」


 地面を衝撃波が走りそのまま木にぶつかる。

バキッと木の表面がズタズタになってしまう。


「やべー木が」


 これがバレたら学校から大目玉をくらうんじゃないだろうか。


「そんな事どうでもいいわよ。あなたすごいじゃない。私を信用してずっと剣を振り続けてたのね。すごいわ。本当にすごいわ。それになんだかちょっと嬉しいわね」


 リアはまるで子供を褒める親見たく喜んでいる。なんか照れ臭い。


「喜びすぎだし、褒めすぎ。恥ずかしいよ」


 リアが「嬉しい癖に」と言って俺の頬を突く。

 周りに人がいなくてよかった。


「となると次はもう一つの技ね」


「それももう知ってる」


 リアが驚いた顔で俺をみる。


「どうやって知ったの?」


 ウツツの事は言えない。俺とウツツはなんやかんや上手くやっていけてるが、それはきっと俺に利用価値があるからだ。いざって時は平然と俺を殺すだろうし、リアの事を知れば何かしらの危険な行動をとってくるだろう。頭だけで弱体化しているとは言え所属している組織が組織だ。

 他の転生者にウツツの事はしゃべるな、これを破った場合どうなるか分からない。


「それは言えない」


「そう。なら聞かなかった事にしてあげる。でもいつでも相談には乗ってあげるからね」


 俺は「うん」と強く頷いた。


「それでもしかしてもう一つの技も使えるの?」


「もしかするかもね」


「ならもうリーチじゃない。すごいわ。どれだけ努力したのよ。私なんか男にかまけてたのに。でもここからが大変よ。なんせこの世界の歴史上でただ一人、マスタームーンしか使えなかったぐらいよ。私の見立てだとゲーム以上の熟練度が求められるはずだわ」


「そっかー」


 俺はどのくらい技を振っただろうか?ジバシリに関しては何千もしかしたら何万行ってるかもしれない。


「ねぇ、私に見せてよ。あなたをバカにする奴らを見返すところを」


 そうだ。俺は父を見返すと母に言ってこの学校に来たんだ。でもどうしたんだろ急にこんなこと言って。


「どしたん急に」


「私ねあなたといた時が一番良かったなって気がついたの。だからねあなたには幸せになって欲しい」


「俺もリアに幸せになって欲しいよ」


「何?私のこと好きなの?あなたのことは異性として見れないわ。かわいい弟って感じ」


「え!俺はリアの事、お母さんだと思ってたよ」


「なんでよ!年なんてほとんど変わらないじゃない」


 なんだかこういう会話も懐かしいな。何気ない会話をしているだけなのに力が湧いてくる。


「リア俺やってみるよ。みんなを見返してやる。そのための道筋も見えてきた」


「泣きたい時はいつでも胸を貸してあげるからね。私もね、見返したい奴らがいるの。だから二人で頑張りましょ。お互い助け合っていきましょ」


「じゃあ早速で悪いけど一つ頼みがあるんだ」


 俺はブレザーのポケットからネクタイを取り出してリアに渡した。


「結び方がわからないんだ。頼んだ」


 「しょうがない子ね」と言ってネクタイを受け取ってくれる。俺はネクタイをつけやすいように顎を上げた。


「ほらできたわよ。似合わないわね」


 首の窮屈感。身が引き締まるぜ。


「それじゃあ最近サボり気味だったし走ってくる。リアも困った事があったら言ってね。すぐに手を貸す」


 んじゃっと俺は走り出す。


「はぁ?せっかくネクタイしてあげたのに。それに学校はどうするのよ」


 リアに振り返り悪党っぽい笑みを浮かべる。


「おいおい俺は天下に悪名轟くヤーナツ様だぜ。学校のサボりなんざ普通じゃい。行ってくる」


 父やクラスの奴を見返す方法はなんとなく分かった。その前にいじめをどうにかしてやるぜ。情けない姿をたくさん見せてしまうかもしれない。それでもやってやるぜ。

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